山中にて、少年を連れて(北河+小无限) 北河は幼い无限を連れて、薬草を摘んでいた。山の中で逸れないように念のため、互いの腰帯を長めの荒縄で結んで。
その荒縄が、ぴんと引っ張られた。離れすぎたようだ。
荒縄を辿って北河が无限の方に向かうと、彼は木の根本に座り込んでいる。その隣に北河は腰を下ろした。
「阿限、何見てんだ?」
ぼんやりと宙を見上げている无限に北河は尋ねた。
「……遊んでた」
彼が指差す先を見ると白い光を帯びた半透明な蝶が舞っている。
「哥哥、これ何?」
いつも一緒に遊んでるんだけど、と彼の手のひらの上のモノを无限は示した。白い半透明な球体が、彼をつぶらな目で見上げている。
「ああ……精霊か。このへんは多いもんな。森が豊かな証拠だよ」
北河が空中をふわふわと漂う丸い精霊を指先でつつくと、精霊は蝶へと姿を変え飛び去った。
「哥哥は怒らないんだね」
无限が不思議そうに北河の顔を見上げた。
「……へ?」
北河は目を瞬かせた。
「森でこの子達と遊んでると、かあさまに怒られたから。見ちゃだめだって」
无限は寂しそうに言った。
「俺は怒らねえよ、阿限。俺もそういうタチだしな。……精霊が見える人と見えない人がいる。精霊が見えないお前のお袋さんには、見えない何かと遊ぶお前が恐ろしく見えたんだろうな」
无限の頭を北河はくしゃりと撫でた。北河の指をさらさらとした細い黒髪がすり抜けていく。
「……かあさまにも、見えたら良かったのにな」
无限は目を伏せて呟いた。
「……そうだな」
彼の気持ちは痛いほどに北河にもわかる。家族が自分の見ているものを解ってくれたら、どれほど良かっただろう。
北河も无限と同じ歳の頃、山に出掛けては父に叱られた。北河にはその度に庇ってくれた祖母がいた。北河に森の精霊のことを教えたのは祖母だった。その祖母が亡くなった後、北河は"山に呼ばれて"、折檻で入れられた納屋から抜け出し、夜の森へ入った。その先で狼に襲われかけた時に出会ったのが老君だった。
「阿限……俺は、お前と血が繋がってるわけでもないけど、お前を弟みたいに思ってる。お前を、ひとりにするつもりはないよ」
──今日はこのへんが潮時か。
森に落ちる影の様子から、陽が南中を過ぎていた。陽があるうちに採れた薬草を干さねばならない。北河は立ち上がり尻の枯れ草を払った。
「そろそろ家に戻って飯にするぜ」
「うん」
腰の縄を外し、无限と手を繋いで北河は帰路に着いた。
「哥哥、昨日の胡桃の蜜煮食べたい」
「それは飯にならないからだめだ」
「えー」