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    weedspine

    気ままな落書き集積所。

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    weedspine

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    従バロワンドロライ3 お題「紫」煙越しではもどかしい。

    紫煙は遠く珍しく晴れた冬の日、バンジークス邸では普段閉じられている部屋の
    窓が大きく開け広げられ、中で男二人が掃除をしていた。
    亜双義とバロックである。
    客人(一応)と屋敷の主が掃除などありえない話だが、この部屋は
    普段簡単な掃除のみを申し付けており使用人たちはそれ以上手出しができない。

    「使用人に触れさせたくないのならば自分でやるべきだろう。
     ちょうど年の瀬も近い。日本では大掃除をする時期だ。
     手伝うから綺麗にして新しい年を迎えてはどうだ」

    亜双義の提案はもっともであった。掃除をさせないのは己の感傷ゆえ。
    部屋が澱んでいくままにしていたい訳ではない。とすれば自分でやるしかない。
    そこまでは納得したのだが。

    「この恰好はなんだ?」

    掃除をするならば、と渡されたのは手ぬぐいと割烹着。
    いつの間に日本から取り寄せたのか、作ったのかは不明だが、すでに亜双義は身にまとっている。

    「その綺麗な御髪と上等なシャツを守るためだ」

    仕方なく身につけたが、その姿を見た執事は卒倒しかけた。他の使用人たちもざわついているが
    着せた張本人は気にすることもなく、掃除道具を抱え屋敷の主を伴って廊下を進む。
    向かうのはクリムト・バンジークスが使っていた部屋だ。
    バロックにはどこか重く感じる扉も、亜双義はなんなく開けて中に入る。
    名家の当主の部屋らしく、煌びやかな装飾や家具の数々、本棚には美しい背の書が揃っている。
    落ち着いた色調で揃えられ、実用に重きをおいたバロックの部屋とは雰囲気が違う。

    「クリムト氏は、華やかさを好む人だったのか?」

    ぐるりと周りを見渡して亜双義が問う。

    「好むというより…姿も声も明るくて、そういうものがよく似合う人だった」

    そうか、と短く返事をして掃除にとりかかる。開け放たれた窓から吹き込む風がすがすがしい。

    貴族の子息として育ったバロックにとっては慣れぬ作業だったが、亜双義の指示のもと
    半日ほどをかけて掃除を終えた。
    亜双義はこのためにハウスメイドから掃除のコツなど教わっていたらしい。
    磨かれた家具や窓ガラスは曇りなく輝き、机や棚の上に置かれた細々としたものも
    整頓されすっきりと並んでいる。
    手を入れると兄の面影が消えてしまうのではないかと危惧していたが
    むしろかつての雰囲気を取り戻したようにすら思えて、バロックの心は幾分か軽くなった。
    手ぬぐいと割烹着を脱ぎ、掃除道具を片づけていると亜双義が何かを手にバロックへ近づいてきた。

    「クローゼットの中にこれが落ちていた」

    差し出されたのは銀色のシガレットケース。長く放置されていたためか、表面はややくすんでいるが
    バンジークス家の紋章が施されており、上等なものであろうことは一目で分かる。
    受け取って蓋をあけると、葉巻が数本入っていた。

    「客人と書斎で吸っているのを見たことがある。着替える際に落としたままになっていたのだろう」

    客人に囲まれ、談笑しながら葉巻をくゆらせる兄の姿が浮かぶ。煙漂う大人の社交場に、
    当時幼かったバロックは入れてはもらえず、ドアの隙間から覗き見るだけだった。
    明るくて、華やかで、社交的な兄。多くの友人がいたように見えたが、その中で心許せた人は
    どれほどいたのか、今となっては分からない。

    「客人と…。その中に、父はいたか?」

    兄への憧憬に浸りかけたバロックを、亜双義の問いが現実に引きもどす。

    「ああ、時折」

    クリムトと玄真が親しくしていた頃には、バロックもタバコを吸っても問題のない年齢になっていた。
    だが、葉巻を手に書斎で語らう二人には、普段とは違う入り難い空気が流れていたためともに嗜むことはなかった。
    彼らは一体何を語っていたのだろうか。遠くにいる子供の話もしただろうか。
    あの事件以外にも、バロックの知らない二人がいるのかもしれない。

    「一本、火をつけてみてもいいか?」

    しばらくの沈黙の後、意を決したように亜双義は聞いた。

    「もちろん」

    バロックが一本取り出して渡すと、亜双義は灰皿とライターが置かれたローテーブルの前へ行き火をつけた。
    吸いもせずに、上へとのぼる煙を眺めている。
    仏前に線香を供えるのは、霊となった故人が煙を食すからだと聞いたことがあった。
    ならばこの煙も父に届いているだろうか。
    そんなことを考えている最中にも葉巻は燃え進み、嗅ぎ慣れぬ香りが亜双義の周りに漂う。
    灰皿にぐっと押し付けて火を消すと、バロックに返した。

    「よいのか?望むなら譲るが」

    「いや、いい。自分が吸うわけでもなし。それに…この煙に見る姿を俺は知らない。
     貴公こそ必要なのではないか?兄との思い出もあるのだろう」

    その言葉に、またあの頃の書斎が蘇る。しかしその中にバロックはいない。

    「私も吸わないし、嗜むものに譲ろうと思う。このまま朽ちらせるのは兄の本意ではなかろう」

    開け放たれたままの窓から、また風が吹き込んで煙の名残すらさらっていく。
    これから築かれる関係には、煙よりも風が似合うだろう。
    亜双義の、風になびく黒髪を見ながらバロックはそう感じていた。
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