生卵粉砕事件コーヒーの香りが漂うシェアスペースのキッチンに、ぐしゃ、と鈍い音が響いた。
反射的に音の方向を向くと、卵……だったものを握り硬直している魔デさんがいる。
「…………しくじった」
長い沈黙の後、彼は右手に握った生卵の残骸に目を落とした。辛うじて残った中身をボウルに入れたものの、黄身は割れ、白身の大半とカラの破片は彼の手にへばりついている。失敗したで済ませられるレベルではなく、もはや事故だ。
「えっと……」
この瞬間、私の頭には様々なものが過った。
魔デさんって不器用だったっけ。いやいや、色んな薬品や魔法を調合しているから手先は器用だった。いくら調剤師にあるまじき筋肉をしているからって卵を粉砕するか? 寝ぼけてたのかな? でもブラックコーヒーを飲んでからもうだいぶ時間が経っているし……などなど。
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