夜に駆ける 「さよなら」だけだった。その一言で全てが分かった。
真夜中、駆けつけたビルの屋上で彼はフェンスの外側で虚な目をして立っていた。この光景を見るのはもう何度目だろうか。
一彩は死の欲望「タナトス」に支配された人間だった。
「タナトス」は死に魅入られ彼らにしか見えない「死神」の元へ行こうとする。どうやら「死神」は見える者にとって魅力的な姿をしているらしい。「死神」の事を話す一彩の顔は言わば恋する乙女の様で、好きな人を見るような目も恋慕が篭った声も燐音は嫌いだった。俺の方が一彩の傍に居るのに。俺の方が一彩の事を想っているのに。でも、繋ぎ止める術を知らないからこうやって連絡が来る度に一彩を引き止めるしか出来なかった。それに、本当は引き止めて欲しいと思ってるのだと都合良く解釈していたのだ。
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