高杉と万事屋の仁義なき婿姑戦争・下(高銀)「エリザベスが実家に帰省中で暇なのだ!今夜は二人で夜まで宇野パーティーだ!」と、いつまでも居座ろうと粘るロン毛のバカをようやく家から追い出したときには、外はもう夕焼け空になっていた。
時計を見れば、あと小一時間で銀時が帰ってくるはずだ。
静かになった部屋で、昨夜の中途半端な睦事を思い出しながら、イライラとムラムラが湧き上がってくる。
一人で抜いてしまおうかと考えて、首を振る。性欲を発散させたいわけではない。ただ、銀時と触れ合いたいだけなのだ。
それなら、一人でしたって意味は無い。
「たでーま」
時刻通り、玄関が開く音と銀時の声が響いた。
買い物もしてきたようで、両手に買い物袋を下げたまま、台所に入っていく。
「誰かお客さん来てたの?」
流しに置きっぱなしにしていた二人分の茶飲みを見て、銀時が首を傾げた。
「客じゃねえ、バカだ」
「あー、ヅラか」
バカが置いていった白いペンギンもどきの饅頭をつまみ食いしながら、銀時はパタパタと慌ただしく廊下を走る。
「ちょいと急にもう一件入っちまってよ。すぐ出なきゃなんねーんだ。洗濯物取り込んで畳んどいて。あ、ちゃんとシワ伸ばして畳めよ。じゃないと、また新八に小言言われるぞ」
そう言って銀時が額の横に指を立て、鬼の角の真似をしながらシシシと笑う。
「最近、あいつ小姑みてーだよな」
「分かってんじゃねェか」
思わず拗ねた言い方をしてしまう。銀時はやはりシシシと意地悪く笑いながら、支度を整えて玄関に足を向ける。
「あ、あとさ。多分、今夜帰るの遅くなると思うんだけどさ」
先に寝てろとでも言う気だろうか。
思わずムッとした顔を作ると、銀時は俺のシワのよった眉間をつつく。
「遅くなるけどーーちゃんと、起きてろよ」
「……ああ」
「寝るなよ!起きてろよ!絶対だからな」
予想していなかった言葉に思わず反応が遅れると、銀時は一瞬不安そうな顔をした後に強く念押ししてから、また家の外へと出掛けて行った。
銀時が帰ってきたのは、日付を超えた頃だった。
よほど疲れているのだろう。ぐったりとした様子で「あのクソババア、家賃遅れたからって人のこと散々こき使いやがって」と恨み言を言いながら廊下の壁にもたれながら、ふらふらと歩く。
「あー高杉、ちゃんと飯食った?」
「ああ。お前は?」
「まかない的なの少しだけ」
「とっとと風呂入って寝ちまえ」
「んー、起きてろよ。お前寝るなよ」
「分かったから、とっとと入ってこい」
銀時を風呂に突っ込み、その間に湯を沸かして茶を淹れる。
軽い晩酌と悩んだが、あの様子だと茶のほうがいいだろう。バカが置いていった饅頭の残りを添えてやる。
風呂から出てきた銀時は「甘いもの!」と目を輝かせて、髪も濡れたまま饅頭にかじりつくので、後ろからタオルでその頭を拭ってやる。
「今夜はガキどもは一緒じゃねぇのか?」
「んー、来たがってたけど、こんな時間だしな」
銀時が饅頭と茶を平らげる頃には、髪も拭い終わり、濡れたタオルを洗濯カゴに放り込む。
「ちゃんとドライヤーでも乾かしとけよ。朝に髪が爆発しただなんだも騒ぐのはテメェなんだからよ」
「んー」
「なんだよ」
「あのさ、高杉」
戸惑うように目線をさ迷わせながら、控えめに俺の袖を握る手に、思わずほくそえむ。
これは「よし」の合図だ。その証拠に、遠慮なくその口にかぶりついても銀時は抵抗なく受け入れて、俺に身を委ねるように力を抜いた。
「いいのか?疲れてるんじゃねェのか??」
「んー、そうなんだけどさ……んん……」
眠たそうに下がる瞼を撫でながら、唇を重ねて舌先を吸う。
ぎしり、と廊下が軋む音がした。そして、背中に刺さるような視線。
ああ、やっぱり、来やがったのかと、心の中で舌打ちする。
だが、口付けに夢中な銀時が気がついている様子はない。
そろそろ親離れをしてもらおうかと、俺は銀時の緩く乱れた襟元に手を差し入れ、湯上りのしっとりとした肌を撫で上げる。
「あ……」
銀時のあえかな声を引き出すように、何度も深く口付ける。
グルルと犬が唸っている気配がするが、俺の獣だって、もう我慢できないほど唸っているのだ。
「銀時、いいんだな?」
「しつけぇな。なに?イヤなの?」
「イヤなわけねェだろうが。最近はずっとお預けされっぱなしだ。もう我慢しろって言われたって止められねェよ」
「……俺だって……」
「ん?」
「俺だって、久しぶりに、ちゃんとお前に触れたいわけだし」
銀時がそう言って俺の背中にしがみつく。銀髪からのぞく耳がホカホカと湯気を立てそうなほど赤くなっているのは、湯上りのせいだけではないだろう。
「高杉、触って、俺に」
ぎしり、とまた床が鳴る。そして背後にあった気配が消えた。
「ふっ」
思わず笑いがこぼれる。
銀時があいつらに甘いように、あいつらも銀時に甘いのだ。
どんなに気に食わないことであろうと、銀時がそれを求めているのであれば、野暮なことはしない。
あいてらも、わかっているのだろう。それでもと駄々を捏ねてしまうのは、お互い様なのかもしれない。
「何笑ってんだよ」
怪訝そうな顔をする銀時の眉間に口付けをする。
「大人になるってのは、大変だな」
「は?」
「こっちの話だよ」
銀時の腰を抱きながら、俺はすでに布団を敷いてある寝室へと足を向けた。
こうしてようやく迎えた久々の夜は、激しく盛り上がった。
ひたすやに絡み合い、「これ以上は死んじゃう」と泣きじゃくる銀時を宥め、「もう、許して、ダメ……」と縋る体をさらに追い詰めて、それはもう、求め合い、むさぼり合った。
事が終わっても火照ったままの体を布団にくるみながら、俺は今にも寝そうな銀時の耳に口を寄せて、オネダリをする。
「銀時、明日は小僧じゃなくてテメェが朝飯作れよ」
「あ?」
「テメェの作ったみそ汁が飲みてェ」
「……出汁はインスタントだぜ?」
「構わねぇよ」
「手抜きだからな!」
「ああ」
「卵かけご飯だからな!もしくは納豆ご飯!」
まだブツブツと言う銀時の頭を抱え込んで、汗に濡れた髪を手櫛で解く。
「テメェが俺のために作ってくれたもんなら、十分だ」
ぐぬ、と銀時が悔しそうに呻くと、俺の胸を顔を埋めた。
翌朝の食卓に並んだのは「しっかりと鰹節で出汁を取ったみそ汁」と、いつもの甘い卵焼きとは別に用意された「だし巻き玉子」だった。
納豆とオクラの和え物に、米は少し水を多めに炊いた粥状になっていて、梅干しと柴漬けが添えられている。茶もいつもの作り置きの麦茶ではなくて、香りが立つ昆布茶が淹れられている。
材料は変わらないが、いつもより少しだけ手の込んだ朝食。
なんだかんだと天邪鬼なことを言いながら、銀時にはこういう可愛いところがあるから、たまらない。それが愛情なのか意地なのかはわからないが、特別な扱いをされているのは気分がいい。
緩んだ襟元からのぞくうなじに見える、昨夜につけた無数の鬱血跡と噛み跡も、朝から眼福だ。
朝から早々にやってきた、ガキどもと犬の白い目を背に受けながら吸う朝の一服は、やけに美味く感じた。