[ミマモ]もし過去じゃなく未来が見えたら 念写という能力がある。
ピクチャンは、自分のことを魔女でもマモノでもないただの人間だと思っていたが、そんな自分がいつからこの能力を持ったのかはあまりはっきり思い出せない。
もしかしたら魔女にでもなってしまったのではと半ば冗談で思ったりしたのだが、きっとそんなことはなく、ただ超能力でも目覚めたのだろうと思った。
実際これは便利ではある。
これを使えば特定の人が見てきたものを、カメラが撮影したかのように見ることができるのだから
欠点としてはかなりの体力を消費することだ。
それはまるで一枚か二枚の絵を描いたくらいの体力を時に使うと言ってもいいくらいだ。別に自分に限ったことではなくどんな仕事でも言えるだろうが、絵を描くことは生業とするピクチャンにとって、そう言った体力の消費は致命的なものだった。
こんな能力を持っていたらいろんなことに対して気になるようなものだ。
もしかしたら、この城の前にいる、最近やってきたブッカー以外の騎士の心を読み取れば、そこであった事件……酔っ払い同士の争いから「リビングデッドパレード」まで、何かを見ることはできるかもしれない。いずれにしてもピクチャンにとっては題材として美味しいものだ。
しかし、絵を仕上げられなくなるくらいに疲れるなら惜しい気もするがそれでよかったのかもしれない。
人の心を勝手に読み取ること自体は別に罪悪感もそこまで感じないが、これに慣れてしまうと絵になる様々な情報を手軽に手に入れられてしまい、きっと欲が欲を呼ぶことになるだろう。
とはいえピクチャンはこの念写を生かさないことにはしなかった。
画家という職業は収入が不安定だ。
きっと自分は、多くの画家よりこれまで稼いだ額はあるだろうが、絵が売れず無収入になってしまった月も度々ある。
そこでこの念写能力だ。
疲れるのはしょうがないが、それも引き換えに報酬を得て、念写の依頼を受けるのだ
そうすることで、副収入を得ることができる。
だだ、やはり絵を描かないほどの疲労はピクチャンにとっては嫌なもので、報酬は高額に設定している。
そのせいか、なかなか年者の依頼をして来る者はいなかった。
それはそれで、金に困ってないうちは絵を描いていればいいのでそれでよかったが、すっかりこの町で人気者になっているかわいい三人のゾンビドールの子供たちが常連になってくれた。
丁度目の前にいる、翼を生やしたゾンビドールの子供が、大金を持ってまとめて依頼してきた時はどうしようかと思ったが。
「おや、きみ。どうしたんだ、そんなにソワソワしちゃって」
「え? ええと……」
ピクチャンは、目の前にいたルチアというゾンビドールの子供に、気さくに声をかけた。
彼の生前はヒポグリフというマモノであるようで、彼らは千里眼という未来を見通す力を持つ。
どうやらこの力を得たことで、最近この町を再び襲った「絶望の病」から救ったようだ。
だが、ピクチャンは思う。
もし人の未来を見たらどうするのだろうか。
もし目の前にいる人が、数分後に事故で死ぬと知ったら?
自分は彼を止めるだろうか。
それともその死に様を観察するだろうか。
「……ええと、ピクチャン……」
「なんなのさ、そんなけげんな顔でぼくのことをチラチラみてさ」
「え、ええと……」
さっきからルチアの動きは不審だった。
ピクチャンの顔を見るとどこか気まずそうにしてるのだ。
「まさか、ぼくに嫌な未来が待ってるとでも言うのかい」
「ドキッ」
図星だったようで、ルチアはピクチャンの問いかけに対して固まった。
「まあべつにいいよ。もしイヤな未来でも見えたのなら言ってくれ」
ピクチャンはそう言うと、ルチアは気まずそうに言った。
「え、ええと、そのなんだ。水には気をつけてくれ」
「水?」
一体なんのことやら、とピクチャンは頭を抱えた。
「まだ先のことだから知らんが、お前がずぶ濡れになるところを見たんだ」
水。
確かに今晩、城下町に雨が降るかもしれない、なんて予報を「ポラちゃん」で見た気もするが、夜に出歩くこともないしそこからずぶ濡れに繋がる要素もない。
それとも、何かにつまずいてこの町の中心にある水場に落ちてしまったりするのだろうか。
「……ふーん、そうかい、気をつけておくよ……ところでさ、どのくらいヤバいやつなの? ぼく、おぼれちゃう? 死んじゃう?」
ピクチャンはルチアに聞いてみると彼は答えた。
「そ、そんな最悪なことにはならないと思う」
「そうかい?」
「た、多分」
†
その日の夜のことだった。
「にゃー!!」なんて、情けない声をあげると共にピクチャンは目を覚まさせられた。
ピクチャンはベッドの上で寝ていたのだが、突然彼の頭や身体に冷たいものが落ちてきたのだった。
外を見れば、「ポラちゃん」の予報通り城下町は雨が降っていた。
ここは乾燥した砂漠地帯だが、雨が降ること自体は別に異常なことでもなく、年に何度かある。
「うぅ……ずぶ濡れってそう言うことだったのかい……」
そんなにずっと雨漏りの下にいたつもりはないが、ピクチャンの身体はすっかりずぶ濡れだった。
天井を見れば、だいぶ酷い雨漏りをしているようだった。
この建物も古い上にあまり雨のことを考えてなさそうだから仕方ないかもされない。
ただ、描きかけの絵や、特に保護されていない絵などに水掛からなかっただけすごくいだっただろう。
「……僕かおぼれたわけじゃない。それに、大事な絵が濡れたわけじゃない。まあ、おねんねするところはどうにかしなきゃいけないけどねぇ」
ピクチャンはため息をつきながら、ずぶ濡れになったパジャマやベッドを見る。
風邪を引くといけないから、とピクチャンはさっさとパジャマを脱ぎ、身体を拭いてから着替えようとした。
それにしても。
ルチアがああも曖昧な言い方をしたのは、未来のことだからなのかもしれない。
「もしかしたら、あの子供は占い師に向いてるかもしれないにゃあ……なんちって」
あの時の様子からして、おそらく彼だって本音として見たいから見たかったわけじゃないのだろう。
しかし、やはり彼はこうして未来を見通せる力を持つのだ。
ピクチャンは、彼の能力を目にした時から考えていたことを、またふと考える。
オクタルと一緒に絵を描いてきたあの男が逝く未来が見えたのなら、彼はあの絵を描かなかったのだろうか。
もしくはオクタルはあの絵をあの男に見せるやうなことはしなかったのだろうか、と。