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    nishikokko

    現在は對馬の仁ゆな小説書いてます。

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    nishikokko

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    既刊「キミヲマツ前編」の続き、後編の一部です。
    今回の「一陣之風0619」にweb展示として出しました。展示内容は全年齢ですが、頒布はR18ですのでご注意ください。
    ※支部にあげているものと同じ内容です。

    思うこと(仮)【八月頒布予定・キミヲマツ後編見本】 JR京葉線、舞浜駅。日本一有名なテーマパークの最寄り駅。一人その方向
    へ歩く俺は、時折チラチラと好奇の視線を注がれる。
     金曜日の夜。アフターチケットで夜を楽しむ人達も多い。近所住まいだと、
    年間パスポートを使って園内で夕食を取る人も居るという。そんな中での一人
    は、とても目立つ。無理もない。まして、こんな大荷物を引きずっている訳だ
    し。
     それでも、バス乗り場の方へと忙しなく足を動かす。改札を抜けた頃には、
    十九時にそろそろだったと思う。時間が無い。俺はスマホと看板を頼りに、目
    当てのものを探す。
    「あ、居た」
     高速バスの表示は、川崎。今日はこれで蒲田へ行く。京葉線から京浜東北線
    へ、東京駅での乗換を回避するためだ。駅内なのに十数分歩くのは、この荷物
    では拷問でしか無いし。
     人も思ったよりは乗っていない。運転手に荷物をトランクに乗せてもらい、
    程無く支払いを済ませて座った。途中下車しやすい、運転席のやや後ろ。座る
    と、自然に息が漏れた。
    『バス乗れた?』
    『乗れたよ』
    『気をつけて行ってきて』
     このバスの存在を教えてくれた、彼女からのLINE。一見素っ気ないけれ
    ど、今日は語尾に『ぴえん』の顔文字がたくさんある。
     そう思うのも仕方ない。
     今後の事も考えて、二年の出向に応募し、運良くその資格を得られた。その
    代償は、独身恋人持ちなら遠距離恋愛。同い年だが社歴が二年長い彼女なら、
    そんな事はよく分かっている筈だ。
     が、すんなりと割り切れるもんじゃない。ここのところやたらと甘えてきた
    のが、いい証拠だろう。普段はクールな性格にハンサムショートの良く似合う
    彼女だけど……可愛かった、うん。
    『皆と合流した?』
    『した。お姉さんにお土産渡すの、忘れないで』
    『分かってるよ。楽しんできて』
     アナウンスと共にバスは動き出し、やがて湾岸線を駆け抜ける。誰も居ない
    後ろへリクライニングを遠慮なく倒し、体を預けた。じわりと何かが湧き上が
    るような感覚が体を支配し、体重はシートへと埋まっていく。首都高の表示
    が、目を掠めては遠ざかる。そのままぼんやりと、外を流れる風景を見てい
    た。
     しばらく、日本には帰らない。だけど、目に焼き付ける気は起きない。
     この数ヶ月、まともに休みがなかった。レポートの提出に、英語力のテス
    ト。数回の面談の為の勉強。決まってからは、諸々の手続きに荷物整理。英会
    話のレッスンも、週に数回受けていた。
     更に彼女と旅行も行ったし、先々の話もした。その回答は、外の照明のお陰
    で左手の辺りを輝かせる。さっき、幕張のショッピングモールで受け取ったば
    かりだ。定食数回分の貨幣価値しかないものが、彼女とお揃いと言うだけでレ
    アメタルになった。
     黙って左手を差し出した時の彼女の顔も、互いの息遣いも、俺の体温も。軽
    快な発車ベルも、何もかも。まだ生々しく、映像は脳内で繰り返される。
     バスは少しずつ減速し、首都高を降りた。そろそろ二十時近い。ほぼ予定通
    り。アナウンスの後、不快な揺れもほぼ無くバスは止まった。蒲田で降りるの
    は、どうやら俺だけらしい。運転手は機敏に動き、あっという間にトランクか
    らキャリーケースを取り出して待っていた。こんな日本的なサービス、しばら
    くは受けられないだろう。そんな感慨にひたる俺をよそに、バスはエンジンを
    吹かして去っていった。
    「たか!」
     ブラックカラーのジャケット、ノータックのパンツ、白地に青のストライプ
    のワイシャツ。湿気のせいか、ボタンが外された襟元。見た目からして高そう
    なビジネスバッグに革靴。外資系で営業と姉さんから聞いてはいたが、確かに
    それらしい格好だ。
    「境井さ……ん?」
    「あぁ。久しいな、たか」
     それを全て身に付けた人は、昔と何ら変わらない笑顔を見せてくれた。髭は
    整えられているけれど、違和感はあまり無い。俺も普段は髭が短い。むしろ、
    今は出向先で子供に見えないよう、伸ばしているくらいだ。
    「お久しぶりです」
    「本当だな。何時ぶりであろうか」
    「俺が死んで以来ですよ」
     自然と口から零れた。この世で会うのは、初めてなのに。
     俺の言葉に頷くと、境井さんはタクシーへと俺を促した。
    「助かりました。ありがとうございます」
    「俺も会いたかったからな。うちへ泊まれば、丁度良いであろう。明日は朝か
    ら寿司だと、お主の姉が喜んでいたしな」
     その笑みは、前と何ら変わりない。物心ついた頃からずっと頭に浮かぶ、
    『冥人様』そのものだ。姉さんからは、結構色々と覚えているという事前情報
    もある。

     が、聞きたいことはそんなことじゃない。
     今のこと……姉さんのこと、どう思っているのか。

    「どうした、たか」
    「あ、え」
    「着いたぞ」
     慌ててタクシーを降りる。すぐに境井さんも続き、トランクから下ろされた
    荷物を受け取ってくれた。傍のマンションに入ると手慣れた感じでオートロッ
    クを開け、近くのエレベーターに招かれる。押されたボタンは、九階。それ以
    上の数字は、無い。
     エレベーターはゆっくりと上がり、やがて止まる。ドアが開くと、都会らし
    い夜景が目に飛び込んできた。
    「うわぁ」
     所謂、タワマンではない。それでも目の前に広がる風景は、何だか高揚して
    しまう。花火大会とかあったら、よく見えるのではないだろうか。
    「たか」
     気が逸れているうちに開いたのか、玄関から聞き慣れた声がした。
    「姉さん」
    「久し振りだねぇ、元気だったかい?」
    「まぁ、ね……あ、これ、彼女から」
    「ありがとう」
     不自然なくらいに笑う姉さんに、彼女からの手土産を渡した。千葉の鉄道会
    社が細々と売っている、ぬれ煎餅だ。九州ではあまり見ないこともあり、姉さ
    んは珍しがって食べてくれる。今のところ、顔知らぬ二人を繋ぐのはコレと俺
    だけだ。
    「そう言えば……仁、頼んだやつ買ってきてくれた?」
    「あぁ、勿論だ」
     そう言って、境井さんはバッグのファスナーを開けた。よく見ると数万円は
    くだらないそれから出てきたレジ袋は、ビックリするくらいパンパンに何かが
    詰まっている。
    「あんた、こんなに買ったの?ちょっと買いすぎだよっ」
    「気になるものが多くて、つい……な。まぁ、良いでは無いか」
    「良くないっ!」
     気になって、こっそりレジ袋を覗き込んだ。
     味噌と醤油、カステラ数本、ちゃんぽんに皿うどん、五島うどんに対馬のお
    茶。壱岐のお酒は姉さん、枇杷ゼリーは境井さんのチョイスだろう、多分。
    「超過分払わないといけなくなるんだから、少し考えなよ」
    「俺達が食べる分もあるんだから、良いだろう?このゼリーなんか、ポップに
    『店員オススメ』と書いてあったぞ」
    「その枇杷ゼリー、高いんだよ。こぉんなにちっちゃいのに、一個三百円くら
    いするんだよっ!」

     ……あのぉ、俺はお邪魔でしょうか?

     犬も食わないことをしている二人の激論。放っておいたら延々と続きそう
    だ。こういう時は、空気を読まない方がいい。
    「荷物、どこに置けば良いですか?」
     困ったような笑顔になったと思う。二人は俺の方に顔を向けると、慌てて言
    葉を取り繕う。
    「あ、あぁ、済まぬ」
    「ご、ごめんね、たか。すぐ御飯にするから、支度したらおいで。仁、トイレ
    の場所とか教えといて」
    「わかった」
     軽いスリッパの音を響かせながら、姉さんは奥に向かっていった。一番大き
    いサイズのキャリーケースは玄関に置かせてもらい、俺は境井さんの後をつい
    ていった。
     客間は六畳くらいの洋室。シングルベッドと飾り気の無いテーブルだけが置
    かれた様子は、普段は使わないのだろうと窺える。クローゼットもあるが、人
    様の家を漁る趣味はない。
     部屋を出ると正面にドア。ここは使ってない部屋だという。そのまま左に曲
    がると、ドア三つに引き戸が二つ。左手前のドアはトイレ、右奥の引き戸が洗
    面所兼脱衣所。左奥の引き戸の向こうが、寝室だろうか。境井さんが、クロー
    ゼットらしきものを開け閉てする音が聞こえる。
     そっと、正面のドアを開けた。
     多少の生活感はあるが、モデルルームと言われたらすんなりと受け入れるだ
    ろう。彼女の実家より広いLDKは、高そうな家具が配置されていた。その一
    つであるダイニングテーブルには、それに相応しい豪華な料理が並ぶ。
     皿うどん。鱧の湯引きと鱧皮。刺身は鰺と生鯖。茶碗蒸し。煮穴子のちらし
    寿司。後は、俺の好きなポテトサラダ。
    「随分と豪華だね」
    「長崎のものなんて、しばらく食べられないだろうから、奮発したよ」
    「……ありがとう」
    「御礼はスポンサー様に言ってくれん?。さ、早く食べよう」
     姉さんが促した席につく。程なく、境井さんもTシャツ短パンとラフな格好
    でやって来て、俺と向かい合う席に座る。其の隣には姉さん。醤油瓶を回し、
    ビールを注いで乾杯し、程無く食事は始まる。
     その光景はとても自然だ。まるで、あの頃みたいな。
    「この生鯖、よく見つけてきたな」
    「普通に売ってないから、あんたが前に紹介してくれたお魚屋さんに相談して
    さ、取り寄せてもらったんだ。ついでに鱧と鯵もね」
    「随分と仲が良くなったな」
    「境井君のお嫁さんの頼みならって……もうあそこの商店街じゃ、あんたの嫁
    扱いだよ」
    「皆、気が早いな」
     憮然とする姉さんに、含み笑いを返す境井さん。二人にしか分からない話の
    飛び交う様は、心地よいテンポで進んでいく。
     俺が死んでから、何かあったんだろうか。それとも、今だからなのか。姉さ
    んから聞いていた以上に、距離感が近い気がする。

     ……俺、帰ってもいいですか?

     知らないうちに箸が止まっていたのか、姉さんがこちらに怪訝そうな顔を向
    けた。
    「たか、食べてる?」
    「食べてるよ」
    「ちょっとやつれてないかい?」
    「大袈裟だよ。色々と忙しかったのは事実だけど、さ」
     実は五キロ位、痩せた。彼女や将来の義両親が心配して、食事に連れて行っ
    てくれたけれど、これだ。けれど……それを正直に話してしまえば、境井さん
    のことをほったらかして、俺に構いつづけるのは目に見えている。
     
     いつまでもそれじゃぁ……困るんだ。
     
     俺は箸を置き、姉さんの方を向いた。
    「……先日、彼女にプロポーズしたんだ」
    「……」
    「まだ口約束だけど、向こうから帰ったら結婚しようって」
    「だから、その指輪?」
     姉さんの目が、俺の左側に向く。黙って頷いた。こういうところは、目敏
    い。女性だからなのか、一度付けたことがあるからなのかは、判らないけれ
    ど。
    「……おめでとう」
    「あ、ありがとう」
    「なんだぁ、今日はたかにとって、めでたいことばかりだねぇ。仁っ、ビール
    追加持ってきて!」
     声は軽快。けれど、その表情は裏腹だ。胸が、ちくりと痛む。
    「さっ、今日は楽しくやろうじゃないか。あぁ、めでたい、めでたいっ!」
     それにしても。

     ……家主を顎で使うって、どうなんだろうか。

     俺の思いとは違い、さも当たり前のように、ビールの追加を持ってきた境井
    さんと目が合う。俺はその顔に、苦笑いを浮かべるしか無かった。
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