「失礼します」
朝イチでグレンダに呼び出された俺は言いながらドアを開ける。いつもならば「ノックをしろ」とお小言が飛んでくるが今日はそれがない。
部屋にいたのはグレンダと半分とカエデ。あまり見ない組み合わせに加え、カエデはベッドに寝かされそれを二人が取り囲んでいるので異様な光景に俺は面食らってしまった。
「来たか」
「お~わざわざ悪ぃな」
戸惑う俺をよそに、半分が椅子を引くので促されるまま腰掛ける。
「呪物の解呪を依頼したいと云う仕事があってな。本来であれば正当な手続きでの郵送やら受け取りが必要なんだが、信じられんことに普通郵便でギルド宛に送り付けてきやがった。それを運悪く開けたのが……あいつだ」
グレンダらしい、前置きのない端的な説明へ耳を傾けながら寝かせられているカエデに視線をやる。
「まさか……死んでるとか言うなよ?」
「いや、意識がない……状態としては眠っている、に近いな」
「んだ……寝てるだけかよ」
確かに、耳を澄ませるとすぴすぴなんて間抜けな寝息が聞こえてきた。
「運命の相手からの、真実の愛のキスで目が覚めるらしい」
半分が大真面目な顔してそんなことを言うもんだから俺はつい吹き出してしまった。このツラから出てきちゃいけないワードのツートップだろ。
「わり、そんで?」
「……」
「お前がしてやれ」
「いやだね」
話の腰を折ってしまったことを軽く謝るが、半分は何か言いたげだ。見かねたグレンダが横から口を挟んできたが、なんとなくそんな気がしていた俺はノータイムで断りを入れる。
「お前に惚れてる女だろうがっ!」
「知らねぇよ! 俺にそんなメルヘンでファンタジーで乙女チックなことさせようってのか!?」
グレンダが立ち上がって胸ぐらを掴んでくるので、掴み返しながら俺も怯まず言い返す。
「なにおぼこぶってんだよ! ギルド命令だ!」
「はっ、はぁ~!? 理不尽だろ!命令でキスさせるってどんなギルドだよ!」
ゆさゆさと揺さぶられながら立場を持ち出してくるグレンダに耐えられず半分に目をやる。
「めんどくせぇからよぉ、してやれよ、ぶちゅっと」
「…………」
そうだった。グレンダと対立してる時にコイツに助けを求めたのが間違いだった。
「面倒ごとは御免だって言ってんだろ!」
腕を振り払い、襟を正しながら椅子に座り直す。俺の頑なな態度に二人は顔を見合わせるが知ったこっちゃない。
「今日中に目覚めなかったら病院に送るからな、いいな」
力づくでは無理だと判断したんだろう、グレンダは説得を半分に任せると言わんばかりにそう言い残し、退室していった。
「コージぃ、お前、ほんとにいいのか?」
残された半分はカエデの眠るベッドに腰掛けながら、戸惑いの溶けた声色でそう問いかけて来た。
「別に、付き合ってる訳でもねぇし……一方的に言い寄られてただけの関係だろ」
「まんざらじゃねぇ癖によぉ」
「うるせぇ」
白羽の矢が俺に立った理由は簡単。カエデがいつも「かっこいい」だの「付き合って」だの、周囲が引くくらいストレートにアプローチしてきてたからだ。俺はそれを軽く受け流してきた。ただ、それだけのはずだった。
「まあ、無理強いはしねぇけど……ちょっと考えてやってくれ」
細く息を吐きながら半分は立ち上がり、そして俺はカエデと二人部屋に取り残された。
「…………」
静かな空間に、寝息がぽつんと響く。ベッドに近づき、カエデの顔を覗き込む。何も聞いてなければ本当にただ眠っているようにしか見えない。
「お前、ホントめんどくせぇな」
アホヅラ晒して眠る女の頬をぴたぴたと軽くはたくが反応はない。いつもお喋りなコイツがこんなだと調子が狂う。
別に、この女のことは嫌いじゃない。好意をおくびも隠すことなく尻尾振ってじゃれついてくるのは犬みてーで可愛いと思うし、カエデが他の男からのキスで目覚めると考えると、なんか、それはすげームカつく。
ただ、散々にあしらってきた女の好意に今更応えるのはなんかダセーし、どう優しさを向ければいいのか分からなかった。でも、もしこのまま目を覚まさなかったら——。その未来を想像した瞬間、胸のどこかが妙にざわついた。
「さっさと起きろよ……」
そのまま、柔らかい頬をなぞるように手を添えながら身を屈める。軽く触れるだけのガキみてーなキス。おとぎ話の目覚めみてーにロマンチックでもメルヘンでもねぇけど、このバカなお姫様を起こすには上等だろう。
そんなことを思いながら、間近でカエデが目覚めるのを待つ。が、待てども待てどもその瞳が開かれることはなかった。
「……は?」
誰に言うわけでもなく、つい、声が出た。
(なんなんだよ、口じゃダメなのか? まさか舌入れろとか言うんじゃねぇよな?)
戸惑いながらカエデを見つめるが、やはり目覚める気配はない。
「おい、覚悟きめたか?」
不意にドアが開きグレンダが入ってくる。俺はベッドから弾かれたように飛び上がり、何故か、妙に焦っていた。
「なぁ、ほんとにコイツって」
「かわいそうになぁ……まだこんな若さで……」
そもそも前提が間違っているんじゃないか、そう思いながら口を開きかけるが、まだ目覚めていないカエデと俺のことを交互に見たグレンダはツカツカとベッドへと歩み寄り、慈愛と悲愴の滲む瞳で見つめている。そして、ベッドに広がるカエデの髪を掬い上げて、毛先にそっと口付けた。
「…………ん」
その瞬間、薄らと開かれていた唇から吐息ではないくぐもった声が漏れる。軽い身じろぎの後にカエデの瞳がゆっくりと開き、何度かゆっくりと瞬きを繰り返す。
「お前、したのか」
「は? ぁ、いや……」
「そうならさっさと言え馬鹿!」
俺もグレンダも呆気に取られる。問いかけになんと言えばいいのか分からずまごついていると、笑いながら背中をしばかれた。
「おい半分! 起きたぞ!」
「やったなスケベ野郎~」
「もう付き合っちゃえよ!」
「手間かけたなぁ、コージ」
廊下に響き渡る声。それに釣られてドカドカと押しかけてくる野郎にもみくちゃにされ、半分に胸を小突かれながら、俺はどうしたらいいのか分からず一人俯いていた。
「…………おう」