綾瀬川次郎はライバルの妹に恋をしている。「綾さんが、うちと結婚でもしたらええんやろか」
ぽつり、と。眠たげな声音でそう呟いた少女は、次郎にとって片思いの相手であったから。だから、背後から彼女へ近づこうとしていた次郎は、思わず足を止めざるを得なかった。
「お前ってたまーに脈絡ないこと言うよね」
次郎はどうにか平静を装って、大きなソファに座る少女の顔を後ろから覗き込んむ。真上へと視線を向けて次郎と目を合わせた少女は、数度瞬きを繰り返した後、にこりと微笑んだ。
「あら、いらっしゃい。綾さん」
穏やかな笑顔からは、聞かれたくないことを聞かれた気まずさも、好意がバレた恥じらいも見受けられない。そんな少女──桜子の様子を見て、次郎は彼女も自分と同じ気持ちなのかもしれない、なんて期待がいかに虚しいものであるのかを感じていた。
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