―夜の営みのお供に是非御活用下さい・・・
・・・とメモの添えられた小包が私室で寛ぐ山姥切国広宛に届いた。思い当たる節はない。宛先にみょうと本丸近侍山姥切国広様と記載されており自分宛に間違いないのだとガムテープをビリビリと破った。段ボール箱を開けると中には服のような物が綺麗に畳まれ入っていた。
×××××××××
山姥切長義は焦っていた。その証拠に渡り廊下にドスドスと音が響く。いつもならこんなに荒々しく床を踏み歩いたりしない。
時の政府の懇意にしている者から報告を受けたのだ。近々お宅の本丸の近侍宛に痺れを切らした上層部から贈り物が届くよと。
あの時の政府からの贈り物だ。どうせ碌でもない物に決まっている。その碌でもない物が騒ぎになる前に何とかしなくてはと焦っていたのだった。
山姥切国広の部屋の前に到着し一声かけ、返事を待つより先に障子を開ける。そしてその眼前にあるものに度肝を抜かれた。
「何やってんだお前」
国広が薄い生地のヒラヒラしたものを身体に当てていた。
「俺にサイズが合うのかと当てていたんだ」
「おま・・・お前は馬鹿か
どう考えてもこれはお前のじゃない」
大股で国広に詰め寄りそのヒラヒラしたものを長義はひったくる。奪われた事にムッとした国広は長義を睨んだ。
「俺の所に届いたんだ」
だから俺のだろう?さも当然だろと宣う山姥切国広に頭を抱えた。
「これはベビードールだ馬鹿。中にはいるかもしれないが、大抵男が身に付けるものじゃない」
「夜の営みのお供に是非御活用下さいとメモがあったから寝巻きだと。おかしいと思ったんだ、小さい上透け透けだし、下履きはこれだとはみ出してしまうだろ」
おかしいのはお前だろと長義はめちゃくちゃ言ってやりたかったが言葉を飲み込み、下履きをスラックスの上に宛てがう国広を眺めた。
下履き。もといベビードールのショーツはベビードールの共布で作られており透けている。腰の横で紐を結ぶ仕様でクロッチ部分はこれで覆いきれるのかというほど心許ない。
渡されたメモを見、長義はぁー・・・とため息をついた。
時の政府からの贈り物。メモ。ベビードール。全てが一つ所に繋がった。
みょうと本丸の審神者と近侍の山姥切国広は政略結婚を逃れる為に仮初の婚姻関係を結んだ。
最初は仮初だからと遠慮がちだった当人同士だが、元より双方互いに焦がれていた為仮初がきっかけに仲は進展したのだ。だがこの二人恋仲になったとはいえ遅々として関係は進まない。傍で二人を見ている長義が知るに恐らく二人の仲はキス止まりなのだ。後継者を強く望む時の政府にとってそれは由々しき事であり速やかに対処しなければと思ったのだろう。
そこで時の政府はこれを近侍伝いに審神者へと渡るよう手配したのだろうが、残念だったな。うちの近侍は自分に当てがってるぞ。
「とにかくこれはお前でなく主が着るものだ」
「こんな服であってないような物、風邪をひいてしまうぞ」
「これは服ではないからな。楽しむ為に着るものだ。同衾する際こうした物を相手が身に付けていると興奮するものだろう?」
「同衾する時に服はいらないだろ。・・・ん?ちょっと待て、同衾って俺と主がか?」
「不本意だがそうだよ」
「俺と主にはまだ早いと思っていたが、でもそうだな、主が望むなら。いつかは・・・そうなれたらと思ってる」
「お前の意気込みを聞きたい訳じゃないよ」
長義はショーツを国広から受け取り、ベビードールと共に丁寧に畳みながらその品を眺めた。布越しに手が透けて見える薄い生地。触り心地は滑らかで繊細なレースがふんだんにあしらわれていた。胸元には大きなリボン、フワリとしたシルエットは太腿までの長さ。太腿にはめるガーターもセットになっていた。これを着た審神者の姿を一瞬想像したが頭を振る。刺激が強過ぎる。そして、何より優だ。
「ともかく時の政府に今はそこまで付き合ってやる必要もないだろ。これは主の目に触れないようタンスの隅にでも閉まっておけばいい。向こうから催促か何かアクションがあったとしても、好みでなかったとか適当に言えば切り抜けられるだろう」
丁寧に畳んだベビードールを国広に差し出し長義は部屋を後にした。
×××××××××
「まんば、入るよ」
千鶴は国広の部屋の前に立ち障子越しに声をかけた。返事はない。今日は非番の筈だ。厠か雑事で部屋を離れているのだろうなと考え遠慮なく部屋に入った。
相変わらず何も無い部屋だ。部屋をぐるりと眺めた後でタンスへ足を向ける。洗濯終わりのシャツやハンカチを届けに来たのだ。本当は受け渡す所までで終わる筈だったが、折角なのでタンスの中に仕舞う所までやる事にした。
タンスを引くと、引き出しには綺麗にシャツやハンカチが収まっている。意外に丁寧なのよねと感心しながら眺めていると、引き出しの隅の方にシャツやハンカチ等と明らかに違う素材の布が見えた。
他人のタンス。いけないと思いつつもそっとそれを取り出す。手触りのいいそれはスルスルと手指を滑りその姿を千鶴に晒した。
「これって・・・」
この世に生を受けて十六年。優しい両親の元、蝶よ花よと何不自由なく育てられできたが、最近は同年代の友人から色恋沙汰の話も耳に入る。知識は乏しいがこれをどういった時に身に付け使うのかは何となく把握している。
問題なのはそれを何故、近侍の、恋仲の、山姥切国広がタンスに隠し持っているかという事だ。
足音が聞こえる。
国広が戻ってきたのだろうか?慌ててそれを引き出しに戻そうとするが、戻すよりも早く障子が開け放たれた。
「あんた、何してる」
「あ、これは」
千鶴はまるで悪い事をして咎められる子供の様に国広からそれを隠す様に背中に隠した。
その時だった。
シャン・・・っと鈴の音がし、張り詰めた糸が切れたような感覚を味わう。千鶴も国広も覚えがあった。ある目的を達成しないと永遠にその場に閉じ込められてしまう所謂『出られない部屋』というやつだ。時の政府は無作為にこういった事を仕掛けてくる。目的は様々で簡単なものから難解なものと多岐にわたる。幸い二人が今まで経験した出られない部屋はそういった類のものではなかった。何方からともなく部屋の中央に寄り添い辺りを警戒した。
「閉じ込められたぞ」
×××××××××
部屋の中央。ちょうど二人の頭上、何も無い空間に文字が映し出された
―ベビードールを着た審神者とイチャイチャする事・・・
「イチャイチャって」
「ベビードールってこれか、あんたが隠してる」
「違う!タンスに隠してたのはまんばでしょ」
「いつかは使うのだろうと閉まっておいただけなんだが。まぁ、いい。とにかくお題だ。早くこなさないと出られないぞ」
「私、着るの?これを着るの」
飄々とした態度の国広とは対照的に千鶴は狼狽えた。
国広は何時も冷静に何事をも適切に対処し、この上なく頼もしい存在だ。だが何でこんな時にまで冷静なのか。お題の内容も内容だ。まだそういった事の経験の無い千鶴には刺激的過ぎた。勝手な思い込みだが、そういった事の知識は自分の方が上だと思っていた所がある。その分国広の冷静さが癪に障る。
「早く出ないとまずいぞ」
「どういう事」
「部屋に戻る前に厨を覗いてきたんだが、今日のお八つのおかわりは早い者勝ちだと歌仙が言っていた」
「・・・ッ」
千鶴は迷っている暇は無いと思った。短刀達のお八つ争奪戦は物凄いのだ。主枠は別にして欲しいと常々思っていた。
幸いここは閉ざされた部屋。ベビードールを着た所でそれを目にするのは恋仲の山姥切国広だけである。彼は口が堅いしほいほいと一件を他者に話すことも無いだろう。
千鶴はベビードールを手に腹を括った。
「着替えるから・・・あっち向いてて」
×××××××××
背中越しにシュスシュスと衣擦れの音がする。
袴を下ろし、白衣を脱いだ所だろうか。国広は音から様子を想像した。髪はどうすると問われたので下ろした方がいいと伝えた。
音が止み暫くして背中越しに声がかかった。
「こっち見て良いよ」
「・・・これは」
ごくりと唾を飲み下す。長義が興奮すると言っていたのは本当なのだと見せ付けられた。
国広は経験がないので比較対象がないのだが、目の前の千鶴の姿には惹き付けて有り余るものがあった。ベビードールからスラリと伸びた白い四肢、控え目な胸の膨らみや柔らかそうな臀部は言うまでもない。全てがその薄い生地越しに見るとなんとも扇情的であった。
恥ずかしそうに肩を竦めて伏し目がちなのも堪らなかった。
「・・・あんまり見ないで」
消えてしまいそうな声で千鶴が言う。それは無理な願いだと国広は思った。いつまででも眺めていたいが、ほぼ裸の千鶴が寒そうに両腕を抱き摩っている。その様子から何時までもこの格好のままではいかないだろうと手を取り懐に抱き寄せた。
予想以上にダイレクトに肌の柔らかさが伝わってきて国広は目眩を覚えた。
「・・・あまり長いとあんたが冷え切ってしまうから手早くいくぞ」
「そうね、でも、イチャイチャってどういう感じがお題に当てはまるんだろ」
二人は暫し黙考する。
よくよく見ると宙に表示されたお題の下にはカウンタの様な表情があった。一番下にひかえめに十と表示されていた。これは十回数をこなさないと駄目なのでは?と千鶴が疑問を口にする。だとすると一筋縄ではいかないお題なのかもしれない。
「俺達が出来ることをしたら良いんじゃないか?」
「キスとか?」
「そうだな。先ずは頬にキスをしてみるか」
千鶴の背後側にいる国広が首を傾げて頬に一つ唇を落とす。カウンタが一の表示を示し千鶴の表情が明るくなる。
「もう一度したら二になるんじゃない?」
「やってみるか」
再度国広が唇を落とす、が、カウンタは二のまま変わる事はなかった。何を思ったか千鶴がくるりと上半身だけ捻り国広に向き合う。ばちりと目が合うとそのまま勢いよく国広の唇に自分の唇を重ねた。その瞬間カウンタがカチリと三を表示し千鶴は小さく、やった!と言った。国広はといえばキスされカウンタが進んだ事より眼下にある胸元が気になってしようがなかった。
素肌に直接透けたベビードールを身に付けているからか大事な部分が薄らと見える上、キスする為に抱き合う様にぴたりと身体をくっ付けている事から、押し付けられた胸の柔らかさが激しく主張してくる。
「同じ事は駄目で違う事をしなきゃいけないみたいね。キスでも場所によって一カウントになるみたい」
光明が見えた様に千鶴はキラキラと目を輝かせ国広を見た。それから千鶴は、手、額、頭、髪、耳と事務的にそれをこなす。国広は黙って受け入れたが、流石に耳に唇をつけられた瞬間には変な声が出そうになり我慢した。それにしても面白くなかった。事務的にされた事もあるが、乱すのは自分であって乱される側では無いという矜恃があったからだ。カウンタは進み残り三つとなった所で進まなくなってしまった。
「もうキスは駄目なのかしら」
「・・・俺に考えがある?背中をこちらに向けて寄っかかってくれないか」
「ん、分かったわ」
素直に千鶴は国広に背を向け寄り掛かる。国広は眼前にある千鶴の長い髪を片方に寄せて首を晒した。真っ白な首筋から伸びるなだらかな肩筋に溜飲が下がる。ゆっくりと顔を近付けチュッとリップ音を鳴らすとふるりと華奢な身体が震えた。
「ん、キスはもう駄目だって」
「分かってる。だからこうするんだ」
そのままそこに吸い付ききつく吸い上げる。ひゃっと声が上がるが構う事無く続けた。唇を離すと白い肌に紅梅の様な花弁が散った。与えた刺激から弓なりになり大きく開いた背中。国広は腕を千鶴の前に回し柔く拘束すると、先程の好きにさせていた仕返しとばかりに攻め続けた。つっと舌を這わせ舐め上げる。首筋を甘噛みし背中にも沢山痕を付け花を咲かせた。カウンタはとうに進み残す所一つとなったが国広は無視した。それより今は声を必死に抑えようとする千鶴の反応を楽しんでいたかった。
「あ・・・っ、ま、まんばッ!もう進んでる進んでるからァ」
身動ぎをするが国広は止まらなかった。左手で抱え込む様な拘束が強まり、耳元では国広の荒い息遣いがする。ひっと竦んだ瞬間耳をがぷりと口に含まれた。耳を刺激する音と感触に千鶴が逃げようとすると、国広の空いた右手が頭を捕え固定される。
そのまま執拗に耳を攻められ粘着質な音が耳から頭に響いて千鶴は声を上げた。こんな事は初めてだった。驚きと羞恥と戸惑いが混ざりあって生理的な涙が頬を伝い流れる。
静止の声が聞こえないのか、はたまた聞こえない振りをしているのか国広の執拗な攻めは続いた。
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カウンタが進み部屋が解錠されたと気付い頃には二人の息はすっかり上がっていた。背中越しに抱き合っていた体勢も崩れ今は国広が千鶴を組み敷く形となっている。
肩で息をする千鶴の胸の膨らみが呼吸で上下する。上気し赤く染った頬。とろんとした瞳は国広を写していた。
国広は迷っていた。
このまま進めていいのかと。千鶴の満更では無い様子からこのままの勢いで交わる事は容易に思えた。ただそれは国広の望んでいる形ではなかった。
自然な流れで互いを思い合いお互いを欲しいと思った時。叶うなら、皆に祝福され杯を交し正式な夫婦となった後にと。大切に思っているからこそ、向後の憂い無くその時を迎えて貰いたいと思っていたからだ。
それは絶対に時の政府の思惑に流されたこの時ではない。
今はいいかも知れない。でも後で後悔してしまうのは目に見えていた。
国広は振り切る様に目を閉じきつく歯を食いしばった。纏った内番の外套を外し、組み敷いた千鶴を抱き上げながらその外套で包む。
「大丈夫か?もう出られたから心配はいらない」
腕の中の千鶴はぼーっとした瞳で国広を見上げた。返答が無い事に国広は焦燥感に駆られた。嫌われたのではないかと。自分は嫌われても仕方ない事をしてしまったのだから。
「すまない。ちょっと調子に乗ってしまった。痛い所とかは無いか?強く掴んだからな・・・その、怒ってるか?」
「・・・大丈夫」
ぽつりとそう言い、ふと何かを思い出したのか外套を胸元に寄せ千鶴は恥ずかしそうに俯いた。
「確かにちょっと激しくてビックリしたけど・・・嫌じゃなかった」
「え」
「あのまま、その・・・」
少し身を乗り出しその先を迷いながらも告げようとする千鶴。ぞわりと総毛立つ。告げようとするその先を国広は分かっていた。だからこそ聞いてはいけない。聞いたら最後もう戻れない。止められる自信が国広には無かった。
「俺は」
千鶴の声を遮る様に張りのある声が室内に響く。
「俺は部屋を出るからあんたは早く着替えた方がいい」
まるで自分にそうしろと、そう言い聞かせるみたいに。振り返らずにそう告げ、静かに障子を閉め国広は部屋を出て行った。
×××××××××
国広が部屋を去ってからも千鶴の動悸は治まらなかった。
―あんな・・・あんなまんば知らない。
思い出すだけでも鼓動が早まった。
沢山吸われて、甘噛みされて、食べられるみたいに耳を舐められて。
刀を握る頼もしい手が、指が、色々な所を触り、自分を組み敷いていた。
その時の自分を見るあの目。
何時もの宝石みたいにキラキラ輝く様な翠の目ではなかった。熱を帯びてギラギラとして自分を見るあの目を思い出すとお腹の下の辺りがきゅうっとなり、胸のこの辺りがどうもざわざわとする。
取り残された部屋で一人、千鶴はそう感じていた。
おわり