Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    0A4AeqcZDkHVajq

    @0A4AeqcZDkHVajq

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 27

    0A4AeqcZDkHVajq

    ☆quiet follow

    ワイン醸造家煉獄杏寿郎シリーズの短い番外編です。おまけ的な赤ワインの飲み方の話。

    happy new year wine seminar! 煉獄ワイナリーでは月に一度のペースで、初心者向けのワインセミナーを主催していた。普段はショップスタッフでソムリエの甘露寺蜜璃が担当していて、規模も人数も小規模だ。
     だが、本日一月四日。煉獄ワイナリーの今年最初のワインセミナーの講師は、新年の特別イベントとして、専務でエノログ(ワイン醸造技術管理士)の煉獄杏寿郎が担当することになった。
     そのせいで、今回のセミナーは応募が殺到して、予定された枠は即埋まることになった。ちなみにその大半は女性である。
     セミナーの準備をしたショップスタッフの甘露寺蜜璃と補佐の千寿郎は大忙しだ。あまりに予約の申し込みが増えたので、当日も予約の人数を増やすことになった。追加の椅子と机を並べ、人数分のワインとグラスを更に用意した。盛況なのはいいが、なかなか骨の折れる作業である。 
     だが、それも仕方ない。彼は日本ワインを扱う業界の人間なら知らない者はいないくらいの有名人だ。おまけに若くて優秀で、容姿は良すぎるくらいに良い。
     女性人気が高いのは当たり前と言える。あとは最近公開された、煉獄ワイナリー公式インスタグラムの投稿内容が大きいかもしれない。
     とある日の投稿に、新しいスタッフの紹介として、煉獄杏寿郎と一緒に美しい男性の写真が上がった。彼の名前は素山アカザ。日仏ハーフで主に煉獄ワイナリーの自社農園の管理を任されている、と説明があったが、その下には仏語で「Futari wa kōshi tomoni pātonādesu(二人は公私共にパートナーです)」と書かれてあったのだ。
     イケメン同士のさりげないカミングアウトはたちまち業界中の話題になり、素山アカザと煉獄杏寿郎が一緒の画像が投稿されるたびに、アカウントのフォロワー数はうなぎのぼりだ。それに比例して直結している通販サイトの売上げも上がっているので、インスタ担当でもある蜜璃は嬉しくて仕方ない。
     アカザは正式に煉獄家に養子縁組されたので、杏寿郎は隠すところか、むしろパートナーであることを強く強調するようになった。
     ちなみに今回セミナーで用意されたのは、煉獄ワイナリーが誇る甲州種の白ワインではなく、日本生まれのワイン用ぶどう品種マスカットベリーAを使った赤ワインである。
     お正月ということで、杏寿郎は珍しく着物を着ていた。いつもカッコいいけど今日は更にカッコいいわ、と蜜璃は敬愛する上司を見ながらうっとりした。
     社長である父、槇寿郎から譲り受けた紅い色の着物は、杏寿郎によく似合っていた。まるで赤ワインのような深い色合いだ。蜜璃はあまり着物に詳しくないがかなり高級品らしく、千寿郎によれば「新車が買えるくらいの」代物らしい。
     そんな杏寿郎は、日本生まれのワイン用ぶどう品種であるマスカットベリーAを開発した川上善兵衛氏の話をしていたが、話の内容よりその凛々しい着物姿に釘付けになっているセミナー客のほうが多いに違いない。
     
    「彼は新潟にある岩の原葡萄園の創業者で、のちに『日本ワインの父』と呼ばれます。他にもブラッククイーンやローズシオタなど、川上品種と呼ばれる様々な日本生まれの交配品種を開発しました。マスカットベリーAは現在では日本で一番多く生産されている赤ワイン用ぶどうでもありませ」
     
     マスカットベリーAを使ったワインは、煉獄ワイナリーでも生産されていた。
     特に評判が良いのは、このセミナーでも試飲で出している「盛炎」という赤ワインだ。価格帯は少々高めだが、品質を考えれば妥当だ、と蜜璃は思っている。
     ちなみにこの「盛炎」は100%マスカットベリーAではなく、欧州系赤ワイン用品種のメルローとカベルネソーヴィニョンが10%前後ずつブレンドされている。その含有率はヴィンテージ(収穫した年)によって違っていた。毎年、ぶどうの出来は収穫時期によっても品種ごとにそれぞれ違うので、それに合わせたブレンド率を毎年考えて作られていた。

    「この品種の特徴は、イチゴのような甘いチャーミングな香りと、しっかりした酸味に穏やかな渋味です。マスカット・ハンブルクという白ワイン用ぶどうと、ベーリーという生食用ぶどうの交配品種で、色合いも一般的な赤ワインに比べて、ルビーのように明るい。生食用ぶどうは、ワインにすると甘い香りが強く出る性質があります。日本人には受けのいい、このイチゴジャムを思わせるフルーティさと渋みの少なさは、和食の味付けと相性が良い。例えばすき焼きや焼き鳥などのペアリングがおすすめです。その土地のぶどうで作られたワインは、基本的にその土地の郷土料理に合うと。日本生まれのマスカットベリーAは、親しみやすく、普段の日本人の食卓に合わせやすいと言えます」
     
     杏寿郎の言葉を聞きながら、蜜璃も心の中でわかりやすい説明に頷いていた。ソムリエやエノログにしてみれば目新しくはない知識だが、和食と相性がいいワイン、というのは一般的にはあまり知られていない。初心者向けのセミナーとしては、渋味が少なくフルーティなマスカットベリーAは最適と言えた。
     テイスティングを勧められた参加者達も、表情を見る限りではみな満足そうだった。
     煉獄ワイナリーの「盛炎」は、一般的なマスカットベリーAにありがちな強すぎる酸味がなく、他の欧州系品種をブレンドしているため、味わいは複雑である。甘い香りに強い酸味、軽やか過ぎるライトな味わいがあまり高い評価を受けにくい品種だが、煉獄ワイナリーの高い醸造技術と良質な自社ぶどうから作られた「盛炎」の評価は高い。
     
    「赤ワインは、よく常温で飲むのが正しいと思われがちですが、一概には言えません。もともと、高温多湿の日本は欧州より気温が高い。正しくは常温ではなく、室温、と考えた方がいいかもしれません。通常の赤ワインなら、14度〜18度くらいが適温と言われていますが、もっと冷やして飲んではいけない、と言うことではありません。ベリーAのように酸味が強く、渋味の少ない赤は12〜15度くらいでもかまいません。グラスやボトルを触って、少し冷たい程度ですね。その方が酸味は引き締まります。ただ、温度にこだわり過ぎる必要はありません。これらは参考程度で結構ですから、もっと冷やして飲みたい、または温度を上げて飲むなどは個人の自由です。ワイングラスにもこだわらなくていいですし、ご自分で一番美味しいと思う飲み方を探すのが、おススメです」
     
     蜜璃としては、マスカットベリーAはあまり魅力を感じない品種だった。無駄に酸が強いものばかりを知っていたし、粒が大きく水分が多いのではっきり言って凝縮感がない。
     だが、煉獄ワイナリーに来て考えは変わった。敬愛する上司が作るその品質は高く、なおかつあまりワインに馴染みのない客層にも評判が良い。
     今までは仏ワイン至上主義だったが、日本人の舌や食生活に合うワインを勧めて購買層の裾野を広げるのも、悪くはないと最近思っていた。
     実際、渋味が少なく甘いイチゴの香りがする「盛炎」は、ワイン通を気取るコアな人たちはともかく、一般的な消費者、特に女性客にはかなり評判が良い。

    「ワインは特別なものではなく、日常生活に彩りを与えます。ぜひ、大事なご家族やご友人、またはパートナーと一緒に当ワイナリーのワインを楽しんでいただければと思います」
     
     杏寿郎がセミナーの最後をそう締めくくると、聞いていた女性客が少々ざわめき出した。
     何かと思ったら、セミナーを行なっているショップの中に着物姿の男性がいつの間にか現れたからだった。インスタで顔を出しているし、何よりその美しい顔立ちとピンク色の髪は何もしなくてもいるだけで目立つ。
     ショップの手伝いに来たのだろう。だがまさかアカザまで着物姿で来るとは聞いて無かった。
     ワインセミナーが終わると、セミナー客はあとはショップで買い物したり見学コースを見に行ったりするのだが、杏寿郎と素山アカザの周りには人だかりだ。
     これはまた新しいネタができた、と蜜璃はしっかり社用のiPadでその様子を撮影した。もちろん杏寿郎とアカザの着物姿のツーショットだ。セミナーの内容よりよほど盛り上がっている。


     煉獄ワイナリーの今年最初のそのインスタグラム投稿は、今までで最高の「いいね」を記録することになった。
     
     
     
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator