・大昔。それこそ舞台になったようなネットどころか電気もない時代にはどれほど娯楽が貴重な物だっただろう。
伝え聞き想像を巡らせた物語が英雄が今その時だけは目の前に現れ舞い踊る。決して存在しないはずの幻がそこには存在しているのだ。
舞踊、唄、浄瑠璃、歌舞伎。長き時を経て洗練され熟成したとしてもその熱量と質は現代でも変わりはないんじゃないだろうか。
洪水の様にあらゆる情報がひっきりなしに流れてくる日々。それでも悲喜愛憎に彩られる物語、熟練の役者が立ち上げる心の機微に見目麗しい若者から迸るキラキラとした激しい情熱の炎。夢のような。夢だからこそ美しい幻の一夜。
ああ、なんて楽しいんだろう。
・刀剣男士の日常。前回が任務であれば今回は「長期休暇」だったのではないかと。過去作で一人の人生の始まりから終わりまでを見届けた時間に比べれば短いのだろうけれど。
緩やかな時代の流れの中で自らを花咲かぬ木と称した男の家の庭には満開の花の垣根。訪ねてくるのは気の良い若者たちに頼もしき友人。日向ぼっこが大好きな愛らしい猫。世界の全てがここに有るかのような充実した日々。
過去では知る事の無かったその人と自らの足で共に辿るもう一つの歴史の側面。旅人と称してもその体と意思で旅に出たのは初めてだったのではないだろうか。
開幕ですでに手遅れだと察していたかもしれない。だったらこのいずれは消えてしまうこの世界を見てみたい。そんな好奇心があったのだろうか。旅人らしく。
「俺は俺だ」その境界線は比較するものがあるからこそ引くことが出来る。本歌と写し。
では「俺」とは何なのか。与えられた任務を失敗し自己を見失ないただ「俺」に閉じこもってしまったような男が水面に映る自らに問う。写しが写しに問う。合わせ鏡の様な無限回廊に迷い込んでしまったのだろうか。
葛藤と苦悩に抗う意思の輝きも無く無気力にただ流される様な姿は原作とはまるで違う。
小さな住まいで静かに祈るように緩やかな日常の中、無心に何かを作り続けた日々は彼を癒しただろうか。見失ったはずの「俺」を手放し、大きな時代の流れの中で小さな川の流れの様に時と共に揺蕩う命の在り方に何かを見たのだろうか。
チャリチャリと懐にため込んだ小銭の音に慎ましい喜びを感じ、何をしようか?旨い物でも食べようか?なんて心が躍ったりしたのだろうか。
水面の波紋に揺れようとも俺は俺
そして閉ざした心をこじ開ける様な仲間の熱は凍てついた大地を覆う雪のような呪いを溶かしただろうか。
そして心は流れだすのだろうか。自らが水であることを思い出す様に。
「この歴史が続けばいい」と聞かれれば
確かにそう思う。けれどそれは続かないだろうなと考えてしまう
だって人は貪欲で愚かだから。その激しさこそが命の本質なのだからと。
叶いもしない夢を見て求めて。薬屋になった男は侍へのあこがれをずっと胸に持ったまま生きているのかもしれない。今の生き方が正しいのかなんて解らないまま。
物語を求める心にも罪悪感を感じながら。