ためらいがちなノック。
「入れ」
わざとディスプレイに眼差しを落としたまま相手を迎える。
足音を残して、動きが止まる。
ちらりと目をやり、業務中のこちらへ配慮したのか、今日の任を終えた私服姿でも律儀に敬礼をしてくる元バディに神経をくすぐられるような思いをしながら、ナハトは表情を崩さぬまま告げた。
「ああ、来たか。急ぎの稟議があるから、少しそこで待っていなさい」
実働部隊からの報告を受けるため広く取られた執務卓前のスペースとは別に、傍には事務方の役職者などと話し込むための応接セットがある。
はい、と簡潔に返事をして、ゆったりと設られた二人がけのソファに腰掛けた姿は、眼差しを落としながらもどこかソワソワと落ち着かない様子だ。
できる限り、期待と不安は煽ったほうがいい。実際のところは特に急ぎでもない連絡にいくつか目を通して返信をし、頃合いを見たところでナハトは立ち上がった。
びく、と、視界に収めた相手の肩が震える。
「待たせたな」
いいえ、とちいさく答える相手、歩を進めその横に立つが、顔はうつむけられている。
名を呼んでもよかったが、無言で手を伸ばして、今は結いを解き背に流されている長い髪のひと房を掬い上げた。
そこでようやく、おずおずとこちらを見上げてくる顔は、わかりやすく抑えきれない身の欲を滲ませている。その蜜色の瞳にうつる、管理官の制服を着た己の姿。
「それで、私はどうすればいい?」
口に出して訊ねると、理人は動揺したように瞳を揺らがせる。
バディを組んでいた頃、混迷した戦闘後の昂りのまま、隊服を脱いだ体を重ねた。同じ立場で、命を晒す同じ興奮を共にし、身を焦がす熱を互いに鎮めるという言い訳がたった。
しかし、今は立場が違うのだと。それを意識づけるために、とりわけ落ち着いた声音をつくってみせる。
「一線には立てなくなったが、上官としてお前を助けたい。して欲しいことがあれば、言いなさい」
言い聞かせるように、思慮深い上司を演じてみせると、理人はかああ、と顔を紅潮させるままうつむいてしまった。
不埒なことをその口で懇願させたいが、まだ新しい関係ができあがっていないこの段階であまりいじめては、慎み深い理人は身を引いてしまうだろう。
はは、と笑って、ラフなシャツとボトムを身につけた相手の隣に腰掛ける。
言えないか? と笑みを含んだ声で問うと、からかわれたことに気づいたのか、理人は弾かれたように顔を上げてこちらを見る。疑いのない信頼と、困惑と、欲情が混ざり合った、きれいな容貌。
その眼差しを直近でじっと見つめ返すと、こくり、と喉が鳴って、また顔が背けられる一方で、肩にもたれかかるようにして体重を預けられる。
それを受け止めるまま、行儀良く膝に揃えられた理人の手に、己の手を重ねた。
流れる髪を分け、耳元に唇を寄せる。特殊部隊のシャワールーム備え付けの、嗅ぎ慣れたボディソープの香り。
「これからすることは、ケアの一環だ。けして恥ずべきことではない。いいね?」
こくん、と無言で頷く理人に、ナハトは目を細めると、相手の頬に走る傷に唇をつけた。