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    kitanomado

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    kitanomado

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    さとみくんなりたにチョコあげるの回

    バレンタインの話「もうすぐバレンタインやなあ聡実くん」
    「狂児さん気早過ぎないですか。こないだ正月きたばっかやないですか」
    正月も三が日を過ぎた日曜日。世間では、すっかりいつも通りの日常が戻っていた。
    狂児もいつも通り、聡実の部屋に来て、聡実の膝の上に頭をのせ、いつも通りまったりとくつろいでいた。狂児がそう言った先から、つけっぱなしのテレビからはどこかの百貨店で開かれるバレンタインの催事予告のCMが流れる。
    「ほらーCMもやっとるやろ。季節先取りやん。もう節分豆もひな祭りもでてくる時期やし」
    そう言ってから、狂児は頭上の聡実の顔をじっ…とを見つめた。聡実は狂児のその圧の強い視線に怪訝な顔をする。
    「なんですか、その顔」
    「うそ〜ん!聡実くんからチョコ欲しいわあ〜って顔やん。わかるやろ…?聡実くん」
    「めんどくさい顔してはるなあてことだけはよくわかります。狂児さん普段からめんどくさい顔ですけど」
    「普段からめんどくさいて俺どんな顔してんの?」
    聡実はふん、と鼻を鳴らした。
    「別に、僕からやなくても狂児さんならお店の人とかからぎょうさん貰えるんちゃいますか。知らんけど」
    「店?ああ、うちでやってるキャバのことか。まあ毎年嬢からぎょうさんくるけど別にあんなんぜーんぜん欲しないわ」
    そう言って、狂児は顔を顰めながらしっしっと手で追い払う仕草をした。聡実はそんな狂児を「モテ男発言しよって……」と思いながら、じと…と見つめた。
    「いやん、ちゃうやんちゃうやん!俺聡実くんから欲しいねやんか。聡実くんがくれるんなら他ぜーんぶ断るし」
    「え」
    「本命からしかいらんよって受け取られへんわてちゃーんと言うわ。やから聡実くんちょうだいネ♡」
    「……まあ、考えときます。まだ来月やし」
    「楽しみにしてるわあ」
    「考えとくだけですから」
    「聡実くんどんなんくれるんかな〜」
    「考えとくだけ言うてるでしょ」

    一月の下旬。大学の帰り道、聡実は大学最寄り駅から自宅方面とは違う電車に乗り込んだ。クラスメイトの女の子の話していた、バレンタインのチョコ買うなら絶対あそこのデパート行くという情報をもとに新宿へと向かう。電車に揺られながら「ちょっと見るだけやし。まだ買うとは決まってへんし」なんて自分に言い聞かせながら。
    電車を降り、駅直結の店内に入ると壁面に貼られたバレンタインの広告を見ながらエスカレーターを登る。目的の催事場のある階に踏み入れた途端、聡実の足がぴたりと止まった。
    人だかりでフロア全体が埋まっている。人と人がすれ違う隙間などあるのだろうかと言うほどに混雑したフロアは、ほぼ女性客のみで、両手にはそれぞれ紙袋の束をいくつも持っていた。数えきれないほど並ぶ店はどこも長蛇の列だらけで、どこがどの列なのかすらよくわからない。聡実は想像以上の混み具合にすっかり腰が引けてしまった。
    なんこれ怖!噂には聞いとったけど無理無理無理!こんなとこよう入れへん。戦場やん。狂児にあげるならちゃんとしたやつて考えてたけど、絶対無理やん。へんな見栄はらんと、べつに狂児なら麦チョコとかチロルでええやん。あほらし。
    場内の熱気にすっかり気を削がれてしまった聡実がくる、と向きを変えた。その時近くの店頭に立っていた店員が、ピックの刺さった一口サイズのチョコレートの並んだトレイを聡実に差し出した。
    「こんにちは。よろしければこちらご試食いかがですか?」
    「え?あ、ありがとうございます」
    聡実は差し出されたそれを受け取り、口にいれると柔らかなチョコレートはあっという間に口の中で溶けた。ほんのひと欠片のチョコレートなのに甘くて濃厚な味が舌の上に広がる。
    「おいし……」
    上品な味のチョコレートを味わっていると、聡実の頭の中に狂児の「楽しみやなあ」という屈託ない顔が浮かんだ。聡実はガラスケースの中、綺麗な箱の中に収まったチョコレート達をちら、と見る。そしてそこにつけられた値段を見て「うっ…」と心の中で呟くと、ピックを小さなゴミ箱にいれながら店員に「おいしかったです。ありがとうございます」と言って、その場を離れた。
    人の熱気から離れ、ふう、とため息をつく。
    ちょっと考え直そ。まだバレンタインまで時間あるし。
    聡実はそう思いながら、下りのエスカレーターに乗ろうとした時、賑わうバレンタインコーナーから少し外れた一角が目に入った。そちらもバレンタインの催事の一環らしく、ラッピングや製菓類が並んでいる。聡実は少しだけ考えたあと、そのコーナに近づいていった。


    煙草の煙で白くけぶる部屋の中、麻雀卓を囲んでいた狂児のスマートフォンが鳴る。狂児はその着信音を聞くと、すぐに椅子にかけてあった上着から薄い機体を取り出し通話ボタンを押した。片手でスマートフォンを掴みながら、耳と肩に挟む。
    「聡実くーん♡どないしたん?なんかあった?もしかして俺の声聞きたなってくれたん?嬉しいわ〜」
    「僕まだ何も言うてないですけど。……狂児さん今電話大丈夫ですか?」
    「大丈夫よ。麻雀してるだけやし」
    「……あの、…作ったんですけど、」
    電話の向こう。聡実の小さく、囁くような控えめな声が、じゃらじゃらと麻雀牌を混ぜる音にかき消される。狂児は空いた左の耳の穴を手のひらで塞ぎながら聞き返した。
    「え?聡実くんなんて?ごめん、もうちょいでかい声で喋ってくれるか」
    「え?あの、」
    「ちょ!お前らも人が聡実くんと電話してんねんぞ!ジャラジャラすなや!聡実くんの可愛ええお声が聞こえへんやろが!」
    狂児がそう言うと、麻雀牌をかき混ぜていた全員が顔をあげ、狂児を通り越して聡実に呼びかけ始めた。
    「お、聡実くんか。久しぶりー」
    「元気かー。こっち帰ってきたらカラオケまたおいでや」
    「なんや先生、まーだ狂児なんかと付き合うてるんか。こんなんとはよ別れたほうがええで〜」
    「余計なこと言うなや!」
    麻雀牌の音と一緒に、狂児と祭林組の男達の野太い声で余計に賑やかになる。電話の向こう、各々が好き勝手に喋る声を聞きながら、聡実は黙ったまますう、と息を深く吸い込み、それから口を開いた。
    「お前のためにチョコ作ったったからいつ会えるか聞いてんねんドアホが!!!!」
    聡実のキン、とよく通る声は受話器から狂児の耳へ、それから部屋の全員へとまんべんなく行き渡った。部屋は一瞬にして静まり返る。
    「……えっ?!聡実くん?!うせやん、ほんまに?バレンタインのやんな?!」
    「当たり前やろ!狂児が欲しい言うたんやんか!」
    「ほんで聡実くんチョコ作ってくれたん?俺のために?ちょ、今すぐ行くわ!行きます!伺います!!待っててな!」
    狂児の慌てて捲し立てる声に、逆に勢いを削がれた聡実の声が急にトーンダウンする。
    「…え…、いや、べつに今すぐ来いとは言うてへんけど…」
    「今すぐ新幹線乗るから!三時間くらいで着くわ!あ〜!なんでどこでもドアないねんやろ!!令和やぞ!!」
    狂児の、後半独り言に近いドスの効いた声の圧に気圧され、聡実は「令和関係あれへん思うけど…。ほな、気ぃつけて来てください」とまた小声に戻った。
    「聡実くん心配してくれるん?ありがとお〜愛してるわ!なんやお土産買うてく?!」
    「狂児さん来てくれるんなら、そんなんいらんけど……」
    「ええ〜!!聡実くん好き〜!愛してる〜!」
    狂児の溶けそうな甘ったるい声に、卓を囲む男達は「うわ……こいつキショ…」という視線で狂児を見るが、当の本人は聡実との会話に夢中で気づかない。狂児は通話を終えると上着を掴み、椅子がひっくり返りそうな勢いで立ち上がった。
    「おーい狂児、お前の番やぞ」
    「聡実くんのとこ行く言うとったやろ!耳ついとんのか。パスに決まっとるわ!」
    「抜けの罰金100万払えや」
    「うっさい!」
    「途中でこけろ」
    「誰がこけるか!」
    「地獄に落ちろ」
    「お前が落ちろや!」
    野次の応酬を繰り返しながら、狂児は部屋のドアを開けると、ドタドタッと音を立てて出ていった。残された面々は、狂児の背中を見送ると一列に並べた麻雀牌をひっくり返しながらのんびりと話し始めた。
    「さすが聡実くん相変わらず通るええ声しとんなあ」
    「狂児よう飼いならされとるな。聡実くんやっぱ大したもんやわ」
    「あれは狂児尻に敷かれるタイプやな」
    「せやな」
    ひとりがそこまで言うと、ドアがまた勢いよく開かれ狂児が顔を出した。
    「聡実くんの尻なら敷かれたいに決まってるやろが!」
    「まだおったんか。地獄耳やな。ええからはよ行けや」
    「尻に敷かれるってそういう意味ちゃうわ。アホか」
    「ほんまアホやな。ええのん顔だけか。はよ行かんと聡実先生に嫌われるで」
    「うっさい!お前らになん絶対二度と聡実くん会わせたらへんからな!!!」
    そう言い残すと、狂児はイーッという顔をしてから再び出ていった。やっと静かになった部屋の中、牌をひとつ倒しながら言った。
    「小学生かあいつ」


    「……ほんまに来た」
    「来るよお!」
    19時を少し回った頃。聡実の家の玄関の前には息を切らせた狂児が立っていた。蒲田の駅から聡実の家まで走ってきたという狂児を呆れた様な、困ったような顔をしながら聡実は出迎えた。
    「僕が来い言うたら狂児さんてどこでも来はるんですか」
    「当たり前やろ!聡実くんに呼ばれたら地球の裏かて速攻行くわ」
    「狂児ほんまにやりそうで怖いな」
    狂児は革靴を脱ぐと、すぐに洗面所に入っていった。
    「聡実くん!手ちゃんと洗ってくるから!ちょお待ってて!!」
    「狂児さんこそ部屋で待っててください。そっちに持ってくんで」
    狂児は洗面所で手をいつもより念入りに、丁寧に洗い終わると、ハンカチで拭きながら聡実の勉強机の前に正座し、膝の上に手を置いた。
    聡実が冷蔵庫から取り出した小さな箱を手に持って部屋に入ると、狂児のかしこまった様子を見て「え……なに、こわ、何かの儀式でも始まるん…?」と呟いた。聡実はおそるおそる勉強机の上にチョコレートの入った箱をおくと、狂児はすかさずスマートフォンのシャッターを切った。
    「ちょ、僕の指も写っとるけどええの」
    「むしろ入れたわ。組で自慢すんねん」
    「なんの自慢にもならん思うけど」
    狂児はひとしきりシャッターを切った後、やっと箱の蓋に手をかけた。
    「聡実くん開けてええ?」
    「期待せんでくださいね。ほんまに」
    狂児が蓋を開けると、丸く固められたチョコレートが三つ、きちんと横に並んでいる。チョコレートの表面はすこし歪で、所々につんとした角ができている。それを見て、狂児は黙ったまま、指先でぎゅ、と自分の眉間を摘んだ。
    「え、狂児さん?」
    「……聡実くん、これほんまに聡実くんの手作りなん?」
    「一応。でも溶かして固めただけです。そんな、手作りとか大したもんやないで、」
    「ほんま嬉しい……」
    聡実が最後まで言い切らないうちに、噛み締める様に狂児は言った。狂児のあまりにも感極まる様子に、いつものペースを乱された聡実は慌ててしまう。
    「あ、味はわからないですよ」
    聡実がそう付け加えると狂児はぱあっと笑った。
    「聡実くんが作ってくれたならうまいに決まってるやんか〜!」
    「狂児さん僕のこと甘やかしすぎなんですよ」
    「なにが?」
    「チキンラーメンにお湯入れただけで褒めるし。赤ちゃんやないねんから」
    「聡実くんが作ったチキンラーメンは他と一味違うねやんか。利き聡実くん勝負なら俺この世の誰にも負ける気せえへんわ」
    「利き僕ってなに?へんな競技作らんで」
    狂児はチョコレートもひとしきり写真をとったあと、もう一度手をハンカチで拭うと、聡実の顔を見た。
    「聡実くん食べてええ?」
    「どうぞ」
    狂児は一粒摘もうとしてから、手を止める。
    「やっぱ聡実くんに食べさせてほしいわ。聡実くん食べさせてよ」
    「甘えたおじさんやん。ええけど、指食べんといてな」
    「はーい」
    聡実は箱の中からチョコレートの粒を親指と人差し指でつまむと、狂児の口元に持っていった。雛鳥の様にあ、と口を開けた狂児は聡実の手首を掴むと、指先の第一関節あたりまで口に含んだ。
    「あっ!ほら!指食べるやん!絶対やる思うた!」
    聡実は狂児の口から指を引き抜こうとするが、がっちりと手首を掴まれていて動かせない。狂児の舌が聡実の指先や指の腹をまんべんなく舐めた。こうなると何もできない。聡実はされるがまま大人しく指をねぶられていた。しばらく狂児はチョコレートと聡実の指先を堪能したあと、ちゅぱ、と音を立てて口から指を離した。
    「めっっちゃうまいわ!聡実くんチョコ作りの才能あるんちゃう?」
    聡実は濡れた指先をひらひらと乾かしながら呆れた様に言う。
    「ほんま大袈裟やねんて。固めただけやし」
    「そんなことあれへんよお。聡実くんも一緒に食べよ」
    「僕味見したし、狂児さんにあげたんやから全部食べてええですよ」
    「ほんまにええの?全部食べるの勿体無いわあ。組の神棚に飾っとこかな」
    「それ他の人に食べられるんちゃう?」
    「内部抗争始まるな」
    「絶対やめてや」
    狂児は片手で聡実の頭を抱くと、こめかみにちゅ、と唇を落とした。
    「聡実くんほんまにありがと。めーっちゃ嬉しいわ」
    聡実は少しくすぐったそうにしてから、そのまま狂児の肩にもたれた。
    「お返し何がええかなー。指輪か車か土地かなあ」
    「普通にお菓子とかでええですから。土地てなんやねん。……お返しより、狂児さんが時々うちに来てくれはったらそれでええです」
    「毎週来るわ」
    「来すぎや」
    「ほな毎日来るわ」
    「さっきより頻度増えてるやん」
    「そんなん言うても俺もなんかお返ししたいやん」
    「ほな狂児さん、ご飯連れてってください。僕お腹すいた」
    「ええよ。聡実くんなに食べたい」
    「何にしよかな。あ、狂児さん今日泊まってくんやろ」
    「泊まる〜!」
    「うるさい」
    狂児はチョコレートの蓋を締め、大事そうに両手で持つと、冷蔵庫にしまった。


    おしまい!
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