赤い人魚は歌う 人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。
――小川未明『赤い蝋燭と人魚』
くらい、さびしい、北の海にも人魚がありました。
茨は薔薇色の髪と鱗とヒレをもつ、人魚の子供でありました。赤子の頃、岬に住む老夫婦に拾われ、こうして陸で生きております。男ではありましたが、大層美しく、遠くから茨を訪ねて人がやってきては、老夫婦の売る蝋燭を買っていきます。茨は賢く、飾りの絵を蝋燭に描いては、たんと高値で売りつけました。
その蝋燭を岬のお宮に灯せば、海の嵐はぴたりと止みます。茨はそれを知って、蝋燭に付加価値をつけては、また高値で売りました。商売上手だったのです。今日もヒレをぱちゃぱちゃと揺らしながら、お金を数えて鼻歌を歌います。その歌声は軽やかで、人を魅了する色をしていました。この歌も商売にしてもいいな、とぼんやり思いながら、つめたい北の海を眺めては、どこか満たされぬ胸の裡を感じていました。
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