アベンチュリン・タクティックス 前編 僕の彼女になって? 星はゴミ箱があればいじらずにはいられない。それが彼女の性分。その行為はいつだって誰かに見られないようにしてきた。自分の家に迷惑をかけないために。
「………………」
「………………」
そんな奇行を目撃してしまい目を丸くさせている金髪の男。眩しいブロンドの髪をなびかせる彼は星と同じ学校の制服を見に纏っている。若紫色と水色の妖艶な瞳がゴミ漁り中の星を捕えていた。
(なぜここに人が………)
このゴミ箱にはそうそう人が寄るようなところではない。人が来るとすれば、それはゴミを捨てる時だけ。夕方にやってくる人は今までいなかった。だからこそ、星は焦っていた。
(星ではないと主張するか………いや彼に言ったところで意味はない。ならば今すぐ逃げ出すか………)
星が頭をフル回転させ、この状況から逃れようと図っていると、男はゆったりとした足取りで近づいてきた。
「君、何をしてるの………?」
「………………ゴミ回収?」
「ゴミあさりの間違いではなく?」
ああ、この男だけには知られたくなかった、と星は後悔する。
彼は星の通う学園の生徒会長―――アベンチュリン。多国籍企業スターピースカンパニーの跡取り息子。星とは全くの別世界に属する彼は華やかなブロンドの髪をなびかせ、端正な顔で微笑んでいる。胡散臭い笑顔だ。
彼とは同じクラスだが、今まで関わりはなく、ちょっとぶつかった時とかにやり取りをしたぐらい。
思考が読めないアベンチュリンはいつでもどこでも薄っぺらい笑顔。他の者からは随分と慕われているようだが、その不気味さに、星は彼と距離を置いてきた。
(なのに、こんな所で出会うなんて………)
逃げ出したい気持ちでいっぱいな星。しかし、このまま逃げ出せば、彼が他の人間に自分の趣味を話すかもしれない。それだけはあってはならない。
「ねぇ、会長さん。見なかったことにしてくれない? 私もあんたを見なかったことにするから」
「それ、交渉になってる? 僕、ここで見られてもデメリットないよね?」
(私がゴミ漁りをしていたと噂が広まれば、組の印象が悪くなる。それだけは避けたい………ならばいっそのこと、この男をバットで殴って記憶を失くしてしまおうか)
星は背負っていたバッドに手をかける。しかし、アベンチュリンは待ったをかけた。
「暴力的な解決はやめておこう。僕が傷を負って家に帰れば、会社が何をするか分かっているだろう?」
「………………」
「だから、ここは僕と君で取引をしないかい?」
(こいつと関わりたくはなかったけど………取引で黙ってくれるのなら、聞いてみようか)
「内容は?」
そう問うと、アベンチュリンはくいっと口端を上げる。
「僕の彼女になって?」
「――――は?」
とんでもない提案に星は思わず素っ頓狂な声を零す。信じられずに瞼をパチパチとしばたたかせる。そんな彼女を見て、アベンチュリンはさらに愉悦の笑みを浮かべた。
「あんたの彼女になんて………他に案はないの? 他のだったら、何でもするから」
「うーん、思いつかないな。でも、もしこの取引を受けてくれなかったら、僕は君のゴミ漁りのことを友人にこぼしてしまうかも」
「………………」
「ああ、彼女になってくれたら、ゴミ箱あさりのことは黙っておくよ。誰にも口外しない」
「………………」
アベンチュリンは優しく言っているつもりなのだろうが、星にとってはそれは脅しも同然。拒否権がないようなものだった。
(でも、付き合うぐらいで黙ってくれるのなら、まぁいっか………)
「分かった。今日からあんたは彼氏ね」
この男は星と付き合いたいなど、一ミリも思っていないだろう。自分をもてあそんで、飽きたらぽいっと捨ててしまう。だが、飽きてしまえば、この男と関わらずに済むということ。ならば、飽きるまで待とうじゃないか。
星は自分の趣味を黙らされる代わりに、渋々アベンチュリンの取引を受けた。だが、彼女は知らなかった。
「よろしくね、マイハニー」
――――その取引が彼の策略の始まりだったとは。
★★★★★★★★
アベンチュリン――――生徒会長であると同時に、大企業の跡取り息子。一方星はヤクザ――星穹組の娘。2人はいつだって別世界にいる人間だった。
「おはよう、星」
「………………」
「おはよう、星? 聞こえてる?」
「………………」
「ああ、そういえば、昨日のゴミあ――」
「おはよう、会長さん」
本来ならば関わることない星とアベンチュリン。その2人が仲良く挨拶していれば、周りの人間はどう思うだろうか?
「会長とあの子が話してるところなんて初めて見たよ」
「………なんであの2人が?」
「わかんない」
「会長が星ちゃんに脅されて……舎弟になったとか?」
「舎弟? そんな風には見えないけど……」
「どちらかというと、あれは………」
当然クラスメイト達は彼らのそれぞれの事情を知っている。だからこそ、2人が絡んでいるのは衝撃の事件。今日一番、否今世紀一大イベント。騒がずにはいられなかった。
「星、今日の昼食は何にするんだい?」
「…………食べない」
しかし、当人たちは微塵も気にしていない。星は普段から他の学生のことなんて気にも留めていないし、アベンチュリンは星のこと以外見えないかのような瞳を浮かべていた。
「食べない? お腹空かないかい?」
「空かない……私に構わないで」
「それは無理なお願いだなぁ」
アベンチュリンは星の前に座ると、彼女の髪を自分の指にからめとりクルクルと回す。
(コイツは一体何がしたいというの?)
昨日まで言葉一つ交わすことがなかった。だというのに、恋人関係(嘘)になってからというものの、彼は隙あらば構ってくる。休み時間は毎回星の所にやってきていた。
(ああ、そっか。コイツ、私で遊びたいんだっけ………)
今まで話すことはなかったが、彼の噂を聞く機会はいくらでもあった。女癖が悪いとか、ことあるごとに女と遊んでいるとか………女性関係では綺麗な噂はない。それでも会長かとツッコミたくなる。
そんな女の噂が絶えないアベンチュリンの奇妙な瞳は、頬杖をかく星を捕えて離さない。
(私に恋愛経験がないと思って、面白がっておちょくっているのかな……)
ならばと星は強気で見つめ返す。しかし、アベンチュリンは嬉しそうに微笑むだけ。さっき以上に幸せそうに笑っていた。これは完全に遊ばれている。
「星、本当にお腹空いていないの? 食堂に行かないかい?」
「空いてない。行くのなら1人で行って」
「そっか………そういえば、昨日のゴミば――」
「よし、お腹が空いた。食堂に行こう、会長さん」
全く持ってどこでこぼすのか分からない。付き合えば言わない約束だったのに、言うことを聞かないのならバラすにすり替えられている。全く狡猾な男だ。これが生徒会長とは信じられない。学園の人間はどうかしているのではないだろうか。
星は警戒心を高めつつ、アベンチュリンに案内された場所へと向かった。
★★★★★★★★
「なに、コレ………」
「なにって食堂だよ?」
そこはみんなが使う賑やかな食堂ではなかった。赤ワイン色の壁に、レッドカーペット。金装飾が入った高級感あふれる家具。随分と重厚感のある食堂だった。ここは本当に学園だろうか?
普段から昼食を抜いてしまう癖がついている星は、食堂を利用することはほぼない。食べるとしても組長手作りのお弁当だ。そのため、食堂の場所が分からず、アベンチュリンに任せていた。
(なのに、こんな場所へ連れてこられるなんて………この部屋は何? この学園はどうなっているの?)
星が驚きのあまり黙っていると、アベンチュリンは楽し気に説明した。
「ああ、星は初めて入るんだったね。ここは僕専用の食堂だよ」
「………………」
さすが大企業の跡取り息子。食堂すらも一般庶民とは異なる。
アベンチュリンは星を座らせると、あたかも当たり前かのように彼女の隣に座った。もっと座る場所があるというのに、なぜわざわざここに座るのだろうか。
「ここならゆっくり2人で食べられるよ」
彼の笑みはやはり嘘っぽい。しかし、出された料理は今までに見たことがないほど輝いていて、学生のランチとは思えないほど豪華なものだった。
「全部食べてくれたね。そんなに美味しかったかい?」
「………………」
食欲に負け、星が全部平らげてしまうと、嬉しそうに口端を上げるアベンチュリン。しかし、星には彼の笑みがどうしても偽物とは思わずにいられなれなかった。
そうして、アベンチュリン専用の食堂から出ると、先ほどとはみんなの様子が違うことに気づいた。ただアベンチュリンと廊下を歩いているだけだというのに、すれ違う全員がこちらを見ている。
「ねぇ、なんでみんなこっち見てるの?」
「…………さぁ、なんでだろうね?」
絶対に理由を知っている顔。分かっていて自分に教えてくれないとは、もてあそばれてしまっている。だが、星から脅すことなどできない。教えてくれと言えば、きっと他の要求が来てしまう。
教室に戻る途中の廊下で見えた中庭のゴミ箱。見つけた瞬間、星の中で漁りたいという欲求が爆発しそうになるが。
(今日のゴミ漁りはお預けかな………)
ぐっと堪え、隣を歩く彼が自分に飽きてくれるまで待とうと決めたのだった。
★★★★★★★★
一方、星とアベンチュリンが去った後の廊下では――。
「会長があの部屋に女の子を入れたことないよね?」
「ああ、男はおろか付き合っていた女も入れたことないぞ?」
星を案内したアベンチュリン専用の食堂。あそこには彼以外入ったことがなかった。一度もアベンチュリン以外の人間が入っていく姿を見たことがなかった。
――――今日までは。
「だけど、星ちゃんは入れた………」
「そういえば、会長随分と星ちゃんを熱く見ていたな」
「確かに………」
「………………」
「………………」
「なぁ、もしかして会長って………」
その瞬間、全員が気づいてしまった。