創作一話モノフォニーの旋律が、人気のない講義室棟の冷たいコンクリートに染み入っていた。静かな音色に、不規則にローファーの足音が重なる。窓から溢れる金色の光は、無彩色の廊下をノスタルジックに染めている。リリは、扉の前に立つと、胸に抱えたファイルをきゅっと抱きしめた。
「おじゃま、します」
ほとんど声にならぬ声で断りながら、扉を押し開け中に入る。途端、クリアになったピアノの音色が秋風のように頬をかすめ、夕焼けに溶け出した。劇的とはこういう出会いを言うのか、しかし、その音はどうも不器用だった。
リリは、素朴な講義室の中に佇む楽器とその奏者に目を向けた。その人はリリに気づかない様子で、聞いたことのあるような、ないような、そういう曲を右手で手遊んでいる。
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