あ。
その瞬間、ディノのまわりが静かになった。
オレたちウエストチーム四人、街中で暴れていたイクリプスを捕まえるために駆け付け市民を救助した。少し遅かったので建物に被害がでていて瓦礫が散乱していた。人的被害がなかったのは幸いだ。
それでオレは事後処理の連絡をしていて、ディノは地面に座り込んでいた女性に手を差し伸べた。
女性、というか10代の女の子はディノの手を取ると、立ち上がってそのまま勢いでディノの顔をつかみ。
キスをした。
は。
オレが声をあげるまえに、女の子はエモーショナルに感極まった声をあげた。
「ディノ、だいすきよ!ありがとう!」
女の子はそういうと人垣をかきわけて、手を振って走り去った。パワープレイにも程があるだろ。みていた市民は盛り上がった。なんせ女の子のキスは熱烈だったんだよ。口笛を吹くやつとか、すけべな事をいうやつとか。眉を顰めるやつも少々。まあとにかく、いろんな意味で騒然とはなった。
「ディノ」
オレが声をかけると、ディノはなんでもないように笑みをつくってやがった。
「キース、怪我をした市民はいなかったか」
「おお」
あとは警察やら消防に仕事を引き継いでもらえばいい。ディノはテキパキと仕事をこなした。
それが今日の昼の事件だ。オレはブラッドの野郎にダメ出しを食らった書類をやり直し終えた。これでガミガミ小言ビームスも納得するだろう。
「はあつかれた」
もう日付がかわってやがった。リビングのソファーの方をみると、ディノがテレビショッピングを見ている。といってもいつものように目をキラキラさせて見ているんじゃなくて、スマホをみてははあと息を吐いている。
オレは湯をわかしてハーブティをいれた。なんつうかディノがここに帰ってきた頃うなされてよく眠れなさそうな時フェイスの奴がくれた奴で、気持ちか落ち着くとかなんとか茶。あんま旨くねえし、ディノも落ち着いたのでしまわれたままになって残ってた奴。
オレはマグカップに二人分いれてソファーにいった。ディノはスマホから顔をあげた。
「どうしたディノ」
オレが机に茶を置くとディノは顔をあげる。眉毛が下がってる。くそ…。
「ええっと…昼間の動画、すごく拡散されてて」
ディノはスマホを見せる。だれか動画をとっていて、ディノが女の子にキスをされたところが、パプニング映像としてバズりまくっていたのだ。オレが夕方こっそり見た時よりも動画がでまわっている。それでその動画につけられたコメントは見たくねえ言葉のオンパレードだ。やれヒーローの役得!だのディノロリコンだの、好き勝手に書かれている。女の子がけっこう美少女だったのもそういう言葉に拍車をかけてると思うんだよな。あー……
「もうスマホ、今日は見るなディノ」
「うん…」
オレはディノに引っ付いて、膝をかかえてるディノの頭をなでた。
「嫌だったんだろ」
「うん」
ディノはクッションに抱き着いて膝を埋めている。いきなり知らねえ女にキスを、それもベロまでいれられたキスなんてされちゃあオレだってヤダね。でも相手がまだ学生らしき地味でおとなしそうな女の子で、悪気でやったってわけでもなさそうで、とっさに怒ることもディノは出来なかったんだろう。帰ってすぐに歯磨きするぐらい嫌でも。
「ディノおまえは怒ってもいい」
オレはディノの頭をなでてそう言った。この件で一番対外的に怒りをみせているのはフェイスでSNSで「こういうことはやめてよね。安心してヒーロー活動できないよ」という怒りがにじみ出たメッセージを出していた。ブラッドのやつもかなり怒ってるから明日ぐらいには活動中のヒーローにたいする猥褻行為についての注意のプレスリリースが出されるかもしんねえな。ちなみに机の上にはピザだのロブスターロールフライドチキンドーナツカップケーキいちご大福その他いろいろの差し入れが積まれている。
「怒っていい?」
「ああ、フェイスもジュニアも出かけてるから大声だしてもいいぞ」
オレがそういうとディノはクッションにパンチをいれた。
「嫌だった!」
「おお。もっと言え、言え」
「ヤダ!!きもちわるかった!ヤダヤダやだやだやだ!」
ディノはクッションにキック。
「あの子とキスしなんてしたくなかった!」
ディノはバタバタクッションを蹴飛ばして、ソファーにぐったりした。
「はあ…今日は散々な日だったよキース」
「ごくろうさん」
ディノはコップに口をつけてごくごくと茶を飲んだ。
「キース、キスしよう」
ディノはオレの膝を脚で蹴飛ばして言う。
「キースならいつでもキスしていいんだけどな」
「オレも」
オレはディノに覆いかぶさって、ゆっくり顔をつかむ。ディノは目を閉じる。
オレはディノの口にキスをして、口の中をぜんぶ消毒した。ディノの顔がようやく元気になってきて、オレはほっとした。ディノが落ち込んでいる姿は―――見たくねえんだ。二度と。元気になってきたディノはオレの口のなかにベロをいれてきて、オレはそれに負けじと、ベロをからませて、息があがるまでディノのベロを吸って、からませてくすぐって、した。
「は……ぁ」
口を離すと、ディノの口の端から唾液が糸を引いてオレの口とつながっている。
ディノは起き上がり、スマホを手にする。
「こんなことしないでってエリチャンに書いとく」
「おー、そうしとけ」
「ディノアルバーニの体はキースマックス専用って書いておこうかな」
「ぶっ」
オレは飲んでいたぬるい茶を吹き出した。
「ええ……、それ全世界公開は恥ずかしいんだけど」
いや、それでディノがいやな思いしねえなら別に構わないけど!でもなんか恥ずかしくねえ。いやっ、でも…ううん。オレもめったに書き込まねえエリチャンに書くべき、なんだろうか。オレの友だちを傷つけたらぜってえ地の果てまで追いかけてぼこぼこにするって。うううん、
「そこまで真剣に考えてくれてるとこ悪いんだけどキース。そこまでは書かないから」
「や、まあ。そうしてくれ」
SNSなんかに書かなくてもそういう時がきたら、ぼこぼこにするし、な。
ディノは鼻歌をうたってスマホでメッセージを書き出した。オレは股間の熱を収めようと、ぬるくなった茶を飲んで、冷めているピザの残りをかじった。
ディノが今後こういう事はしないで欲しいということと、動画の拡散をやめて消去して欲しいことをネットに書き込むと、騒ぎはいったん落ち着いたようだった。
といっても気になるので、次の日フェイスに騒動のようすを詳しく聞いた話によると。
ディノにキスをした女の子がSNSで名乗り出て謝罪をし、ディノは「こういうことは二度としないでね」といって受け入れた。ディノのほうはそれで終わった話だけど、女の子のほうはそこから本アカ特定、炎上、ポエムじみた自己弁護からの垢消し学校特定などの騒動だったようだ。キスした動機は、ディノのファンなので助けてもらって運命ッ!とテンションが上がりすぎた。というもんだったらしい。キスをしてディノに好きになってもらいたかったのかもね、馬鹿だね。とフェイスは辛辣に話を締めくくった。
「自業自得っていってもこわいもんだな」
オレは日頃見ない炎上中のSNSをトイレで眺め、はあっとため息をついた。まあ犬の糞みてえなインターネットを眺めていても仕方がねえので、オレは自分の糞の方を流すとトイレを出てパトロールに戻った。
まあ、今日の昼飯はディノを誘ってピザ屋だな。