王宮裏墓地に幽霊が出る──
ある時から、ゼルージュの片隅で、ひっそりと、そんな噂が囁かれ始めた。
女は墓場を彷徨い見た者をあの世に誘う。
亡霊でさえ、彼女を避けるように踊るという。
まるで探し物をしているようだった。
噂ははっきりとした輪郭を持たず、ただ墓地へ女が出るという話だけが共通している。
「美人だったら犯してやろーぜ」
「ちんぽに聖水でもまぶすか~」
「どうすんだよお前のがエクソシズムされたら!」
若者三人の若気の至りを含んだ発言と下品な笑い声が墓場に響く。酒の席で出た噂話。本当に幽霊が見たい訳ではない、ただアルコールで昂った気分のまま、度胸試しに訪れたにすぎない。
人気のない墓場には冷えた空気が漂い、静寂が広がっていた。死者が眠るのに相応しい様相に威勢は鳴りを潜める。まるで城壁で隠されるように、ひっそりと王宮の裏にある王宮国営の墓地には、謀略渦巻く王宮で秘密裏に亡くなった者や罪人が埋葬されている。一様に、現世に怨念を抱いたまま死んだ人間。奥へ進むほど緑は深くなり、手入れをされず荒れた墓の数が増えていく。
「……おい、あれ」
Bの指差した先、確かに、女がいた。
凡そ距離五メートル。息を殺して、近くの茂みに身を屈める。女が男たちに気が付く素振りはない。
生気を感じない青白い肌、ざんばら髪の隙間から覗く瞳はせわしなく辺りを見廻していた。ボロ布のような白いワンピースを纏い、素足で墓地を彷徨い歩いている。時折墓石の名を確認するように身を屈め、再びフラフラ、と、まるでクラゲが波に身を任せるが如く歩き出す。
異様な光景に、男たちは水を打ったように静まりかえる。
「マジじゃん……」
「つうか、あれ……」
誰のものか分からない唾を飲み込む音がやけに大きく響く。口にしないが、三人は同じ結論に辿り着いていた。あれは『生きている人間』だと。
白樺の木の隙間を踊るように駆けていた女が、不意に足を止める。長い髪を揺らしながら見返ったその目と男は視線が交わった気がした。手入れのされていない容姿ではあるが、本来の目鼻立ちは整い、暗闇の中にぼう、と浮き上がるような女は浮世離れした不気味さの底に、異質な美しさを携えていた。
女は、瞬きと囁きを交互に繰り返す。唇だけが動き、音はない。
暗く窪んだ眼窩の奥で、ただ「どこ」とだけ、風が呟いていた。
ゼルージュの片隅、ひっそりと流れ、ひっそりと消えた噂話。
王宮の裏、誰も来ない墓地に、夜ごとひとりの女が現れる。
白い足で石に触れ、墓石を抱き、名前をなぞり、また立ち去る。彷徨い歩く女は、かつて耳に触れた男の囁きを探しているという。