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    中の人

    ネタバレ防止と創作用(SS・イラストあり)

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    中の人

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    あおいさん(@aoiN0116 )とさせてもらったRPをもとにしたSSです

    ネイビーブルーの夜と月 ウルダハの街は騒がしい。太陽が沈んで月がすっかり高くなってもそれは変わらず、特にクイックサンドは昼も夜もなく酒場の客や冒険者がひしめき合っている。騒がしい店内でルーナはひとりテーブルについて軽い夕食をとっていた。ウルダハで受けた依頼が思ったより長引き今夜は自宅に帰らず宿をとることにしたのだ。ツリートードの足の衣揚げをつまみにしてゴブレットに残った酒を呷る。そんな彼に近づく小さな足音があった。
    「こんばんは。お隣、お邪魔していい?」
    「……ん?」
     聞こえてきた声の主を探してルーナが周囲を見渡す。視線を落とすと青い髪のララフェルが彼を見上げていた。
    「ああ、私か。どうぞ」
     隣の席を指し示すと、ララフェルはにこりと微笑んで椅子に座る。頭に揺れる大きな耳はまるで狼のようだ。作り物かと思ったが、周囲のざわめきにぴくぴくと反応する様子からするに本物の耳なのだろう。利発そうな左右色違いの目がルーナに向けられる。
    「どこもいっぱいなの。一杯奢るから、お邪魔するね」
     本日も大忙しのクイックサンドはどのテーブルも埋まっていた。これもモモディ女史の人気の賜物だろうか、と絶え間なく客の相手をする女将を一瞥する。
    「構わんさ。だが、それなら奢られておこう」
     ルーナがそう答えると、狼耳のララフェルはどこかほっとしたような表情を見せて店員に酒の注文をした。
    「いける口なんだ、良かった。断られるかなーってちょっと思ったんだ」
    「おや、それは何故?」
    「”ララフェルと酒は……”って断られることがたまにあるの」
     苦笑するその姿にルーナは思わず納得する。ララフェルの小さな体躯は他種族から見るとまるで子供のように見えるからだ。実年齢はともかく、小さな子と酒を飲むようでそれをよく思わない人間もいるのかもしれない。
    「一応聞いておこう。君は成人だな?」
     ルーナの質問に狼耳のララフェルは「もちろんだよ!」と唇を尖らせた。ルーナはそんな彼女をなだめ「それならいいさ」と続ける。彼自身年配のララフェルとも知り合いであるし、彼らがその小柄な体の内に秘める力強さも知っている。酒が飲める年齢なのであれば、それ以上追及する必要はない。
    「しかし、どうも年齢の判断が付けづらくてな」
    「身体が小さいもの。仕方ないよ」
     先の不機嫌な表情はわざとだったのか、一転狼耳のララフェルはにっこりと笑顔を見せた。ほどなくして二杯のジョッキがテーブルに運ばれてくる。
    「……ああ、そういえば。名乗る前に年を聞いてしまったな。私はルーナ・ドミニカ。失礼、お嬢さん」
     ジョッキを受け取りながら、ルーナは隣人に非礼を詫びる。
    「いいよ! 私はネイビー。あおい・ねいびーだけど、出来たらネイビーって呼んでくれたら嬉しいわ」
    「分かった、ネイビー。私の方は好きに呼んだらいい」
     ネイビーもまたジョッキを受け取り、乾杯するように掲げた。
    「ありがとう、ルーナって呼ぶね! ささ、飲んで飲んで!」
     思わぬ出会いもまた一興と、ルーナは彼女に倣い杯を持ち上げる。クイックサンドの喧騒の中に新たに二人組の歓談の声が加わった。
     
     会話は思った以上に弾み、それに比例するように空の酒瓶も増えていく。酔っぱらった赤ら顔のネイビーがふと気づいたようにルーナの杖を見上げた。
    「そういえば……ルーナは黒魔導士なのね……」
     同じく酔っ払いのルーナも胡乱な視線をネイビーに向ける。
    「ああ、そうだ。君は……そのカーバンクルは召喚士だな?」
     ネイビーの傍らには真っ赤な体をきらきらと光らせるカーバンクル・ルビーが酒の止まらぬ主人を心配そうに見つめていた。ネイビーはぎゅっとカーバンクルを抱き寄せると、愛しそうに頬ずりする。
    「そうなの! 可愛いでしょう?」
     カーバンクルの潤んだ丸い目がルーナを映す。愛玩動物のようなその姿に「まぁ、そうだな。可愛いんじゃないか?」と彼は曖昧な返事を寄こした。愛らしいとは思うが、ルーナの好みはドラゴンのような雄々しさだ。
    「そもそもね!」
     ネイビーがカーバンクルを抱き寄せたままインデックスを取り出した。ただの本とは違う、一目見ただけで魔力に満ちたそれは彼女の武器だろう。
    「魔法使いって本を媒介にして魔法を使うのがかっこいいんだよ!」
     上機嫌そうに言うネイビーに、ルーナの眉がぴくりと動いた。自慢の杖を手に取り、軽く振る。
    「そういえば召喚士の武器は本だったな。いやしかし、魔法使いといえば杖だろう」
    「杖もかっこいいよ! でも本から魔法を呼び出すのが魔法使いだよ!」
    「いいや、それも悪くないが杖に魔法を込めて放つのがいかにも魔法使いらしいと私は思うがね」
     ルーナの悪い癖だ。酒が入ると口数の多くなる彼は、平素ならば受け流すような他愛のない会話にも絡みにいってしまう。しかもそれが己にとってこだわりのある部分ならば尚更だろう。
    「本から魔法を呼び出すときって知ってる? 文字が浮かび上がって見えるのよ! とても知的だわ!」
    「それならば黒魔導士が魔法を使うときの魔力の渦は見たことあるか? 魔力が術者を囲うようにして回るんだ。いかにも破壊の魔法らしい、強さを感じるじゃないか」
     さきほどまで和やかに話していた二人組の語気が強くなったことに周囲の酔客達も勘付き始める。興味深そうに耳をそばだてる彼らに気付くことなく、ルーナとネイビーは白熱していった。
    「うん! とってもきれいだわ! でも破壊の衝動が過ぎるのよ! 知的じゃないわ!」
    「私はそうは思わんがね。それに本は好きだが、戦闘の道具としては少々頼りないんじゃないか?」
    「知的で攻撃力も高くてたくさん動けるのが召喚士よ! いざとなったら本の角で殴るわ!」
    「攻撃力でいったら黒魔導士こそ筆頭だろう! というか殴るのか! それは知的か!?」
     議論の間も二人の杯が止まることはない。次第に視界がふわふわと揺れ出し、呂律が回らなくなっていく。酩酊は脳をも酔わせ、思考する力を落としていく。
    「知的よ! 使えるものは何でも使うわ! それがつよくてちてきで……かっこいいのよ!」
    「圧倒的な破壊力と精密なコントロールを要する黒魔導士こそ……その……なんだ……そう、かっこいいんだ!」
     まるで子供の言い争いだが、酔っ払いというのはこんなものだろう。やいのやいのと言い合う二人の脳裏では杖と魔導書が目まぐるしく入れ替わる。
    「そうよ……くろまどうしの、つえ……かっこいいわよね……あれ?」
     ぐるぐると目を回しながら頷くネイビーは、自分の言った言葉に首を傾げた。ルーナもまた頬杖をついてぶつぶつと何事かをぼやいている。
    「しかし召喚士の……そう、エギやらカーバンクルやら……あのエーテル構築には目をみはるものが……うん……本、角痛いしな……」
     ルーナの言葉にネイビーがにへっとだらしない笑顔を返す。
    「そうね……くろも、しょうかんも……かっこいいのよ……!」
    「そう……うむ……そうだな、両者によいところが……ネイビー、だいじょうぶか?」
     こくこくと頷いていたルーナは、はたとテーブルの上の惨状に気が付いた。いったいいくら飲んだのだろうか。顔を真っ赤にしたままにこにこと笑うネイビーに尋ねる。
    「うむ……だいじょうぶ、だけど……へや、とってるから、オトパさんにこえかけてくれない……?」
     ふらりと小さな人差し指が宿の受付を指さす。ルーナは「あ、あぁ……」と雲の上を歩くようなおぼつかない足取りで立ち上がった。ネイビーもまた椅子から降り、一歩進んで……ぱたん、とその場に倒れる。その姿に酔いに浮かされた頭も一気に冷えた。
    「ネ、ネイビー!?」
     慌ててかけよったルーナにネイビーは「いいねぇ……たのしいねぇ……」とまるで夢を見るように口元を緩ませていた。
     
     その後ふらふらになりながらオトパにネイビーの部屋を聞いたルーナは従業員の助けを借りて彼女を部屋に送ることに成功した。しかし自分自身も心配されるくらい飲んでいたため、自室に戻ってからは泥のように眠りについた。
    「うっ……いた……」
     窓から差し込む朝日に叩き起こされる。体を起こそうとした途端、するどい頭痛がルーナを襲った。なんとか立ち上がり鏡を覗き込めばひどい顔色だ。
    「飲みすぎた……」
     これがもし自宅であったなら口うるさい弟子になんと言われただろう。少しの安堵にため息を吐くが、頭のてっぺんから足の先まで重くのしかかるだるさにがっくりと肩を落とした。なんとか着替え終えたとき、こんこんと控えめなノックが扉を叩く。
    「おはよう……ルーナ、今大丈夫?」
     扉の向こうから聞こえてきたのは昨夜共に飲み明かした相手の声だ。そのときに比べれば随分と小さく弱々しい。
    「ネイビーか……?」
     ルーナは重い頭を支えながら扉を開いた。覗き込めば同じように頭を押さえた小さな姿がある。ネイビーは申し訳なさそうな顔をしてルーナを見上げた。
    「あの、昨夜の記憶がなくて……だいぶ飲んだみたいでごめんなさい」
    「いや、こちらこそ……酔って多少失礼なことも言った気がする。すまなかった」
     互いに相手に向かって頭を下げる。上体を起こすと同時にまた殴りつけるように頭が痛んだ。ネイビーも同じなようで顔を見合わせて苦笑する。二人そろって二日酔いのようだ。気を取り直すようにネイビーは笑顔を見せた。
    「いえ、とても、とっても楽しかったわ! ……ありがとう。出来たら、友達になってくれないかな?」
     その言葉にルーナは目を瞬かせた。一拍置いて柔らかく微笑む。
    「友達か……ああ、もちろんいいとも。私も楽しかった」
    「ありがとう!」
     嬉しそうな彼女にルーナも少しの気恥ずかしさと喜びを感じた。ネイビーはごそごそと小さな小瓶を二つ取り出すと、一つをルーナに差し出す。
    「じゃあ、これ! 飲みましょう? モモディさんに貰ってきたの。モルボルドリンク!」
     二日酔いに効くんだよ! とどこか得意げな彼女からルーナはそれを渋い顔で受け取った。聞いたことのない商品だが、しかし。
    「モルボルド……もう少し名前はなんとかならなかったのか」
    「さぁ、一気よ!」
     小瓶を開け、気合を入れて同時に呷る。
    「うっ……この味は……」
    「うぇえ……き、きくね……」
     苦みと、酸っぱさと、妙な甘さと……なんとも言い難い味が口の中に広がった。喉の奥まで強烈な味が染み込むようだ。口を押さえ吐き出してしまわぬように耐える。しかしそうして数分もすると、先ほどまで頭の中で響いていた頭痛が治まり始めた。
    「確かに効くな……材料はなんなんだこれ。まさか本当にモルボル……」
     そこまで言って考えるのを止める。知らなくてもいいことは世の中にはたくさんあるものだ。
    「とりあえず治まったみたいだ。ありがとう。あとでモモディさんにも礼を言っておこう」
    「ぃひひ、お互い酷い顔だね」
     ネイビーは眉をしかめるルーナの表情を見て思わずといった様子で破顔した。ルーナもつられて顔が綻ぶ。
    「はは、情けないことだ。お互い、酒はほどほどにしないとな」
    「うん、また飲もう!」
     懲りない様子の彼女に、今度はルーナは声をあげて笑った。
    「ほどほどに、だぞ、ネイビー!」
    「ははっ、じゃあ今日依頼あるからもう行くね! これ、私の連絡先!」
    「それじゃあ私も渡しておこう。依頼しっかりな」
     連絡先を交換し、くるりと踵を返すネイビーの背を見送る。
    「ありがとう! じゃあね!」
    「ああ、また会おう」
     とても愉快で稀有な夜だった。こんな出会いもあるのなら、たまには宿に泊まるのもいいだろう。走り去る小さな姿が見えなくなってから、ルーナは自分はもう少し休んでから宿を出ようと扉を閉めた。
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