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    真央りんか

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    真央りんか

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    ノスクラ。二人の能力について独自解釈を入れてます。

     終わりのない冬の孤独。
     少年の慟哭は吹雪にかき消されて、誰にも聞こえない。



     ノースディンが竜の一族の集まりに顔を出したのは久しぶりだった。
     そして、クラージィが一族の集まりに顔を出したのは初めてのことだった。
     頭の先から足の先まで新しくあつらえた装いで仕立て上げ、ノースディンがクラージィを伴えば、ホテルの会場に集まっていた一族はたちまち末っ子(実動年齢)を取り囲んで、親元から引き離した。祀り上げそうな勢いだ。無論、ノースディンは助け出そうとしたが、既にクラージィと顔を合わせているドラウスやドラルクをはじめとして、他の面々に宥められるように阻まれた。
     身内の集まりであるし、予想していた展開でもあったので、早々に抵抗を諦める。クラージィの食事内容については話を回してあるし、今夜はドラルクの同居人の人間も来ているから、飲食の用意に問題はないはずだ。時折目をやりつつ、クラージィについての好奇の質問は適当にいなし、他愛のない話で時間を過ごした。そのうち、入れ代わり立ち代わりでクラージィを構いに行く流れが一巡したらしい。ようやく解放された本日の主役が、ノースディンの元へ戻ってきた。
     ノースディンはその場にいた面々に断わって、クラージィを連れて人の少ない会場の端へ向かう。過保護、と笑われたようだが気にしない。
     クラージィは最初こそ多少緊張していたが、元々好奇心は強い。やたら構いたがる一族の波状攻勢も、楽しんだようだ。平和にそこかしこで談笑が起きている様子を眺める表情は、嬉しげですらある。
     会話の輪から外れても場の空気を味わっている横顔を、ノースディンはしばし無言で見守った。やがてまなざしに高揚よりも落ち着きが見えてきた頃、前を向いたままクラージィが口を開いた。
    「血族の者がこれだけいて、吹雪の能力があるのはお前だけと聞いた」
    「…そうだったかな」
     一人一人の細かな能力まで覚えていない。だが吹雪に象徴されるのはノースディンだけだ。
    「ドラウス殿から受け継いだものでもない」
    「…ああ」
     ドラウスだったら、吹雪を起こそうと思えば起こせるようになるのだろう。しかし、ノースディンのそれとは違う。

     吹雪こそがノースディンなのだ。
     身の内の吹雪が止むことはない。

     歯切れの悪い応答しかできないノースディンの様子に、クラージィは気付かないようだった。
     会場を確認するようにゆっくりと見渡しながら、自分の胸に手を置いた。
    「お前の吹雪を共有しているのは、私だけなのだな」
     突然落とされた発言に、ノースディンは反応を返すこともできなかった。

     折り合いをつけていけるようになった己の能力を久々に疎んじたのは、クラージィが氷の能力に目覚めたときだった。クラージィの能力の元になるものがわからなかった。ノースディン由来なのは間違いない。はたして何をどれだけ受け継がせたのか。
    クラージィをこちら側に迎えたことに後悔はない。しかし悩みを抱えさせたいわけではない。そして、クラージィに後悔がないか、本当のところまではノースディンにわかるわけはないのだ。
     幸いにも、能力制御の特訓に励むクラージィはとても楽しげで、前向きな様子しか伺えない。考えすぎないよう自分に言い聞かせていたのだが。

     それが、吹雪を共有しているという。
     ノースディンの吹雪のもとは―

     一瞬にして吹き荒れそうになった心は、クラージィの表情に勢いを挫かれた。
     返事がないことに振り向いたクラージィの顔は、確かな誇りの色を乗せていて、ノースディンは混乱する。黙ったままのノースディンの様子を何と受け取ったのか、クラージィの眉と耳がみるみる下がる。
    「すまない……浮かれすぎた」
     言われた内容の把握に遅れた。文章を理解しても意味が分からない。何か誤解が生じているかもしれないと気付いたときには遅かった。
     珍しくクラージィの目が泳ぐ。視線がノースディンから逃げた。
     視線どころか、「飲み物を取ってこよう、お前の分もいいか?」と声を掛けられ、反射的にいやと返してしまえば、クラージィは行ってしまう。歩いていく背を見送るしかなかった。
     そして、そのままクラージィはしばらくノースディンの元へ戻ってこなかった。
     直後に御真祖様が現れたからだ。

    「ホテルから爆破NGって言われちゃった」と聞いて大半の者が油断した。新しく持ち込まれたゲームには、亜空間落とし穴とやらの罠があり、嵌った者は一応全員帰ってきたものの精神ダメージがひどかった。
     ノースディンも嵌った。中の様子は一切覚えてないが、時間と空間を見失った感覚だけ残っている。乗り物酔いとはこのようなものかと思った。クラージィも嵌っていた。傍にいられなかったが、戻ってきてしばらく呆然としていたのを見た。驚いたことに一番耐えきったのは弟子とその同居人だった。弟子は砂にはなっていたが。その彼らでさえ「案内人がいないだけでこんなにヤバい」と震えていた。
    そのうちうっかりと誰かが爆破の方がマシだったと零してしまい、「じゃあ、うちでやる?」と半分ほどが連れ去られ、尊い犠牲の元、再び平和が訪れたのだった。

     嵐のような時間のおかげで、一族の前で吹雪を起こすような失態は犯さずに済んだ。己の位置を見失ったことで、感情がリセットされている。落ち着きを保つだけの余裕ができた。
     今夜はもう義理は果たしたし、ドラウスは監督責任として御真祖様に共についていった。そろそろ頃合いか、と残っていたゴルゴナにだけ一応挨拶をする。妙な間でじっと見つめられたが、何も言われずに済んだ。それからドラルクにも一言二言三言声をかけ、その倍は言い返されてから、ノースディンは最後にクラージィの元へ向かった。
     一人で窓際に佇んでいたクラージィは、親族が掠われていった空を眺めている。既に我を取り戻しているようだった。
    「帰ろう。送る」
    「ああ…いや、そこまでは」
    「エスコート役の務めだ」
     クラージィは送られることへの躊躇いを見せたが、もっともらしいことを言い返すと、苦笑で「では、頼む」と受け入れた。そこでようやくまともに目が合ったが、すぐに外される。
     挨拶は済ませたから、と後を気にするクラージィをそのまま外に連れ出した。


     歩くには少し遠いが、道すがら話をするには丁度いい。
     そう思ったものの、歩きながら口に出すには内容が重すぎた。聞かなくてはいけないことがあっても、触れたくない気持ちが勝っているので切り出せない。
    しばらく黙って歩き続けた。この街は夜も人が多い。人間も、吸血鬼も。ただ今夜はありがたいことに、この街にしては平和だった。
     クラージィの横顔を盗み見る。普段は前をまっすぐ見ている視線が少し地面に落ちてるように見えるのは、ノースディンの気のせいだろうか。
     いつもと様子が違うのが気がかりで、相変わらず話は持ち出せない。目を離せずにいると、不意にクラージィの視線がノースディンへ向けられた。思わずギクリとする。
     ノースディンが見ていることに気付いたわけではないようで、目が合うとクラージィもギクリとした。
     ぎこちなく互いに目を逸らす。気まずさを隠すため、言葉を探した。
    「気分はどうだ。その…落とし穴に嵌っただろう」
    「正直、覚えてないが……今は悪くない。いいくらいだ」
     亜空間のことを思い出して少し意識を飛ばしかけていたが、どうやら体調に影響が残っているわけではないらしい。
    「御真祖様の遊びは、だいたいいつもあの感じなので、うっかり誘いを受けないように」
    「なるほど…しかし楽しかった。刺激的な体験だった。また機会はあるということだな」
    「まあ、な」
     注意を受けたばかりで、もう誘いを受けるつもりでいる。しなやかでたくましいところは好もしい限りだが、危なっかしくてそういう意味でも目を離せない。
    「他の一族の者は、顔合わせはすんだから、次は今夜のように群がることはないだろう。…次に行くつもりがあるならだが、断ってもいいのだぞ」
    「みな良い方たちだった。時折ああした集まりがあるならありがたい。血族という関係が感覚で感じられるのは、慣れぬこともあって、なんというか不思議なものだ」
     吸血鬼となって得た感覚の変化に言及され、ノースディンは足を止めた。
     数歩進んで気付いたクラージィは立ち止まって振り向くと、ノースディンの顔をじっと見つめ返す。
     逆光の顔が通りかかった車のライトに数秒照らされる。眩しさが消えるとクラージィはまるで止めていた息を吐き出すように、表情を緩めた。
    「お前のそれは、怒っているわけではないのだな」
     それってどれだと引っ掛かりつつ、ノースディンは返事を探す。
    「お前が喜んでいることを、怒るわけないだろう……あ、いや、確かに怒っている時もあるかもしれないが、今夜は別に……」
     話しているうちに、額に手を当て考えてしまう。そうではない。
     クラージィが続きを待っている。溜め息を密かに溢し、手を下ろすとクラージィに向き直った。
    「お前が一族との顔合わせを楽しめたのも、御真祖様のゲームを楽しめたのも、良かったと思っている。それに…お前がお前の能力を受け入れているなら、私に不満などない」
     クラージィが視線を落とす。
     再び車が通りかかる。眩しさのせいで、俯き加減のクラージィの表情が少しの間見えなかった。
     しばらく二人で黙ってから、クラージィは行く手を振り返った。
     まだ自宅マンションは見えていなかったが、
    「よければ、うちにあがっていってくれないか。話したいことがある」
     ノースディンのほとんど動かぬ心臓が、大きく緊張で一度鳴った。


     クラージィの家には椅子が一脚しかない。本人が窓辺で寛ぐ用らしい。ノースディンはその姿を窓から訪れた時に見たことはあるが、基本的に来客時に使用されることはない。そして今は窓も厚い遮光カーテンで覆われ、外の景色は見えない。
     来客はあっても、この国によくあるように、床に座るのを当たり前にしている者が多い。クラージィもその生活に馴染んでいるようだ。ローテーブルと薄手のクッションがあるだけで、ノースディンも訪問のたびに勧められるがままクッションに座るが、どうにも慣れなかった。
     コートだけ預けて、茶を淹れようという申し出は断った。チェストの上の調光ランプを控えめに灯しただけの部屋で、着替えてくるのを待つ間にノースディンは座っておいたが、いつものごとく心許ない。
     明かりが揺らぐ。電球と照明器具の相性だと言っていた。交換しろと忠告はしてるのだが、この揺らぎが気に入っているらしい。どことなく蝋燭を思わせるのだろう。
    戻ってきたクラージィは普段通りのカジュアルな服を着ていた。服を仕立てた時と今夜出かける前に撮影はしておいたが、あっさり変わると名残惜しかった。少し整えた髪に、余韻が残っているだけだ。
     いつもとほぼ変わらぬ姿になると、それだけクラージィの挙動の不自然さが目につく。ノースディンの正面ではなく、斜め隣に腰を下ろすと、それきり何かを言いあぐねていて、今夜は全くらしくない。視線はずっとテーブルに落ちている。
     緊張を自覚しながら咳払いをして、ノースディンから口を開いた。
    「話と言うのは、お前の吹雪についてか?」
     静かに問えば、クラージィは自分の胸元を掴んで「そうだ」と短く答え、糸口を探すように視線を彷徨わせてから、ゆっくりと説明しはじめた。
     吸血鬼として目覚めて以来、とても寒がりになったこと。きっとノースディンとの繋がりだろうと予感していたこと。能力の発現とともに確信に変わったこと。
    「寒がりになったことは、初めこそ戸惑ったが、今では何の問題もない。この国もこの時代も、身を温める方法はいくらでもある」
     だがそれだけで終わるなら、クラージィの不可解な態度の理由にはならない。
     先を促すことはできなかった。黙ってクラージィを待つ。
     やがてクラージィは意を決したように、顔を上げた。
    「ノースディン、私には吹雪は起こせない。きっと力の引き出し方や使い方がお前とは違っている」
     唐突に告げられたそれは、能力制御の訓練の過程でノースディンも感じていたことだった。なぜ今それを告げるのか。
     クラージィの空いた方の手が不意に伸ばされて、ノースディンの腕を掴む。予想にない行動に反応できずに固まった。見つめる顔を見返せば、クラージィは至極真面目な表情だった。まっすぐな視線に強さはなく、微かに申し訳なさげな色がある。
    「ただ力の源にお前の吹雪を感じるのは本当だ。そしてそれは……お前が望まないことなのだろう?」

     ノースディンは悟った。
     共有、と言った。
     クラージィは、ノースディンの吹雪の元を分かっている。
     それが何か知らなくても、感じ取っている。
     その上で自分は大丈夫だと教えてくれているのだ。

     二人で凍り付いたように身じろぎもしなかった。
     全てが止まったような中、不意にランプの明るさが増し、また落ち着いた。ゆっくり、ゆっくりとノースディンの手が上がる。
     腕を掴んでいる手に手を重ねた。
     声をどうにか絞り出す。
    「私の吹雪は、お前を苦しめていないか」
     クラージィの口元が歪む。
     明らかな苦悩の反応に、ノースディンは重ねたばかりの手を離した。体も無意識に退いてしまう。クラージィの手から力が抜けていて、自然に腕から剥がれた。
     クラージィは、浮いた手を戻すと両手で自分の胸を押さえる。
    「私は古き血の方々や血族の皆ほどお前のことを知らない。それは当然のこととして、気に留めていないはずだったのに」
    顔の端に僅かな明かりを受けながら、クラージィの瞳が次第に輝いていく。
    「これだけは私だけが分かち合っていると知って、喜びを感じてしまった」
    「……喜び…?」
     出てきた単語のそぐわなさに聞き返せば、クラージィの顔に苦痛の色が乗り、俯く。
     項垂れこそしたが、見える瞳から輝きは失われておらず、ここにはないどこかをまっすぐに見据えているようだった。
    「お前が望んでないだろうと思ったから、この話題は触れないつもりでいた。だが今夜は……浮かれてしまったのだ」
     少し上がった視線はまだ遠くを見ている。
    「なんなのだ…、この喜びは…」
    「お前、それは」
     ノースディンの声に引かれるように、クラージィの瞳がノースディンを捉えた。表情には懊悩の色が濃い中で、赤い輝きは弱まることはない。それは間違えようもない、歓喜の光だった。
    「お前が望まないとわかっても、私だけのお前がいることに喜んでしまう」
     ノースディンは退いていた姿勢を起こすと、クラージィの方へ寄った。両肩を掴むと、目と目を合わせる。自分でも驚くほどしっかりと声が出た。
    「お前の喜びを望まぬことなどあるものか」
     詰めた距離の先で、クラージィが目を見開く。まなざしから浮かされたような熱が消え、ノースディンの目の奥を探るように揺れる。見極めようとしている。次第に確認するようなものになっていき、最後には確信している強さとなって、ノースディンに問うてきた。
    「ここに私がいて、いいんだな」

     取り繕えたのはそこまでだった。
     クラージィの両肩を掴んでいた手を背中に滑らせ、きつく抱きしめた。

     誰かと分かつつもりはなかった。
     今も晒すつもりはない。
     ただ共にある者が、クラージィがいる。
     その事実に全身が打ち震えた。

     しばらくして、互いの体に挟まれていた手が抜け出し、背中におずおずと回される。
    空いた隙間の分いっそう抱き寄せた体は、熱くも冷たくもない。二人は同じ温度だ。
    そのままでどれくらいの時間が経ったかわからない。
     遠くでサイレンが聞こえた。また何か騒動が起きたに違いない。しっかりした遮光カーテンのおかげで、町の明かりも漏れいることはなく、閉じた空間は守られたままだ。
    ふっとルームランプが消えた。クラージィが動く様子はな。腕の中の体と、体に回された腕を感じ続ける。
     闇の中で、ノースディンは抱き締めたクラージィの背中を肩越しに見下ろし、目を閉じた。



     永遠に孤独だと思っていた。
     吹雪の中で少年の慟哭が止むことはない。
     吹雪が止むことはない。
     ただ今は、寄り添う背中が、次の季節の存在を教えてくれていた。
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