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    音羽もか

    @otoha_moka

    書いたものとか描いたものを古いものから最近のものまで色々まとめてます。ジャンルは雑多になりますが、タグ分けをある程度細かくしているつもりなので、それで探していだければ。
    感想とか何かあれば是非こちらにお願いします!(返信はTwitterでさせていただきます。)→https://odaibako.net/u/otoha_moka

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    音羽もか

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    赤点組が成績優秀組にあらぬ勘違いをして買い物のあとをつけたりする話。こんな話だけど、彰冬で杏こは固定ですのでご安心ください。誰も付き合ってないし自覚すらしてなかったりしてても自覚しかけ。

    #彰冬
    akitoya
    #杏こは
    ankoha
    ##彰冬
    ##杏こは

    All for you 「次はこのお店に行きたくて……って私ばっかりごめんね」
    「いや、俺はあまりこういったものに詳しくないから助かる」
    スマホで地図か何かを表示している少女と、それを覗き込む青年。少し遠くで交わされるふたりの会話は傍目から見れば仲睦まじいカップルのそれのようで。杏は隣で面倒そうに、その割にはしっかりと隠れて、しかもすぐそこにあった店で帽子なんかを買って隠蔽工作をしている彰人に、特に意味もなく小声で問いかけた。別に普通に話したって、前方を歩く二人には聞こえやしないのに。
    「……どう思う?」
    「どうもこうも、やっぱオレ達怪しくねぇか?」
    「私たちじゃなくて、冬弥とこはね!」
    「あのなぁ……別にいいだろ、仮に付き合ってても、あいつらのことだから活動に影響出したりしねぇよ」
    「それはそうだけど……」
    そんな心配は、杏も端からしていない。それに、杏個人としては、冬弥のことを高く評価しているくらいだった。少し天然すぎて、たまに変なのに騙されないか心配になるところはあるが、真面目で実直、それに常に冷静沈着で、チーム内でもいつも頼りになるメンバーなのだから。けれど、問題はそこではない。こはねが誰かと付き合うということそのものが問題なのだ。
    「じゃあ訊くけど、冬弥がこはねと本当に付き合ってたらどうする?」
    「…………、どうもしねぇよ」
    「なに、今の間」
    どうもしない、とは言えど、彰人としてもその光景を想像すればモヤモヤとした感情が沸き上がる。なんとなく、嫌だ。決してこはねがどうということではない。そもそも、彰人個人としては、こはねのことは決して悪く思ってなどいない。むしろ、チームのメンバーとして高く評価している。少しおどおどぷるぷるしているところは否めないが、短期間で実力をつけるだけの努力家で、それでいて常に謙虚で誠実、貪欲な探求心を持ち合わせている。歌以外でも、例えばあの素直さ、人を信じる力は、少々ひねくれている自覚のある自分には確実に持ち合わせていないもので、間違いなく彼女の美徳だと思っているほどだった。だから、問題はそこではない。冬弥が誰かと付き合っているかもしれない、という想像が彰人にそんなもやもやを運んでくるのだ。
    「じゃあ何で私と一緒になって後つけてるわけ?」
    「……なんとなく」
    「普段はなんとなくで行動するタイプじゃないじゃん」
    「つーか、お前が言い出したんだろうが」
    「彰人なら嫌なことは断るでしょ」
    「……」
    杏が彰人と出会ったのは偶然だった。いや、必然の産物だったかもしれない。というのも、二人ともたまたま、冬弥とこはねの二人がどういうわけか並んで歩いているところを目撃し、なんとなく気になって後をつけてしまったのだ。そして、かち合った。
    「うーん、でも冬弥か……冬弥……」
    「んだよ、オレの相棒になんか文句でもあんのかよ」
    「うわ面倒くさ」
    そんなこんなで、杏と彰人の両名は仲良く自身の相棒を尾行している。

    ***

    話は数日前まで遡って。
    「あのね、青柳くん。今度の日曜日なんだけど……」
    「日曜日……というと、FIZZ UPの次の日か?」
    「うん、もしもよければ、なんだけど、午後から付き合ってほしいことがあるの」
    「……? ああ、俺でよければ構わない」
    その日は、午前中は前日の反省会を元にみんなで練習、午後はたまの休日とすることに決めていたから、日曜日の午後は空いている。彰人もそういうことなら行きたいところあると言っていたし、杏もまた、それならお店の手伝いに入ろうかなと言っていて、各々に予定を立てていた。そういうわけで、冬弥はこはねの誘いにふたつ返事でOKした。
    「それで、どうしたんだ?」
    「あのね、私いつも杏ちゃんに貰ってばかりだから、何か日頃の感謝を込めてプレゼントとかできたらなあって」
    「俺は白石のことに詳しくないが……いいのか?」
    「ひとりで決めるより誰かの意見もほしいの。それに、青柳くんだから気付くこともあると思うんだ」
    なるほど、と理解する。確かに、自分ひとりでは悩んでしまうような時に誰かから意見をもらえるのはありがたいものだ。たとえそれが一般論であっても時には必要になったりする。
    そこまで考えて、ふと冬弥は思い至った。自分も、何か彰人にプレゼントなどできないだろうか、と。
    けれど、いざ考えてみるとどうだろう、彰人が喜ぶものと言われてぱっと思いつかない。誕生日の時は悩みに悩んだ末に歌を送ったりしたこともあったけれど、他にできることは何があるだろうか。
    彰人の喜びそうなチーズケーキやパンケーキを、料理経験の乏しい自分が自作できるとも思えない。店で買うにしても、確実に彰人の方が詳しいだろうし、既に知っている店のものだったとしたら喜んでくれるかわからない。あとは、彰人の好きなものといえばファッションだけれど、冬弥はその分野にとんと詳しくないのだ。むしろ、彰人が冬弥のことをコーディネートしているくらいなのだから、彰人から見たときにセンスの悪いものをプレゼントしてしまうかもしれない。無論、彰人は優しいので、そんなことになったとしてもありがとうといってくれるのだろう。けれど、それは同時に、彰人を困らせているということだ。それは嫌だった。
    「小豆沢、その話なんだが……俺も、いいだろうか」
    「……? いいって?」
    「プレゼント選びのことだ、俺も彰人に何か渡したい」
    「うん、もちろん! あ、でも私でいいのかな……」
    「俺も小豆沢の意見がほしい」
    「そっか、えへへ、役に立てたら嬉しいな」
    こはねは、そう言ってはにかむように笑う。冬弥も、ふ、と小さく微笑んで、スマホのスケジュールアプリに予定を入れるのだった。

    そして迎えた当日午後。杏や彰人には内緒にしておこうと決めたふたりは、わざわざ練習の後、一度別れてから駅前に待ちあわせることにした。
    別れ際の二人の様子から察するに、気が付かれていない……はず。絶対に気が付かれていないかと言われると自信はないが、問い質されたりしていないので、恐らくは大丈夫だろう、と結論づける。
    先に駅に到着したのは冬弥の方だったが、別れた場所も時間もほぼ同じなので当然といえば当然、ほとんど同じタイミングで現れたこはねが手を振って冬弥に呼びかけた。
    「とりあえず、お昼ご飯食べてから回ろっか」
    「そうだな……小豆沢、甘いものは?」
    「うん、東雲くんほど大好きって言っていいのかはわからないけど、好きだよ」
    「そうか。その彰人がパンケーキが美味しいと言っていたカフェがあるんだ、そこに入らないか?」
    駅からもほど近いカフェは彰人のお気に入りで、冬弥も何度かその店に付き合ったことがあった。冬弥が店の紹介ページにあるふかふかのパンケーキ(なんでも和風パンケーキとのことで、抹茶アイスや粒あん、白玉などでデコレーションされている)の載った写真を見せると、こはねは、ぱあっと瞳を輝かせて「美味しそう……!」と呟く。昼食場所は決定ということで問題なさそうだ。
    「俺も彰人から少しだけ貰ったことがあるんだが、生地がふわふわとしていて、確かに美味しかった」
    「そうなんだ、ふわふわ……ふふ、楽しみだなあ」
    そんな話をしながら、カフェのある方角へと足は真っ直ぐに向かう。比較的新しいその店は、こはねとしては知らない店だったが、冬弥の足取りには迷いがないためか、道に迷うということを考えたりはしなかった。

    比較的新しい店だからか、それとも隠れた名店というやつなのか、駅近、休日、ランチタイムと三拍子揃ったタイミングにしては店内はそこまで人が多くなく、あっさりと席が取れた。
    落ち着いた店内は、新しい店だというのに、ややレトロな作りをしていた。店内のインテリアは木目調に統一されたデザインをしており、お冷には切子細工風のグラスを使用している。けれど、その全てがレトロかと言われるとそうではない。というのも、雑居ビルに入っているカフェだからだ。そのためか、流行りの古民家カフェとも言い難い店内は、古今入り交じった独自の雰囲気を醸し出していた。
    こはねは先程写真で見たパンケーキ、冬弥はサンドイッチのランチセットを注文し、食前に運んでもらったドリンクに口をつける。「いいお店だね」と会話を切り出すこはねに、冬弥は頷いた。そもそもこの店を知ったのは彰人が自分を連れてきてくれたからで、そのことになんだか少しくすぐったい気分になる。
    「わあ、抹茶パフェも美味しそう……! 今度は杏ちゃんにも教えてあげたいなあ」
    「白石も甘いものが好きなのか?」
    「うーん、大好きかと言われると、どうだろう? でも、甘いものは好きだよ。そういえば、青柳くんはあまり好きじゃないんだっけ」
    「ああ、得意ではないな。だが、このほうじ茶のやつはあまり甘くなくて美味しかった」
    そう言って指さしたのはほうじ茶のゼリー。上にはソフトクリームが乗っているが、これも甘さ控えめのものだと説明が書かれている。
    「そっか、きっと東雲くんは青柳くんの好きになってくれそうなものも一緒に探したんだね」
    「……そう、なんだろうか」
    きっとそうだよ、と微笑むこはねに、今度は、何だか胸の内側がぽかぽかと暖かくなるのを感じた。名前ははっきりと付けられないけれど、きっとそう、今自分は嬉しいのだ。彰人がそんな風に自分のことを考えてくれている、というのが。
    こはねのもとに届いたパンケーキを、「東雲くんの言ってた通り、すごく美味しいね」なんて言ってくれるから、その言葉にまた、冬弥の胸の内にほわりと暖かいものが募るのだった。

    ***

    本当に偶然だった。通りを歩いているとそこには冬弥とこはねの姿があって、今日出かけるなんて話してたか? と考える。そもそも、今日ふたりで用事があるなら、なぜ練習の後に一度別れたのだろうか。彰人は駅前まで冬弥とともにいたが、その前にこはねとは別れていたから、一度別れていることは確実だ。
    そんなふうに彰人が考えをめぐらせていると、冬弥とこはねのやや後ろの方に満天の夜空を思わせる長い髪が見えた。
    「……なにしてんだ、お前」
    「っ、ひぇあっ ああなんだ、彰人か……何してんの、こんな所で」
    「それ今オレが聞いたんだけど」
    後ろから声をかければ、杏はびくりと大袈裟に肩を震わせて振り返る。やましいことでもしているのか、あるいはこの通りに出るとかいう幽霊の噂を信じているのか。普通なら前者だが、幽霊嫌いな杏のことだから後者の可能性も大いにある。彰人の姿を認めると、あからさまにほっと息をついた。
    それから、杏はちょいちょいと彰人を手招き、少ししゃがむよう合図する。それから、冬弥とこはねが歩いていくのをこっそり指さしながら、小声で耳打ちするように問いかけた。
    「ねえ、あそこ、見える?」
    「あ? 見えるって、冬弥とこはねのことか?」
    「そう。わざわざ一度別れてから待ち合わせしたってことだよね、何があったのかなあって」
    「さあ? 確かにそれはオレも不思議だけど。冬弥は用事とかあるんならオレに言うだろうし」
    どうやら、彰人の疑問は杏も同じく疑問に思ったところらしい。そうしている間にも、こはねは何やらスマホの画面を冬弥に見せては、ふたりでうんうんと何か考えたり話し合ったりしている。遠くからではあまりその会話内容は聞こえないが、ふたりしてその表情は楽しそうだ。いや、冬弥の方は客観的にみればそこまで変わらないが、少なくとも彰人から見れば楽しそうに見える。
    お似合いの、というやつに見えて、彰人はなぜだか少し、ほんの少しだけ苛立ちを覚えた。
    「……あのさ、ちょっと後つけてみない?」
    「お前なあ……」
    「いいじゃん、もしも私達に遠慮して付き合ってること隠してるとかだったら、遠慮しなくていいよって、……」
    「……んだよ、急に固まって」
    突拍子もない――今しがた自分たちがしていた行為も似たようなものかもしれないけれど――とにかく突飛に聞こえる提案をしてきたかと思えば、杏はぴたりと固まっては考え込んでしまう。なぜかやたらと深刻そうな表情をしていた。それから、本当に重要な問題だとでも言うような声色で。
    「ど、どうしよう、ふたりが付き合ってたとして、私祝福してあげられるかな……」
    そんなことをぽつりと呟くから。
    「……、それは」
    オレも、とまでは言えなかった。けれど、彰人は確かに杏の言葉に共感してしまったのだ。そう、ここにふたりの利害は一致した。ということで、ふたりは相棒のあとをつけることに決めたのだった。
    そうして、冒頭に至る、というわけだ。

    ***

    「……?」
    「どうしたの、青柳くん」
    「彰人の声がした気がしたんだが……」
    「やっぱり、バレちゃってたかな」
    「……いや、姿は見えないし、気のせいだと思う」
    冬弥がふと後ろを振り返るのにつられて、こはねも後ろをちらりと見遣る。ショッピングモール内はそれなりに人がいるため、人混みに紛れてしまってはわからないが、とりあえず視認できる範囲にはそれらしい人影は見られない。
    とはいえ、冬弥が彰人の声を聞き間違えるだろうか、と考えると、こはねの出した結論もわかるというものだった。
    「彰人は目立つから」
    だから、もしも近くにいるならわかると思う、と続ける冬弥に、確かにそうかもしれないな、とこはねは納得した。続いて、思えば杏ちゃんもそうだなと考える。彼女はどこにいたってすぐにわかる。当然ながら悪い意味ではなく、そう、彼女のまわりはいつだってきらきらとしているから。

    そういえば、とこはねはプレゼントの話をしていたことを思い出す。普段使いしやすいものがいいのではないか、と考えてはいたけれど、もうひとつ候補があったのだ。
    「あのね、この前杏ちゃんとお揃いの髪型にしてみたいって話をしてたの」
    「お揃いの……?」
    そういいながら、向かうのはアクセサリーショップではなく、文房具などが売られているような雑貨店だ。どういうことだろうか、と冬弥は首を傾げた。お揃いの髪型にするためのヘアゴムやアクセサリーをプレゼントしたいという話の流れではないのだろうか。それを尋ねてみれば、こはねは困ったように答える。
    「うん。でも、私も杏ちゃんとお揃いにしてみたいから、日頃の感謝を込めたプレゼントとは違うなって思って。だって、私がやりたいだけのものを杏ちゃんに押し付けてるみたいだし……」
    こはねの言い分は、冬弥にとっても理解しやすいものだった。杏もまた、こはねがプレゼントしてくれるなら、なんだって喜んでくれるだろう。けれど、だからこそ押し付けがましくなりたくないのだ。しかし、お揃い、という言葉に引っ掛かりを覚える。だってそう、もしも自分が貰う立場なら、お揃いにするためのプレゼントを押しつけだと思ったりはしない。
    「そうだろうか。お揃いのものを貰ったら、白石はきっと喜ぶと思う……俺も、彰人からお揃いのものを貰ったら嬉しいと感じるだろうから」
    「そういうのでいいのかなあ、考えすぎちゃってたかも……えっと、そしたら青柳くん、やっぱり下の階に行ってもいい?」
    下の階、つまり二階にはアクセサリー店がある。きっとお揃いに相応しいアイテムなんかもあるはずだ。こはねの提案を断る理由など何一つ持ち合わせていない冬弥は、もちろん、と頷いた。

    「ところで、東雲くんとはお揃いにしないの?」
    「俺がよくても、彰人がいいかわからない……それに、俺よりも、彰人の方がこういったものには詳しいからな」
    「それをいうなら、私よりも杏ちゃんの方がお洒落だし、こういうのにも詳しいよ」
    「そうか……」
    困ったように眉を下げて笑うこはねに、冬弥もどう返せばいいのかわからず相槌をうつ。
    「青柳くんは東雲くんにお揃いのもの貰ったら嬉しいんだよね?」
    「ああ」
    「きっと、東雲くんも同じだよ。東雲くんも、青柳くんが選んだものなら、嬉しいって思うんじゃないかな」
    「同じ……そう、だろうか……」
    こはねの言葉を噛み締めるように繰り返す。そうして、少しだけ照れたような表情をして、冬弥は笑った。
    「ありがとう、小豆沢。とても参考になった」
    「ふふ、どういたしまして。私のを選んだら、次は青柳くんの方を探しに行こっか」
    そうしてふたりは、アクセサリー店へと入っていく。その時、また聞きなれた声がした気がして、冬弥は立ち止まり振り返った。
    「あれ、青柳くん? その……東雲くんの声、気のせいじゃなかった、とか?」
    「いや、今聞こえた気がしたのは、白石の声だ」
    「杏ちゃん? でも、杏ちゃんは今日はお店の手伝いだって……」
    「ああ、だから多分、気のせいだと思う。きっと、」
    冬弥がそう言って再び歩き始めるので、こはねもそれについていくことにする。今度こそ、ふたりは店内に足を踏み入れた。

    ***

    「っぶねー……、おい杏、気をつけろよ。冬弥の耳の良さはお前だって知ってんだろ」
    「最初見つかりそうになってたの彰人の方じゃん」
    彰人と杏は、物陰に隠れて冬弥とこはねが店に入っていくのを見ていた。が、思ったよりも冬弥の察しがいい。普段から物音には敏感ではあるのだが、こんな雑踏の中でも声を聞かれるとは思っていなかった。
    幸い、冬弥は疑い深い方ではない。姿が見えないことで気のせいだろうと思ってくれたようだ。彰人が杏の腕を引いて無理やり隠れさせたのは正解だったらしい。
    「ここ、女性向けアクセサリー店だよね、何買うんだろう……」
    「何って、アクセサリー店なんだからアクセサリーだろ」
    「そうだけど、そうじゃなくて!」
    「……プレゼント、とか」
    そう言いながら、彰人もあらぬ方向に想像してしまう。もしも、冬弥がこはねにアクセサリー店で何かをプレゼントしていたとしたら。それはつまり、そういうことではないだろうか、などと。それは杏も同じようで。
    「アクセサリーを何でもない日にプレゼントって、付き合ってる……よね」
    「どうだろうな」
    そう呟く声はお互いにどこか暗いものがある。もし仮に、本当に冬弥がこはねにプレゼントをしていたとして、自分はそれを素直に喜べるだろうか。そう考えると、やはりあまりいい気分ではないことに気付く。
    「……どうしよう彰人、私、最悪だ」
    「んだよ、急に」
    「こはねが冬弥と付き合ってて、それでこはねが喜んでるならそれでいいはずなのに、全然喜んであげられない……冬弥も絶対にいい人だってわかってるのに、別れてほしいって、こはねのこと、渡したくないって思っちゃう……」
    「……そ、んなのは」
    彰人は返答に困った。他ならぬ、彰人だって同じようなことを考えていたからだ。こはねが少し気弱だけれど優しい、良い奴なのはよく知ってる。なのに、少しだけ、冬弥のことを取られると考えると、こはねが悪魔かなにかに見えてしまった。それを、杏に直接言うことは憚られたけれど。
    「ほんと最低だ……私、冬弥に酷いこと考えてる。冬弥のことが嫌いになったわけじゃないのに、こはねを取られたくなくて、冬弥が酷い奴だって、一瞬だけだけど……」
    「……ああ」
    「相棒なら、相手の幸せを一番に喜んであげないといけないのに」
    そう言った杏の顔を見ていられなくなって、彰人は目を逸らすように前を見た。そうこうしているうちに、ふたりが店から出てくる。会話内容までははっきりと聞こえないが、日頃仏頂面(少しずつ表情が出るようになってきてはいるが)な冬弥は楽しそうに笑っていた。それは、こはねがそうさせたものだ。自分ではなくて、こはねが。そんな黒い感情が、ふつふつと湧き上がってしまう。これは嫉妬だ。彰人は自分でそれに気付いていた。そして、杏もそうであろうということにも。
    「あいつら移動するみたいだし、次行くか? それともやめとく?」
    「……行こう。それで、買い物終わったタイミングで出てきて、ちゃんと話そう」
    「話す?」
    「冬弥にもこはねにも。勝手にこんなことして、その上酷いこと考えちゃって、ごめんって言わないと」
    「そう、だな……」
    そうして、ふたりは冬弥達のあとをつけるようにして歩き始めたのだった。

    ***

    次にふたりが向かったのは、彰人もたまに利用するセレクトショップだった。冬弥を連れてきたことも、数は少なめだが何度かあった気がする。
    「おい、店入んぞ」
    「え、でもさすがに近すぎない? バレるって」
    「ここ広いから」
    この店はモールの中でも広めの場所をとっており、商品棚も高めなのだ。ある程度距離を保っておけば問題はないだろう。
    「それに、ネタばらしすんだったらもうバレてもいいだろ」
    「それもそっか……」
    そう言って店内に入り、店の奥へと消えていったふたりを探す。その姿はすぐに発見することができた。
    「また、アクセサリー?」
    ふたりはアクセサリー売り場にいた。冬弥があれこれ選んではこはねにそれを見せている。
    「……さっきのお店のもの持ってないし、こっちがこはねにプレゼント?」
    「駄目ってことはねーけど、ここにあるのメンズアクセだぞ」
    「じゃあ冬弥とプレゼントしあうとか、そういうのかな」
    どうだろうか、と彰人はふたりを眺める。あまり良くは見えないが、恐らく選んでいるのはピアスとイヤリングのセットだ。しかし、こはねも冬弥もピアスホールはない。そう思いながら、彰人はなんとなく、ピアスをしている自分の耳を触る。
    「……あ、」
    ひょっとして、自分達はなにかとんでもない勘違いをしていたのではないだろうか。そのことに思い至った。
    そう、冬弥はこはねにプレゼントをしているわけではない。こはねにアドバイスを貰っているのだ。そして、冬弥がピアスをわざわざ買うとしたら、相手は多分。
    「マジかよ……」
    「え、ちょ、彰人、急にどうしたの?」
    「や、その……なんでもねえ。多分、お前もすぐわかる」
    「え、え?」
    途端に顔を赤くする彰人に、杏は困惑した。しかも、理由は話してくれないとくる。ますます戸惑うばかりだった杏をよそに、冬弥は買うものを決めたらしく、レジへと向かう。こはねの方は先に店の外に出ようとして。
    「……杏ちゃん? それに、東雲くんも一体……」
    「あ、……」
    ついに、ふたりは見つかったのだった。

    「……あー、とりあえず出ようぜ」
    レジは二、三人先客が並んでいるようで、冬弥の会計には少し時間がかかりそうに見える。彰人はそう提案し、それぞれ別の意味ではてなマークを浮かべるこはねと杏を連れて店を出た。
    「ええと、それで、これは一体……」
    「こはね、ごめん!」
    「えっ あ、杏ちゃんいきなりどうしたの?」
    混乱しているこはねに、杏は勢いよく頭を下げた。それからこはねの手を取って、ぎゅっと強く握る。こはねは突然のことに驚いていて、あたふたとするばかりだ。
    「私、こはねが冬弥のこと好きでも、応援できるようになるから! 今はまだちょっと難しいけど、でもいつか必ず、相棒の幸せをちゃんと願えるようになるから……っ、だから、少しでも別れさせたいって思ったりして――……」
    「え、え、杏ちゃん? その、私と青柳くんが付き合ってる、みたいなことになってない? なんで……え、と……し、東雲くん……っ」
    杏からの告白に、こはねはついていけずに狼狽える。わけを知っていそうな彰人に助けを求めるも、彰人まで気まずそうに顔を逸らすだけだった。助けてはくれないらしい。どういうことなのだろう、とこはねはますます混乱する。
    「あのその、えっと、ええっと……あ、杏ちゃん落ち着いて……っ! 私と青柳くん、別に付き合ったりしてないよ……?」
    「……はぇ?」
    「今日はね、青柳くんにお手伝いしてもらってたの」
    そう言って、こはねは小さな紙袋を取り出す。それは、先程買ったと思われる、あのアクセサリー店のものだ。
    「その、これ……杏ちゃんに!」
    「ええと、あ、あれ……?」
    差し出されたそれを見て、杏はぽかんとした様子を見せる。渡されたので反射で受け取ってしまったが、これは冬弥がこはねにプレゼントしたと思われるアクセサリーではないだろうか。
    「……これ、私に?」
    訊ねると、こはねはこくこくと力強く頷いた。それから、恥ずかしげに頬を染めながら口を開く。
    「杏ちゃんにいつも貰ってばかりだから、お返ししたいって思って。私より杏ちゃんの方がこういうのに詳しいのはわかってたんだけど、その、青柳くんがね、」
    「小豆沢、待たせて悪かった……それと、やっぱり気のせいじゃなかったんだな」
    図ったようなタイミングで、ちょうど冬弥が合流する。気まずそうな彰人と、杏へ明日渡すと言っていたプレゼントを差し出すこはね。そして、ひたすら呆然としている杏。その光景で、冬弥は何度が聞こえた気がした声に納得し、彰人と杏を見て、少し呆れたように眉を下げた。
    「それで、これは一体どういう状況なんだ? というか、なんで彰人はそんなに疲れているんだ」
    「それは……まあ、なんだ、下のカフェでも入って話そうぜ」
    彰人が促すと、冬弥は不思議そうに首を傾げながらも「そうだな」と同意した。こはねも「わかった」と肯定する。未だに混乱の解けていない杏の手をこはねが引いて、四人はエスカレーターへと向かうのだった。

    ***

    「なーんだ、そういうことだったんだ!」
    「ああ、誤解が解けたようならよかった」
    「ふふ、さっきの杏ちゃんにはびっくりしちゃったよ」
    「まあ普通いきなりあんなこと言われたらビビるわな」
    「って、彰人は途中で気付いたんなら教えてくれてもよくない?」
    カフェに入り落ち着いたところで、互いの事情を話し合った。こはねは冬弥に、冬弥はこはねに、お互いの相棒へのプレゼント選びをするためにアドバイスをしあっていたこと、その様子を見かけた彰人と杏はふたりが付き合っていて、こっそりデートをしているんじゃないかと考えてしまったこと。つまるところ、早い話が誤解があったということ。
    その全てが明かされると、こはねはわかりやすく頬を染めて否定する。冬弥もまた、どうしてそうなるんだと首を傾げるばかりで、こっそり付き合ってる、だなんてことはありえないことがすぐにわかった。
    杏は改めてこはねから貰ったプレゼントを開ける。中身は可愛らしいヘアゴムだ。
    「わあ、可愛い! ありがとう、こはね! 絶対大切にするからね!」
    「えへへ、そう言って貰えて嬉しいよ」
    それからね、とこはねはもうひとつ同じサイズの紙袋を取り出して開けてみせる。中には、色違いではあるが、お揃いのヘアゴムが入っていた。
    「杏ちゃんと同じ髪型にしてみたいって話を前にしていたでしょ? だからね、これでお揃いにしたいなあって」
    「こ、こはねぇ……っ! もう、大好き!」
    杏はここがカフェ店内であることも忘れて、思わず隣に座るこはねに抱き着く。
    「わわ、もう、杏ちゃんってば、ここお店だから、危ないよ~~!」
    「ね、今度のイベントこれ付けてお揃いで参加しようよ! そしたら私達、絶対無敵だって!」
    「う、うん、それは勿論! 杏ちゃんがいいなら、私もそうしたいな」
    きゃっきゃとはしゃぐ女子二人を見ながら、男子二人は静かにコーヒーを飲む。そうかと思えば、冬弥も先程の店で買ったものを取り出して、彰人に差し出した。
    「彰人、受け取ってほしい」
    「ん? ああ、さっきのか」
    「俺もお前からは貰ってばかりだからな」
    「オレは何もしてねえよ」
    ぶっきらぼうに言いながら、彰人もまた受け取った包み紙を開く。中からは、シンプルなピアスが出てきた。
    「彰人の方がこういったことには詳しいから、気に入らないものだったらすまない」
    「何言ってんだ、お前が選んだものだろ」
    嬉しくないわけがない。ありがとな、と彰人が伝えると、冬弥は小さく微笑む。その表情を見て、彰人もまた満足そうに口角を上げた。
    「で、お前のもあるのか?」
    「ああ、そこまで見えていたのか」
    そう言って冬弥が取り出したのは、彰人に渡したピアスと同じデザインのイヤリングだった。
    「同じデザイン……と、一応そっちはイヤリングになってんのか」
    「そうだな。俺が彰人からお揃いを貰ったら嬉しいと言ったら、彰人もそうじゃないかと小豆沢が言ってくれたんだ」
    「そっか、こはねが……」
    「それで、その、小豆沢を疑うわけではないんだが……こういったことは、嫌ではなかったか?」
    「んなわけねーだろ、ちゃんと嬉しいからそんな顔すんな」
    不安げに見つめてくる冬弥の頭を、ぽん、と撫でる。すると、冬弥はほっとしたように息を吐いた。
    「んじゃ、オレ達も次のイベントはこれつけるか」
    「……! ああ、ありがとう彰人」
    嬉しそうに笑った冬弥の顔に、彰人は胸の奥がきゅっとなる感覚を覚える。嫉妬、独占欲、ときてこれは。思い当たる答えを誤魔化すように、彰人はカップに残っていた甘いコーヒーを飲み干した。
    「……さて、と。結局四人揃ったし、今日は喉休める予定だったけど少し歌いにいくか?」
    「喉を壊す原因になるし、負担のかけすぎは良くないと思うが……折角だし、俺も歌いたい」
    「私は歌いたいな。実は、午前中だけだと少し歌い足りない気がしちゃって」
    「私も賛成! 実はお店の手伝い大丈夫になっちゃって、誰か歌ってないかなあって駅の方行ったんだよね。あーでも、ここからだと、ビビッドストリートもいつもの公園も半端に遠くない? 向こう行こうよ!」
    「とかいって、お前はミク達にプレゼント見せびらかしたいだけだろ」
    「それもあるけど、遠いのも事実じゃん」
    彰人の提案に、思い思いの『歌いたい』が返ってくる。こうなるともう、いつもの雰囲気だ。思い当たる答えは霧散していって、頭の隅の方で微かに残るだけ。こうして、お互いの想いを自覚する日はまだ、少しだけ先延ばしとなるのだった。
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