星の光は届かない[試し読み]※推敲前の未定稿なので決定稿ではやや変更が入る可能性があります※
蝶のはばたきがひと月の後に嵐となるのなら、人ひとりの歩みが幾星霜を経て世界を滅ぼすこともあるかもしれない。
もちろん千年、万年、或いは永劫とも思えるほど長い目で見た場合の話である。たかだか百年生きるかどうかの生き物にそれほどまでに長期的な視野を持てというのはどだい無理な話だ。いちいち今踏み出そうとしている一歩が回り回って世界を滅ぼすかもしれない、などと危ぶんでいては恐ろしくてとても歩けたものではない。
エルピスにやって来てからというもの、冒険者は常にそういった緊張感に苛まれていた。溢す言葉のひとつ、踏み出した足の一歩が何を引き起こすとも知れない。考えるよりも動くが早い、どころか事あるごとに思考を置き去りにして飛び出していくいきものにはあまりに酷なことだった。
この穏やかな楽園を壊してしまうかもしれない不安と――何より、もしかしたらここに生きる彼らに終末の先へと続く道が拓けるかもしれないという希望こそが身体をこわばらせる。果たして終末を回避した先に待ち受ける未来が善いものかどうかはわからない。案外、他の理由であっけなく滅んでしまうのかも。けれど冒険者はかつてハーデスとして立ち塞がった彼を通して、明日を望む人々の声を聞いたのだ。だから、できることなら彼らに未来があるようにしたかった。たとえそれが傲慢だとか、お節介だとか呼ばれることであっても。
冒険者は考えた。ぐるぐるぐるぐる考えて、ぐつぐつぐつぐつ煮詰まって、ついに思考回路がパンクした。最後に感じたのは水晶公への尊敬だった。右も左もわからない世界でひとりきり、世界の行く末すら左右する秘密を隠したままでいることの後ろめたさと心細さ。それら全てを呑み込んで百年という途方もない年月を歩ききり、ついには世界ひとつ救ってしまった水晶公。彼はきっと多くの人々に暁の仲間たち、そして英雄のおかげだと言うだろうけれど、「英雄」のしたことなど最後のほんの一押しに過ぎないと冒険者は思う。現に、エルピスへ来てまだ三日と経たないというのにこのちっぽけな頭脳は限界を迎えようとしているのだから。
要するに冒険者はやっぱり冒険者で、決して水晶公にはなれないのだった。パンクした頭ではいくらものを考えたって底の抜けたバケツのように思考は流れ出るばかり。空っぽの頭に残ったのは冒険者にとって本能といってもいい衝動だった。
「何か手伝えることはある?」
「困り事かな」
「探し物なら任せて」
天測園を所狭しと駆け回り、次々と依頼――と呼ぶにはほんの些細な、頼まれ事を引き受けていく冒険者。とつぜん声をかけられた所員たちは一瞬きょとんとするものの、すぐに「エメトセルクとヒュトロダエウスが連れてきたアゼムの使い魔」の話に思い至る。希薄なエーテルしか持たない脆弱なからだで、そのくせ力強く大地を踏みしめるちぐはぐさが如何にも「アゼムの使い魔」らしく感ぜられたのだ。
「ありがとう、助かったよ」
「君は優しい使い魔なんだねえ」
「アゼム様にもよろしくね」
実際のところ、彼らはそれほど困ってはいなかった。いくらアゼムの使い魔という肩書きがあろうとも、見ず知らずの使い魔に頼めることなどごく簡単なお使いくらいのものだ。彼らがその気になれば指の一振りでたちまち解決できてしまうような些末事。誰がやってもいいし、やらなくてもいい。そういったお使いが冒険者は好きだったし、冒険者の仕事とはいつだってそういうものだと信じていた。「あなたでなければできない」ことなんてそうそうないし、なくていいのだ。もしもそんなものがあふれていたら消化不能の依頼が溜まりに溜まって、冒険者ギルドは破綻してしまう。だからきっとこれは世界の行く末には関係ない寄り道で、その中で喜んでくれるひとがいるのなら、そのぶんだけ価値のあることなのだ――と。それがお手伝いのエキスパートとしての持論だった。真実であるかは知れないが。
◆
「いやあ所長、あの使い魔は本当に興味深いですねえ」
「……あの使い魔、とは」
「アゼム様の使い魔ですよ。ほら、エメトセルク様がお連れになった」
入れ替わりの激しい創造生物であればともかく、常用の使い魔は大抵が見慣れたものばかりで、そうそう目新しいものはない。だからこの職員が話題に出したのはおそらく彼女のことだろう、とヘルメスにはわかっていたが、つい聞き返したのは不思議と心がざわついたからだった。
形こそヒトと見紛う精巧さで整えられてはいるものの、それでも容易に区別ができてしまうほどにエーテルの希薄な彼女。脆弱なつくりでありながら言葉を操り、道具を扱い、さらには戦闘までこなしてしまうあの器用さには舌を巻くが、かといって特段何かに秀でているわけではない。端的に言って、何のために創られたのかまるで見当のつかない使い魔だった。
そんな風変わりな使い魔を創ったのがやはりというべきかしかしと言うべきか、当代のアゼムその人だというのだから所員たちの間で噂になるのも無理はない。
ならばいったい何が自分の心をざわつかせるのか。ひとつだけわかるのは、このざわめきは決して善い感情ではないだろう、ということだった。
――たとえば、そう。エルピスの花を暗い色に染め上げるような。
「所長、どうしたんですか?」
「え?」
「なんだか嬉しそうに見えたので」
カッと熱くなった頬を慌てて隠す。エルピスの花の色を想って口角を上げるなど、以前ならあり得ないことだった。あの色はヘルメスにとって孤独のしるしでしかなかったのだから。
「そ、それで? 彼女……あの使い魔が、どうかしたのかい」
「いえね。所員たちのちょっとしたタスク――配達だとか探し物だとか、そういうことをあれこれ手伝ってくれていて。まるでエルピスにお悩み受付係ができたみたいだって、評判になってますよ」
「お悩み受付係……」
果たしてそれはアゼムの座の役職をあだ名したものではなかったか。確かにそういったこまごまとした、かつ管轄の不明な問題を片付けるのは当代アゼムの十八番だと耳に挟んではいるが、しかし使い魔である彼女とヒトであるアゼムとではそもそもの性能が違いすぎる。凶暴な獣も少なくはないこの場所は、あの身体で駆け回るにはあまりに危険ではないか。
「彼女は使い魔である前に客人だ。万が一にも何か起きないように、様子を見ておかないと」
あくまでこれは所長としての責任感からの行動なのだ、と自分に言い聞かせるように口にする。ヘルメスの言葉を疑う様子もない所員に見送られながら天測園の本館を飛び出せば、表で待っていたらしいメーティオンが跳ねるように駆け寄ってきた。
「へるめす、おしごと、おわった?」
「いいや。まだ仕事中なんだが――」
状況を説明しかねて口ごもる。日頃からエンテレケイアとしての能力に頼りきりにならず音声で言葉を伝えるように、とメーティオンに言い聞かせている身ではあるものの、ヘルメスとて饒舌とは言い難かった。弁論は苦手ではないが、自分の感情が絡む事柄となるとどうしても言葉を見つけるのに時間がかかる。やっとのことで紡いだ言の葉が「一般的に」「我々は」「常識として」などといった物言いで押し潰された経験の数々が、どうしてもヘルメスの喉を強張らせるのだった。きっと彼らに悪気はないのだとわかっているからこそ、その無自覚な排斥がいたく哀しい。
「わかった。あのひと、さがす!」
そんな彼であったから、メーティオンの能力にはこうして助けられることも多かった。「ありがとう、お願いするよ」と伝えると空色の瞳がパッと輝く。その性質によって自分の懊悩にさえ共鳴して苦しませてしまうことも少なくないものだから、こうして喜びに満ちた顔を見られるのはヘルメスにとっても喜ばしいことだった。
むむむ、と小さな手で頭を抱えて数秒、「こっち!」と弾かれたように走り出すメーティオンを慌てて追いかける。その足取りはヘルメスを出迎えたときと同じくらいか、もしかしたらそれ以上ではないかと思うほどに軽やかだった。エンテレケイアとしてごく薄いエーテルで構成されたメーティオンは、同じくエーテルの希薄な彼女を随分と気に入っている。肉体構造の近さによって生じた仲間意識――だけではないその懐きようをはじめこそ少し不思議にも思ったが、今ならばヘルメスにもよくわかる。
きっと心の奥深く、ひどく柔らかい部分に負ったはずの傷を、エルピスの花を通して密やかに晒してみせた彼女。「同じ色だ」となんでもないことのように発されたその言葉にどれほどの意味があるか、ヘルメスだけは知っている。
世界から自分だけが弾き出されたような孤独。
いきが詰まるほどの痛み。
時折おそろしくなって叫び出したくなるくらい底知れないこの感情を抱えて、どうしてあんなにもまっすぐ立っていられるのか。自分でさえ痛くて苦しくて堪らないのに、あの脆いからだで、どうして。
ただ平然と佇む彼女の姿がヘルメスには泣きたくなるくらいに眩しくて、こわかった。
やっと見つけた輝きは、収まる器があまりに脆い。ほんの些細なことであっさり壊れてしまうのではないかと、あの奇跡のような生命が失われてしまうのではないかと、そう思うとヘルメスはいてもたってもいられないのだった。
だから。
「ヘルメス、あそこ……!」
メーティオンが指差したものを見て、血の気が失せる。まず、場所が悪い。エウロスの冷笑と呼ばれる、危険な生物を観察するための区画。彼女がいるのはその中でも特に植物に分類されるものが放されている牙の園のほど近くだった。どうやら、木の実の採集をしているらしい。彼女の胴囲よりもいくぶん大きな籠を片腕に抱え、一際高い木の上で紅く色付いた実に目一杯手を伸ばしている。つまり、体勢が悪い。そんな好機をこのあたりの獣が見逃すものか。
サッと視線を走らせれば、やはり肉食の鳥獣が馳走に預かるべく彼女の頭上高くを大きく旋回して隙を窺っている――と見えたのも束の間。翼を折りたたみその無防備な背中目がけて一直線に降下する!
「風よ!」
空気の波がうねりとなってごうと木々を撓らせる。鳥獣は流れに逆らえず遠くへ押し流されていったが、救おうとした彼女もまた突風の煽りを受けていた。
「うわっ」
塞がった両手で木にしがみつくこともできずに投げ出された身体を上昇気流で受け止める。こちらはあくまで簡易の術式、浮かすほどの力はないが勢いを削げれば問題ない。ふわりと落ちる身体をヘルメス自身が受け止める。
「どうしてこんな無茶をしたんだ!」
「うん? ヘルメス?」
思わず声を荒げてしまったことに気付いてギュッと唇を引き結ぶ。当の彼女はといえばヘルメスの腕の中、特に怯えも驚きもせず、何が起きたのかよくわからないといった様子でぱちくりと目を瞬かせていた。
「おっきいとり、後ろから、見てた! びゅーんって、飛んだ!」
「ああ、それで助けてくれたんだね。ありがとう、メーティオン。ヘルメスも」
「自分たちがあと少し遅れていたらどうなってたか……」
「一応、一人で何とかするつもりではあったんだよ」
「え?」
「この区画に入ったときからずっと頭の上をぐるぐる回っていたから、狙われてるのは気付いてた。でも、この実を採るためには木に登らないといけなかったから」
「……」
「一番高い木のてっぺんなら、他の木に邪魔されないからまっすぐ飛んで来るでしょう。それでわざと背中をがら空きにして、軌道を絞ったんだよ。実をもいだ方の腕で攻撃を受け流してから飛び降りようと思ったんだ」
ほら、と腕を叩いてみせる。ローブの下に身に付けた金属の腕鎧がカツンと鈍い音を響かせた。
ヘルメスは絶句する。ほんの少しタイミングを間違えれば身体を嘴に貫かれるような手段を取ってまで木の実を採集する必要がどこにある?
あまりのことにくらくらと目眩のような感覚さえ覚えるヘルメスを、すぐ傍らのメーティオンが気遣わしげに見つめていた。
「メーティオン、すまない。アンビストマの様子を見に行ってくれないか。もしかしたら、また木から降りられなくなっているかも」
「……うん。ヘルメス、けんか、しちゃだめだよ」
小さな囁きに苦い笑みを返す。頼み事は建前で、実のところは自分の動揺を伝えないためにこの場を離れさせたいだけなのだとメーティオンにはわかっているだろう。
ヘルメスはため息をついた。いったいどうして鳥に啄まれかけた彼女ではなく、自分の方が動揺しているのだろうか。
「いやあ、あの風には驚いた。あれがヘルメスの魔法? すごいね」
「すごくなんか、ない。あれくらい、誰にだって」
「私にはできないよ」
「……そうだね。だから、君がこんなことをする必要はないんだ。自分でなくとも、ここにいる人間ならあのくらい指先ひとつで何とかできる。いいかい、確かに君はアゼムに創られたかもしれないけれど、決してアゼムその人ではないんだ。だから、依頼なんて受けなくていい」
それとも、とヘルメスは続ける。
「たとえアゼムにそのような使命を与えられていたとしても――ここはエルピスで、君は客人だ。観察対象としてではなく客人として滞在している以上、自分は所長として危険な行動を容認するわけにはいかない」
「必要じゃなくても、私は手伝いを続けるよ。アゼムも使命も関係ない。これはただの趣味だから」
頭に血が上るのを感じる。どうしてこんな簡単な理屈をわかってくれないのか。自分はただ、彼女に健やかであってほしいだけなのに。
「頼むから――頼むから、誰にだってできるようなことでわざわざ危険を冒さないでくれと言っているんだ……!」
抱き留めた腕に力が籠もるのも構わず、腕の中の彼女にヘルメスは懇願した。
「このエルピスに、私にしかできないことなんてひとつもないよ」
謙遜ではない。必要とあらばローブを脱ぎ捨て奇異な衣服を纏うことも躊躇わない彼女は、個の主張を厭わない。
その彼女が、自分にしかできないことなどここにはないと言う。エルピスにいる誰もが自分と同じだと言っているのではない。ヘルメスを前に能力の不足を認めた彼女は、同じようにここにいる誰もが自分よりも万能たることを認めている。つまりはエルピスには自分の果たすべき役割などないのだと、そんな残酷な事柄を、平然と口にしたのだ。
「そんなこと……」
ない、とは言えなかった。ヘルメス自身、彼女という使い魔はそういうものだとしか思えない。つまるところがヒトの下位互換。なんでもできるといえば聞こえはいいが、何一つとしてヒトを上回ることがないのに、どんな役割が持てるだろう。
それでも――ヘルメスは当代のアゼムを恨むことができなかった。何もできなくていい。しなくていい。彼女はただここにいるだけでいい。だって自分に寄り添えるのはこの世界でたったひとり、彼女しかいないのだから。ただ同じ色を湛えてそこに在るだけで、ヘルメスにとっては充分すぎた。
「ヘルメスは、私に何もするなと言いたいの?」
鋭い声に、心臓をぎゅうと握られたような心地がする。あらゆる生命はただ生きるために生きることが許されるべきだとヘルメスは思う。星のためにならないという理由で一方的に殺される命に憤りを抱いてきたのが彼である。だが自分のためにただ生きていてほしいなどと自己保存を強制することは、星のために在ることを求めるのと同じことではないのか。いや、それよりももっと醜く、おぞましい欲求では――
「わかった」
「え?」
出し抜けに頷いた彼女にヘルメスは泡を食う。この自分のどろどろとした感情を見透かされたのか、それともヘルメスの心情を汲んでもう危険は冒さないと言ってくれたのか。いったいどちらかと測りかねて口ごもるヘルメスを余所に、彼女は追撃と言わんばかりに言葉を投げかける。
「ヘルメスは、私をなめてるんだね」
「な……!?」
なめてる。それはつまり、見くびっている、という意味だろう。予想外の発言に硬直するヘルメスの腕からするりと抜け出して、彼女は自分の足で地面に降り立った。
「ねえ、ヘルメス。あなたと私が戦ったら、私が勝つよ」
何故そんなこと言い出すのか、ヘルメスにはまるでわからない。ついさっき己の劣等を認めたばかりの口で、どうしてそんなことが言える?
「いくらなんでも、無理だ」
「無理じゃない。たとえ転身した君が雲を衝くように巨大で、火を吹いて、冷気で凍らせて、雷を落として、大波で全てを押し流すようなとんでもない力を持っていたとしても――それでも、私は勝つよ」
「……自分の転身はそこまで大きくないし、火も冷気も雷も大波も操らないよ」
「じゃあ、私より弱い?」
挑発しているのか、本当に訊ねているだけなのか。表情の薄いかおからは何も読み取れない。
ただ彼女がどんなつもりで問うているにしろ、強さを誇示するなど――まして転身時の性能を主張するなど、恥ずべきことである。
どうだろう、わからないな。
もしかしたら、君の方が強いのかもしれないね。
ひょっとしたら、君が勝ってしまうかも。
いくつもの正答がヘルメスの脳裏を過ぎる。けれど、そのどれもがヘルメスの喉を震わせるには至らなかった。
いくら器用に戦うといえど、ごくエーテルの希薄な使い魔。
一方、ヘルメスにもこれまで技術を研鑽してきた自負がある。ヒトを相手に戦った経験こそないものの、凶暴な創造生物を処分を執行するために抵抗を受けながら力で制し手を下したことも一度や二度ではない。誇るべき事柄であるとは到底思えない。できることならそんな選択はしたくなかった。しかし今ここで彼女に譲ってしまったら――一歩退がってしまったなら、何か大事なものまで否定してしまうような気がするのだ。
「……いいや。自分は、君よりずっと強い」
ああ、言ってしまった。使い魔相手になんてみっともないんだろう、と自分でも思う。万が一誰かに聞かれていたらなんと咎められたものか。それでも、言わなければならないと思ったのだ。
おそるおそる、けれどまっすぐに彼女の顔色を窺えば、その口角はニヤリと面白がるように持ち上がっていた。
「ならさ、ヘルメス。私が勝ったら、信じられるね」
「何を?」
「この色を」
指し示されたエルピス。
彼女が鞄から取り出したそれは、やはり暗い色に染まっている。けれどそれがヘルメスによるものか、彼女によるものかはわからない。
だからこそ、彼女は証明しようと言うのだ。つい先日までヘルメスにとって孤独とかなしみのしるしでしかなかったそれを、強さそのものとして証立てようとしている。
弱い彼女が弱いまま、強い自分に勝つことで。
◆
そうだ。その光に、強さを見た。
自分よりも遙かに脆弱な身体で、それでもその色を湛えて歩く君の姿に、なんて強い命だろうと思ったのだ。
いつしか喪失の恐怖に呑まれて、見失ってしまったけれど。
「頼む、来ないでくれ……!」
祈るように術式を編む。攻撃性の高い獣たちを檻から解き放って、行く手を遮る。あんなからだで自分に勝てるだなんて、信じられるはずがない。どうしてエメトセルク達はここへ彼女を連れてきたのか。当代きっての魔道士であるエメトセルクと、先代アゼムであり武勇で知れているヴェーネス、視ることに長け的確に綻びを射貫くことのできるヒュトロダエウス。戦力としてなら申し分ない面子だ。あんな器用なだけの――現生人類の成れ果てらしい弱々しいいきものが、彼らと肩を並べて戦えるだなんて到底思えない。だから、来ないでほしい。この手で君を傷つけさせないでほしい。
けれど。一歩、また一歩と彼女が踏み出す度、立ち塞がる敵を打ち払う度、その輝きに目が眩む。檻から放っている創造生物はどれもより抜きの、エメトセルクたちでさえ或いは手こずるかもしれない強靱な獣なのだ。それこそ、肉体のつくりでいえば彼女よりも遙かに優れたものしかいない。
だというのに、その歩みは止まらない。一歩踏み出すたびに不可能を可能に裏返し、無理を道理にしてしまう。
そんな生き物をヘルメスは知らない。誰知らぬ荒野を拓いていくその様を、なんと言い表せばいいのかわからない。暗闇の中に輝くあの標を、なんと呼べばいいのか。
いつしか、少しだけ高揚している自分に気付く。あの輝きが、自分の中にもあるのだとしたら?
🌟試し読みはここまで🌟
この後ヒカセンVSヘルメスでShadowbringersする