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    こみや

    @ksabc2013

    こみやです!
    杏千界の片隅で細々とやってます

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    こみや

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    うちれん肆の展示その1
    杏千/全年齢/原作沿い/兄上は死にます

    #杏千
    apricotChien

    水月-suigetsu- 主亡き炎屋敷にはこの頃噂がある。夜な夜な声が聞こえるというのだ。
     兄上、兄上。子供と大人の狭間の声で兄を呼び、小さな足音で探し回るそれを恐れる隠は一人としていない。
    「また弟君が炎柱様を探してらっしゃる」
    「おかわいそうに。もうお戻りにならないのに」
    「あまりに突然だったものね」
     屋敷付きの隠たちは、声が聞こえだすとそう囁き合う。おかわいそうに。お辛いだろうに。言いながら、それをどうにかすることはない。
     何せ弟君とやらがそうするのは今に始まったことではないのだ。
     むしろ炎柱自身が容認し、気にかけていた。初めの頃から仕えていた隠はそう、皆に伝えて怯えないようにと常々釘を刺していた。
     このお屋敷にはね、弟君の生霊が現れるんだよ、と。

     ここが炎屋敷となってすぐの頃だ。弟君がお見えになりました、と炎柱様に伝えたのは。古株はそう語る。
    「そんなはずはあるまい!」
     任務から数日ぶりに帰った炎柱はすぐさま目を見開くと、刀に手をかけたまま、弟がいるという私室へと走っていった。だが十数分後、いつもの顔で隠たちの前へと現れた。詳細は語られなかった。
    「食事を用意してやってくれ。――食べるかどうかはわからんが」
     どういう意味ですか。この相手に対しては尋ねることもできたが、古株はあえて尋ねなかったという。妙な気配というか、どこか尋ね難い空気を感じたという。
     炎柱様はとてもお優しい方だ。隠たちの間では評判だった。屋敷の隅にいても飛び上がるほどに声は大きく、時折どこを見ているかわからない不思議なこともあったが、かねがね屋敷付きの隠たちには好評であり、他の隠から羨まれることすらあった。
     そう、見た目や一見の苛烈さとはかけ離れている。常に配下に気を配り、自分が何よりも忙しいというのに、疲れてはいないか、きちんと休みは取れているか折に触れて尋ねてくる男だった。いつもありがとうと声かけを欠かさない男だった。何より柱としての働きは申し分なく、闘神のようだと噂するものまであった。
     だがそんな彼にも弱みはあった。目に入れても痛くないと豪語するほどその弟をかわいがっていたのだ。見た目は彼にそっくりだという。隠たちは会ったことがない。しかしまだ十でありながら聡明でしっかり者の良い子だ。弟を語る時、炎柱は決まって少し眉尻を下げ目を細める。その実に愛しげな様に大体の隠は初めて見た時度肝を抜かれる。配属されて真っ先に浴びる、威嚇も含めたような笑顔の印象が強いからだ。
     だがじきに皆こう言い出す。俺にも兄弟はいるがあそこまではならない、よほど大切にされてらっしゃるのだろう。他の隠が言う。何より炎柱様のお人柄ゆえだ。そういう者もあった。
     それほどまでに言われる弟となれば。食事を運んでいった隠はなぜか首を傾げながら戻ってきた。
    「何だか……。心ここにあらずというか」
     弟はそれはよく似ていたらしい。似ていないところといえばその眉毛が炎柱と違って八の字に下がっているくらいか。だが何より受け答えがふわふわとして覚束ないのだという。
     いるようでいないような変な感じ。そんな評を下しながらも、誰も公に口にすることはなかった。炎柱の耳に入れば流石に気を悪くするだろう。ましてや炎柱自身が確認し、屋敷に置いておけと言ったのだ。ならば決まった時間に食事を運んで、それ以外は達しがない限りなるべく触れずに。皆でそう結論付けたが、じきにまた額を突き合わせることになる。
     飯を食べないのだ。かの弟君が。
     食事は差し出したまま、湯気だけが取れて戻ってくる。箸の位置すら変わっていないという。
     一度ならばそういう時もあるだろうと考えるが、二度三度と続けばさすがに心配や懐疑も湧く。報告という名目でそれを炎柱に伝えたところ、彼は珍しく顎に手を当てて考え込んでしまった。
    「……食べぬというのならいらないのだろう。無駄にしてしまってすまなかった」
    「では如何様にしましょう」
    「本人が欲しいと言ったら与えてくれ。あと」
     続いた炎柱の言葉に、隠は耳を疑った。
    「急に消えてしまうかもしれんが、どうか穏便に」
     ええっと叫んだところに鎹烏がけたたましく鳴いた。残念ながら隠たちに与えられた時間はこれまでだ。

     炎柱の言う通り、件の弟君は翌日の昼頃には消えていた。一体何だったんだ。噂はするものの、再び戻ってきた炎柱には報告のみに留め、あの不思議な少年の話もじきに思い出として日々の中へと紛れていく。何せ屋敷付きの隠は忙しい。柱へと送られてくる各報告書の整理、屋敷の掃除、その他鬼殺隊関連の庶務だけでなく、任務から戻ってくる柱の世話を一から十まで行う。特に炎柱のところはそうだ。知識や剣の腕のみならず、その人生までも鬼殺に捧げたような男は、こと生まれが女中も雇えるような名家で良かったと新人の隠にぼやかれる。家事のかの字すらままならないのだ。
    「でもあの勢いで頼まれると、まあいっかってなっちゃうんだよなあ」
     洗濯をしながら軽口を叩く新人を先輩がこらと諫める。その時、桶を囲む二人の頭上に気配がした。
     驚きすぎると声が出ないものだ。振り向いたそこには炎柱とよく似た子供が立っていた。
    「ボタン」
     言葉を発した。ぎゃあ、と答えたのは先輩の方だった。彼はよく先輩風を吹かすが、その実結構な怖がりなのだ。
    「出た!」
     悲鳴にも似た声を浴びらせられた上、体当たりを食らって新人は見事地に転がった。この野郎。先輩に向けるべきではない言葉を内心だけに止め、だが出たと言われた少年はどうしただろう。自分にのしかかってわあわあ騒ぐ男を押しのけつつ見遣ったがもうその姿はどこにもなかった。どうやら一瞬のことであったらしい。はたまた。
    「大騒ぎするからいなくなっちゃったじゃないですか」
     責任は先輩に押し付けた。柱不在時の諸々は、たとえ些細なことでも報告しなければならない。もちろんこのことも炎柱が戻ってくればその耳に入ることになる。妙なこととはいえ、弟が逃げてしまったとなれば炎柱もさぞがっかりとするだろう。
     この人のせいです。その時に指差される男がようやく落ち着いたところで、ふと二人して聞いた言葉を思い出した。
     ボタンってなんだっけな。言いながら中断した洗濯に取り掛かって少し、あっと二人して声を上げた。
    「ボタン、取れかかってるわ」
     隊服の、柱だけに許される金のボタンが心もとなく揺れていた。少年はこれを教えるためにわざわざ現れたのだろうか。こんなことのために? 思わず顔を見合わせた二人だったが、いざ報告を聞いた炎柱は珍しく眉を顰めてみせた。
    「気になるな」
     何が、とは言われなくともわかる。頭を垂れた二人の上を、いつもよりどこかぼんやりとした声が通り抜けていった。
    「一度ならず二度までも」
    「そして二度あることは三度ある」
     調子を取るように口ずさむこれは独り言か。珍しいと、それでもただじっと見つめていた炎柱の爪先がふと逸れた。
    「ありがとう。持ち場に戻っていいぞ」
     言い残すように足音は先に消えていく。これもまた珍しい。いつもであればもう少し固いやり取りの後、きびきびと去っていく姿が今日は少し朧げを見せる。
     それは思案に暮れていたからか。仕事を片付けていた隠たちの耳に、伝達の烏が飛び去る羽音が聞こえてきたのは、それから数十分もしないうちのことだった。誰も何も聞いていないが、どことなく、実家の駒澤村へと飛ばしたのだろうという想像はついた。
     もちろんそれが後々隠に報されることはなかった。柱の私信だ。よほどのことがない限り、それが当たり前だろう。多少気になるそぶりは誰にもあったが、そこまで首を突っ込む者などこの屋敷にはいなかった。
     だが三日後だ。急に触れは出た。弟と思しき者が現れたら、そのままにしておくようにと。
    「御言葉ですが炎柱、それは泳がせておけということでしょうか」
     ここで意見を述べられるに足るのは古株だけだ。彼は主人が炎柱としてやってきた時からこの屋敷を取り仕切っている。鬼殺隊で言うならそのお父上――前の炎柱――とほぼ同期だという。
     当然ながら炎柱も一目置いている節があった。声音も態度も主人ではあったが。がっしりと組まれた腕も解かれぬまますぐに肯定がやってきた。
    「そう捉えてもらって構わない」
    「何か害がありましたら」
    「今の所、それはないと踏んでいる」
     柱は剣士の中でも別格だ。弱い鬼であればその太刀風だけで首を叩き斬れるとまで言われている。片や隠たちは刀すら持たない。何かあれば真っ先に命の危機に瀕することになる。無論、鬼殺隊の柱の屋敷ともあろうものが何の対策もしていないはずはなく、それでも隠たちにとっては鬼の可能性が一縷でもあればそれはすなわち恐怖でもあった。
     だが鬼ではないと柱はいう。そこで一度口ごもった。
    「――生き霊、というやつかもしれん」
     ヒッ。とっさに悲鳴を上げたのは、かの怖がりだった。すぐに古株に小突かれた。
    「大正にもなってそんな」
    「鬼がいる時代に何を言う」
     独り言を拾われ、また一人がすくみ上がった。もちろん主人が怒りを露わにしているわけではない。だが珍しくその瞳の中に惑いのようなものが見て取れた。もしや、彼自身がまだ半信半疑ではないのだろうか。
     それを引っ込んでから皆で言い合った。どうにも歯切れが悪い。炎柱らしくない。口々に言おうとも、彼らは当事者でありながら傍観者のようなものだ。あれこれと言うしか能がない。
     だが皆が漠然とした不安を抱えていた。そんなものがこの屋敷に出入りして、本当に何も起きないものだろうか。
     心配する隠たちをよそに、弟君の「生き霊」は日増しにその姿を露わに、そして輪郭をはっきりと成してきた。兄上はまだお休みですか。廊下掃除の背後にいきなり話しかけられ飛び上がる者もあった。だがすでに会話ができるという。
    「はい、まだって言ったら、俺をすり抜けていったんだよ」
     それから数時間、炎柱の私室の前にちょこんと座り込み微動だにしなかったという。主人が目覚めに障子を開く頃には消え失せていたそうだが。
    「そうか。また来ていたか」
     報告を聞いた柱の顔といったら。これも話題になった。残念この上ないとでも言わんばかりに眉は下がり、彼にふと人の、二十歳の青年の姿を見たと覚えた者もいたという。
    「生き霊ってのは恨みつらみだけじゃない、恋しさに現れるとも言うものね」
     聞き齧りでしかないにしろ、かの兄弟が睦まじいほどの絆で結ばれていることは誰にも見てとれた。普段柱然としている炎柱のふと内が垣間見える瞬間、どこか所在無げに佇む少年が兄にあい見えた時のぱっと華やぐその表情。それを目の当たりにするうち、恐れや不安は次第に消え失せ、いつしか少年の姿がたまに屋敷にあることを皆が常のつもりで眺め、話しかけ、新人には申し伝えるようになっていた。
     そういえば土砂降りの昼間に、庭に佇んでいたこともあった。
    「あれ、濡れますよ」
     果たしてそうかは知らないが、様子見に一枚開けていた雨戸から声をかけた隠に、珍しく少年は返事をしなかった。だがすぐに視線が、隠よりも上を向く。
    「どうした、千寿郎。こちらにおいで」
     この真後ろに隊服を着たままの主人が現れた。部屋の前だったもので、気にして顔を見せたのだろう。とたんに心許ない声が雨音を縫って来た。
    「兄上はもうお出かけですか」
    「いいや。この天気ゆえ、待機であるだけだ」
     曇りの日雨の日は昼であろうと気を抜けない。鬼の出る可能性があるからだ。こと柱はそれに備えて、かような天気の日には神経を張り詰めている。
     だが弟にかける声はどこまでも緩く優しい。少年もそれに応えてふらふらと縁側に歩み寄ってきた。これは手拭いを用意しないと。
     思った隠はうっかり生霊であることを忘れていた。止めるより早く縁側にかかった足からすうっと草履が消え失せていく。これだけの雨の中にいたというのに、真横に感じる気配は、朝から部屋を一歩も出たこともないほどに乾いていた。一つ括りの髪の毛からは、雫の一滴すら垂れようとしなかった。
     それに惚ける隠の目の前で、大きな手がその肩を抱く。
    「さあ、遠慮はいらない。中に入りなさい」
    「はい、兄上」
     うっとりとした声が二人の間に響く。つまり真横の隠など蚊帳の外どころか、もはや道端の石ころだ。だがそれに徹するのがいいとあえて口は挟まなかった。その前で合わせる顔の距離まで密な兄弟の会話は続く。するすると障子がまた、敷居を流れて閉められていく。
    「少し顔が赤いな。どうした」
     尋ねる炎柱の声が、やがて薄い障子紙の向こうから聞こえてきた。続きは。思わず耳をそばだて聞く音は、ばたばたと軒を打つ雨音にほぼ遮られ、途切れ途切れにしか聞こえない。だが空気は伝わる。うっすら感じとることができる。炎柱がいつぞや土産だと持って帰ってきた西洋の、ひどく甘ったるい菓子がふと脳裏を過ぎった。
     あとは直感だ。これ以上聞いてはならないと本能のように忍び足でその場を離れた。妙に早鐘を打つ心臓を、ついぞ彼は仲間の誰にも打ち明けることができなかった。
    「俺もまだまだだな」
     だから翌朝突然そう主人に話しかけられて、思わず飛び上がった。すわ盗み聞きを咎められるかと思ったのだ。おそらくあれに気付かない主人ではないはずだ。
     しかし単なる世間話であるらしかった。
    「どうやら熱を出して伏せっていたらしい」
    「ご本人が」
    「そうだ。駒澤の家で」
    「不安でいらっしゃったのでしょうか」
    「そうかもしれないな」
     あの子に聞いたという炎柱の横顔には兄としての心配があった。これを鬼殺隊の中で見た者はどれほどになるだろう。おかげで私邸という場所ですら普段は表情を崩さない炎柱に、この頃畏怖以外の感情を抱く者がちらほらと現れてきた。真に主に対しての尊敬と追従の念だ。柱だから仕える。鬼殺隊の中で長く当たり前だった屋敷付きの者たちの心は、かの少年が現れるようになって随分と変わった。元々良い主人ではあったが、この人だから仕えたい、と言葉にして強く表す者まで出てきた。
     いわばあの生霊は鎹なのだ。本来高く遠くにいる柱と、隠たちを任務以上のものでしかと繋いだ。
     だが鎹の一端が失せてしまえばどうなるか。常に隊の中で存在する結末を、誰もが炎柱には重ねようともしなかった。朝が来れば彼は颯爽と戻ってきて、豪快もかくやとばかりに飯を平らげるものだから。
     この朝もそうして、何人もの隠が厨の中を所狭しと走り回っていた。任務は一夜のみとすでに連絡があったのだ。
     そこに黒い影がさっと舞い込んだ。
     カラン、と落ちたのはしゃもじだったか。
    「今、なんて」
     鎹烏の告げた言葉に皆の動きが止まる。その隙間を、味噌を待つ鍋の湯気がゆらゆらと立ち上っていった。やがてどさりと音を立てて一人目が膝から崩れ落ちると二人、三人、その場の皆が意図せずそれに続いた。
    「……どうしようね、これ」
     嗚咽が生まれ始めた中、誰かが言った。ちょうど炊けた米が、柔らかな香りで場を満たしていた。差し込む朝の光が皆の頭巾を明く照らしていた。こんなにも愛しくて朗らかないつも通りの光景が目の前には広がっている。
     ただ、ここに主人は二度と帰らない。
     昼になり、夜が訪れても屋敷は静かなままだった。いつも通りの夜だった。
     夜の屋敷に柱がいないことなど常だった。むしろいる時の方が珍しい。それを見越して普段は二人程度しか留まらない屋敷に今日は屋敷付きの者が全員集っていた。
     皆一言も喋らない。ただ黙々と、屋敷の片付けに没頭していた。
     台所のものはまだ使える。また別の屋敷や、それこそ隠の詰所で使うのだ。それから、元々屋敷に添えつけられていた家具のあれこれ。これはかの炎柱がやってくるよりずっと前、この屋敷が建てられた時に備品として運び込まれた。ほどよく年季の入った家具だ。これは置いておく。また次の柱がやってきて使うからだ。
     そしてその中の、と引き出しを開けた者がうっと呻きを漏らした。海老茶や浅葱の着物が、その育ちの如くきちんと収められていた。決して華美ではない。だが若者らしい色合いの、それでいて品のある数々は、ふとそれを着た主人の快活な声姿と共に記憶に蘇る。
    「――この羽織がお気に入りだったね」
    「弟君と揃いで仕立てられたってね」
     部屋の中散らばっていた者が寄り集まってきて、ふと思い出話に花が咲く。それも僅かな間だ。許された時間は短いとばかりにまた持ち場に戻り、三日と経たずに屋敷は片付けられて、夜の間だけ見張りとして隠が上がり込むだけとなった。
     そこに一本、すらと声が通ったのは、翌晩だったか。
    「すみません。兄上はまだ戻りませんか」
     縁側を歩いていたところを突如後ろから話しかけられ、見張りの古株は息を呑んだ。確かめなくともわかる。もう随分と耳に馴染んだ声だった。
     振り返るべきか否か。一瞬惑って同情が勝った。この子が知らないはずがない。主人は整えられた後、まっすぐ生家へと運ばれ、とうに葬式も済んだのだ。誰であろう、この古株が屋敷付きの代表として弔問に訪れた。遠路はるばる、と頭を下げ出迎えてくれた喪服の少年は、目を合わせることすら躊躇われるほど憔悴しきっていたが、なるほど屋敷でいくらも兄に寄り添っていた姿に他ならなかった。
     ならば果たして、振り返り目に映った姿もまた同じだった。未練であろうか。数年と短いながらも主人であった炎柱よりも? ふと湧いた疑問は細めた目の奥で掻き消えた。涙をも誘う懐かしさに襲われたのだ。
     その喜びを見えぬ口元で笑みに変え伝えた。
    「炎柱様は駒澤村のご実家へ戻られましたよ」
    「そうですか。ありがとうございます」
     ご丁寧にどうも。柔和な表情を浮かべ、頭を下げる。そのまますうっと姿は闇に溶け、隠以外誰もいない廊下となる。
     お可哀想に。呟く声を拾う者はいない。ただ夜の闇がしんとそれを包み込んでいくだけだ。
     それが数日に一度続いた。恋しさゆえといつぞや誰かの言った一言が、何となく皆の意識に据えられていった。
     だがそれもすでに途絶えた。後々振り返るに、ちょうど炎柱の四十九日が過ぎた頃だったか。
    「半身だけでもと、お連れになったのかもしれないね」
     兄恋しい弟と同じく、兄もまた常、弟を恋しく思っていた。それがようやく成就したのだろう。本当の弟君があちらに行くまで、きっとそうしてしばしお心を慰められるのだろう。
     そう噂されていたことも今は昔。鬼殺隊千年の悲願は達成され、屋敷はたちまち取り壊された。集っていた隠たちはちりじりばらばらに、それぞれの人生へと別れていった。
     しんとした山の麓に、ただ虫たちの声が響き渡る。うたかたの頃を知る者はもういない。
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