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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    続長編曦澄1
    あなたの名を呼びたい

    #曦澄

     山門の手前に白い校服を見つけて、江澄は眉をひそめた。それまでよりも大股でずんずんと進み、笑顔で拱手する藍曦臣の前に立つ。
    「何故、ここにあなたがいる!」
    「あなたに会えるのが楽しみで」
    「俺はあなたの見舞いに来たんだ。その本人が出迎えちゃだめだろう!」
     猾猿の封じ込めに成功して十日、江澄ははるばる蓮花塢から雲深不知処に出向いていた。
     幸い雲夢は遠く、猾猿の災禍は及んでいない。一方、姑蘇の地は大荒れで、例年並みに戻った気候が、さらに作物の育成に悪影響を与えている。
     江澄は江宗主として、藍宗主に見舞いを出した。小麦や稗も大量に送ってある。
     その礼状とともに、藍曦臣から江澄宛の文が届いた。怪我の様子をうかがい、健康を祈る文面には一言も会いたいとは書いていなかった。同様に、藍曦臣自身の怪我についても触れていない。
     江澄は即座に返事をしたためた。
     三日後に見舞いに行く、と。
    「もう痛みはありません。ご心配をおかけしました」
     寒室に通されると、藍曦臣はてきぱきと茶を用意した。「いらないから大人しくしていろ」という江澄の苛立ちには、笑顔で「まあまあ」と返されただけだ。
    「それよりも、あなたの腕はどうなんです」
    「俺はもう平気だ。剣も振れる」
    「それは良かった」
     茶は温かい。
     姑蘇は昨日も今日も晴れだ。とはいえ、雲夢に比べれば十分に空気が冷えている。蒸し立ての茶は江澄の体をゆっくりとあたためていく。
     不意に、向かいに座る藍曦臣が目を細めた。
    「どうかしたか」
    「あなたとお茶をいただけることが嬉しくて」
     江澄は視線を茶碗に戻した。このくらいのことならいつでも応じてやる、と言いたいところだがそうもいかない。江澄は江家宗主として、藍曦臣もまた宗主として、やるべきことは多くある。
     今日の訪問も、無理やりねじ込んだ自覚がある。師弟たちは快く送り出してくれたが、そう頻繁にできることではない。
    「蓮花塢ももう秋ですか」
    「さすがにな。桂花が見頃だ」
    「冬になる前に、お伺いしたいものです」
     そう言った後、何故か藍曦臣の視線がさまよう。どうしたのかと見つめていると、しばらくしてから彼は「あの」と切り出した。
    「お願いがあるんです」
    「なんだ?」
    「……江澄、とお呼びしてもよろしいでしょうか」
     何を言い出すのかと思ったら。
     なんだそんなことか。
     別に構わない。
     構わない、はずなのに江澄は耳まで赤くなった。おまけに言葉が出てこない。
     どうしよう、どうしたらいい。どうしたらもなにも「問題ない」と答えればいいだけのことだ。
    (くそっ)
     頬の熱が引かない。
     名で呼びたい、なんて大したことのないことを、さも特別であるかのように尋ねてくるほうが悪い。
     藍曦臣が沈黙に耐えかねたように、おずおずと尋ねた。
    「やはり、いけませんか?」
    「いや! いけないわけではなく」
    「では、お呼びしてよろしいのですね。ああ、よかった!」
    (良いとも言ってないのだが)
     藍曦臣は手を合わせて喜んだ。一方、江澄は困惑の表情を浮かべたまま、ただし胸中では大変に慌てていた。
     仲のいい友であれば、なにも取り乱す必要はない。大丈夫、藍曦臣は友である。
    「実は、ずっと魏公子がうらやましかったのです」
    「魏無羨が?」
    「ええ、私もあなたを江澄と呼びたくて」
     だからそれを特段の扱いかのように言わないでほしい。
     江澄は茶碗をじっと見つめた。
    「あいつは、だって、幼い頃から一緒にいた兄弟なようなもので」
    「知っていますよ。それでも、うらやましいと思うものなのです。私も、最近知ったことですが」
     最近、という言葉に含みを感じて、江澄はいよいよ顔を上げられなくなる。
     これはどういう状況だろう。
     返事をせかされているのだろうか。
     思い出すだけで、この場から走って逃げ出したくなるが、あの日、「愛しています」と言われたことに、江澄は何も言葉を返していなかった。別れるまで二日はあったが、その間、そのことには触れられず、後から来た文でもなにかを求められることはなかった。
     それをいいことに、今までと何も変わらないと振る舞うつもりでいたのだが。
    「江澄」
    「なんだ」
    「ふふ、ありがとうございます」
    「礼を言われるようなことはしてない」
     いつまでも茶碗を見ているわけにはいかずに、江澄は茶を口にした。そろりと視線を上げて、すぐに後悔した。
     藍曦臣はものすごく嬉しそうに微笑んでいた。
     まるで花でもながめているかのように。
     うっとりと。
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     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
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    1437

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