雨が降ってきた。
キース少年は店の軒下に駆け込んだ。
「くっそ」
キースは曇った空をうらめしそうに睨む。キースはいま運び屋をしている。商品を時間通りに運ばないと、またどやされる。
「まあいいか。そこまで謝礼もらってねえし」
キースはそうぼやいて、軒先を借りている店野中をのぞいた。菓子店だ。下町の素朴な菓子店でケースには甘そうな菓子が陳列されている。赤や青のカラフルなケーキは曇り空のせいかキースの目にやけに眩しかった。
じっと肌寒い中、キースはじっとまっている。と店の前に車が止まり男性が下りてきて店に入る。キースはなんとなしに中をのぞいていると、男性は注文していたケーキをとりに来たようだ。なにかの子供向けアニメのデコレーションケーキ。
「誕生日ケーキ…か」
大きなホールのケーキを覗き込み、男性は顔をほころばせる。キースはまだ雨がやんでなかったけれど、軒先から出た。
「誕生日ケーキ、ねえ」
今日は11月10日。キースに誕生日ケーキをくれる人間はいない。
キースはその日もらったものは、リンチだった。
「………むっかしの夢…か」
キースはアカデミーの寮の部屋で起きた。雨が降っている。おかげでキースの頭は湿気で鳥の巣のようになっている。時計をみると寝過ごしている。そういえば同室のやつが先に行ったような……まあ今日は遅刻だ。
「またあのブラッドの野郎がうるせえよな。ほっとけっての」
キースは重たいまぶたを無理やり開けて体を起こした。最近、ディノというヤツとブラッドというヤツがなぜかキースにからんでくるので、いろいろ面倒なのだ。
カレンダーをみると、11月10日。
「だからなんだ…ってな。ふああ」
キースはぼやきながら歯をみがき、寝ぐせで爆発した頭を苦労して梳かした。ブラッドのヤツに万が一遭遇した場合に備えて。
ブラッドに遭遇しませんように、というキースの願いもむなしく昼休み時間にブラッドがやってきて「遅刻するなとあれほど言っただろう。それにもう少し身だしなみをどうにかしろ」とくどくどお説教コースになってしまった。
「うるせー。オレは天パなの!これが通常なんだって」
キースはもうさっさとブラッドを振り切ってしまおうと、廊下をかさかさ移動していると明るい足音がやってきた。
「あ、いたいた!キース。ブラッド。お昼だしピザを食べにいこうよ!」
「げ、ピザ星人」
めんどうな男につかまったとキースはだるそうに立ち止まる。どういう訳かこのディノ・アルバーニという男はキースと友だちになりたがっている。奇特な人間なのだ。
「ねえねえキースはどのピザにする?」
「ピザ確定なのかよ。オレはぜってー別のモン食うからな」
「そんなあ。ブラッドはどうするピザ?ピザ!?」
「ピザでもかまわないが」
ブラッドはなんとピザを肯定してしまった。キースは二対一になって劣勢になった。
「おまえディノに対してなんか甘くないか」
「そうだろうか」
ブラッドはそういいつつキースの横を歩いている。しまったピザの流れになっちまった!と思ってももう遅い。キースはしぶしぶるんるんピザの歌を歌うディノの後ろをだるだる歩く。
「ハッピーバースティ!!!!」
キースは驚いて振り返る。雨のせいで声が廊下を反響して大きい。
同級生の一人が友人に向かっていったことばだった。
「今日おまえ誕生日だろ」
「ああ。なんかおごれよ」
「しゃーねえなあ」
などどいう会話をして同級生たちは笑いながら走っていった。
「へえ。マイケルくんは今日が誕生日だったのか。あとでお祝い言いに行こ」
ディノはにこにこキースに笑いかけてふと気がついたように言った。
「そういえば、キースとブラッドの誕生日っていつ?」
「俺は9月15日だ」
ブラッドが答える。
「じゃあもう過ぎちゃってる。来年は盛大にお祝いするから期待しててねブラッド」
ディノはそう笑顔でいうとキースの顔を覗き込んだ。
「キースは?キースはいつ!?誕生日」
ディノのキラキラした目を見て、キースは思った。こいつはきっと誕生日を盛大に祝われてきたんだろうな。だから誕生日に嫌な思い出なんてないんだろう。
キースは口ごもった。
「い…あ、別に」
「え、いいだろ。教えてよキース。お願い」
言いたくないという気持ちはディノのお願いの一言で氷解してしまい、キースはしぶしぶ口を開いた。
「11月…10日」
「へえ、11月…っていうか今日じゃないか!!!!」
ディノはびっくりした顔になって慌てだした。
「どうしようブラッド!キースのパーティの準備しなきゃ!!」
「え、いや別に誕生日を祝うような歳でもねえし…って、パーティ…?」
「そうだよキースの誕生日なんだからパーティしなきゃ。あわわ忙しくなるぞ!」
「ちょ、ちょっとまて、パーティ?いや別にいいってそんなんってブラッド、おまえどこに電話してんだ」
「パーティ会場を手配した」
「おっ…え?パーティ…かいじょう、てはい?意味がわかんねえんだけどおい」
「わあさすがブラッド。俺はそうだなピザを買ってくる!ケーキはブラッドに任せていい?」
「ああわかった」
「えっ……ちょ、え?」
目を白黒させているキースに向かって、ディノは歌い出した。
ハッピバースデー トゥーユー
ハッピバースデー トゥーユー
ハッピバースデー ディア キース
ハッピバースデー トゥーユー
ディノの朗々とした明るい歌声に引き寄せられ級友たちが集まってきて、気がつけばハッピーバースディの歌の大合唱になっていた。だれかが持ってきたクラッカーがキースの頭上に降り注ぐ。
「ようキース、お誕生日か。これやるよ」
などど同級生が言って、気がつけばパンだとかチョコバーとかがキースの手やポケットに詰め込まれている。ひとしきり祭りが終わり人が去ると、キースは腕の中にどっさりと級友達からのプレゼントと、クラッカーの紙クズと、だれが持ち出してきたのやらお誕生日のかざりが身体に巻きついた浮かれた格好になっていた。ブラッドはホウキを持ってきてさっせとクラッカーの後片付けを律儀にしていた。
ディノがキースの顔を見て笑う。
「ハッピーバースディ、キース」
「…おお、………まあありがとな」
キースは物心ついたころから初めていわれたパッピーバースディに衝撃を受ける。それはとてもうれしかったし、そしてキースは自分がさみしかったことに気がついてしまった。
そのディノとブラッドと初めて誕生日パーティをした瞬間から、キース・マックスは「生まれた」のだ。
キースは人生はじめてといっていいような衝撃を胸の中に受け、ふうと息を吸った。始めて息を吸えたような感激を胸に秘め、キースはディノに聞いた。
「ディノ。おまえの誕生日は」
ディノはどういう訳か一瞬、口ごもったけど笑顔で答える。
「3月22日」
「ふーん、まあ覚えてたらピザぐらいはやるわ」
「ほんと!やったー!ピザ!ピザ☆」
キースはブラッドと目が合った。堅物のブラッドとキースは気が合わないと思っていたが、ディノを眺める目線が一緒だったので、意外にも気が合うんじゃないだろうな、という予感がキースはした。キースはだれかからもらったバースディ味のプロティンバーをかじり、甘さに苦笑いした。