どうにもなれない兄弟「そうさなぁ…」
ドア一枚隔てた先でクラスメイトに囲まれ頭を悩ませる肉親がいる。
「“ 前 ”に酷い別れ方しちまったから、罰なんだろうなぁと思うよ」
なんでもないような顔で笑って言いたい事を全て丸め、嚥下して心配そうに覗き込むクラスメイトの頭を優しく撫でた。
「その時にな、酷い言い方もしちまったから。」
「でもだからってお前がそんなに無理する事はないじゃないか」
ず…と短く鼻を啜った少年は多分、泣いている。
肉親に撫でられながら俯き泣いている。
「ね、もう諦めちゃったの…?御兄弟が“ 前 ”を思い出すこと」
「そうだな。…今世こそ穏やかに、幸せになって欲しいから、もう思い出して欲しくないな。」
眉を八の字に下げて水膜をきらりと輝く瞳に張る少女に困ったように笑いかけて小さく「ありがとう」と謝礼を口から転がす。
「小さい頃は意固地になって思い出してもらおうなんて頑張ってたけどさ、思い出すだけが幸せじゃないじゃん?」
── むしろ俺達はその逆だよ。
なんて優しい顔で言うものだから教室に入るタイミングを逃した自分は淡つかな足取りでゆっくりとその場から離れる。
教室からは少し騒がしくなった声が聞こえ先程迄の重い空気はもう何処かに走り去ってしまった。
それに反比例するように自分の足は鉛のように重く、心の臓は重石を上から押し付けられたような痛みと息苦しさを訴える。
自分には彼等が言うところの“ 前 ”の記憶は持ち合わせていない。弟の物心着いた頃から自分を見る目には歓喜と落胆、鬼胎。そして其れを塗りつぶすかのような悲嘆と陳謝。
年齢の割に早熟な弟だった。
何となく、その日を境に弟と自分の溝が開いたような気がして。
思い出せるものなら思い出してしまいたい。自分の遥か後ろを歩き諦観の目でこちらを慈悲む様な目で見守る弟の隣に立ってやりたい。
けれどどうやったって“ 前 ”を思い出すことは無いままこの日まで生きている。
「…取り付く島もない」
絞り出した声は情けない程に掠れていた。