◾️迷い子
どれだけ歩いただろう。
深い森の中で月明かりさえ遮られ、ただ湿った土の匂いと葉擦れの音だけが私を包んでいた。
夜霧が濃くなるにつれ道は消え、私は彷徨うしかなく、追い立てられるように歩き続け、気がつけば目の前に闇の中から浮かび上がるような館が現れていた。
背を向ければ、もう来た道は見えない。
ただ、その館だけが、満月とともに夜の底で灯をともして待っている。
重厚な扉に手を伸ばそうとした瞬間、ふと気配を感じた。
扉が静かに開き、そこに立っていたのは一人の男だった。
「……迷ったんだね」
柔らかい声。
彼は穏やかな笑みを浮かべ、ためらいもなく私に手を差し伸べた。
その仕草はあまりにも自然で、
「ここは、夜を過ごすには悪くない場所だ」
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