Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    romromoo

    @romromoo

    @romromoo
    リスインはリプなりなんなりで声掛けてもらえたら追加しますのでお気軽にどうぞ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💙 💚 💛 💜
    POIPOI 284

    romromoo

    ☆quiet follow

    ナが未亡人になって喜ぶバの話という都合上ナが結婚してるし老齢化ネタでもある(途中若干死神永世リスペクトあるな/好きなので…)

    ずっとバナサではある 小僧が結婚をしたのは今から四十一年前、やつが二十七のときだった。
     プロポーズは小僧の方からで、相手はエマという名の小僧より三つ下の娘。小僧の行きつけのコーヒーショップに勤める一般人だった。容姿は飛び抜けて美しかったわけじゃないものの、快活で子犬のような性格をしていて愛嬌があった。その人懐こい性格が小僧の心を惹きつけたんだろう。おれもエマを気に入っていたから、彼女の魅力はよくわかる。
     出会ってから二年。ふたりの式はひかえめに、厳かに行われ、当然このおれもその場に出席した。見知った顔だけを集めた、ささやかで幸せな結婚式だったのを今でもよく覚えている。

     子どもには恵まれなかったが夫婦仲は良好で、来月には四十二回目の結婚記念日を睦まじく祝う予定だった。


    ⭐︎


     葬式も煩わしい手続きもすべて無事に終わり、ようやくやるべきこともなくなった。無事に、というのは少し違うかもしれないが、それでも片が付いたのはたしかだ。
     おれは青年の姿でぐっと身体を伸ばしながら、出て行ったときのまま時間が止まってしまったエマの部屋を眺める。アンティークな三面鏡の前には、ふたつの写真立てと、その日の朝に使われたであろう香水が置かれている。おれと小僧とエマの三人で撮った写真がひとつ、五年前の結婚記念日に夫婦二人でシドニーへ旅行した際に撮った写真がひとつ。どちらの写真の中でも、エマはナサニエルの隣で晴れやかに微笑んでいる。
     ゴミ箱の中身も、少し引いたままの椅子も、今にも部屋主が帰ってきそうな気配を色濃く残していた。

     エマの死は突然の不幸だった。
     その日は雨で、エマは懐かしい旧友たちとのお喋りをした帰りだった。きっと小僧に今日の話を聞いてもらおうと、幸せな気持ちで帰途に着いたのだろう。タクシーを留めて乗り込んだエマ。雨水でスリップしたトラックがそのタクシーの横腹に突っ込んでくるだなんて、そのときは誰にもわからなかった。
     事故を目撃した人間たちの話によると、すべては一瞬のことだったらしい。それによる唯一の幸運は、エマは苦しまなかっただろうということだ。事故はあっという間で、エマもタクシーの運転手も、最期まで自分の身になにが起きたのかわからなかったに違いない。
     おれと小僧がその事故を知ったときには、エマの魂はすでにもうこの世のどこにもなかった。

     時間とは非情なもので、こちらがどれほど嘆いて悲しもうと、止まることなく刻一刻と進んでいく。誰ひとり予期していなかった突然の出来事に忙殺され、おれも小僧もろくすっぽ悲しむ時間がなかった。
     エマの死を知ってから葬式が終わるまでの間、小僧は一度も涙を見せなかった。ほとんど口を聞くこともなく、まるで仕事でもしてるかのような落ち着きで、ただやるべきことを機械的に淡々とこなしていた。葬式に来た連中から、冷たい夫だと陰口を言われているのが耳に入ってきたほどだ(おれにできたのはせいぜいやつらをさっさと追い出すことだけだった。これがエマの葬式でなかったなら派手にやり返してやったところだ) それくらい普段と変わりないように見えた。
     それでもおれには、エマの死を聞いて以降のやつがどこかずっと上の空で、心がここにないことがわかっていた。心だけはエマの魂に付いて行ってしまったみたいに、ナサニエルの心は空っぽだった。
     おれ自身、そんなやつになんと声をかけていいかわからず、やつにならってひたすらに目の前のやるべきことに打ち込むことで、なんとかこの日々をやり過ごした。
     昼間はまだいい。やるべきことがたくさんあった。でも夜はおれにとっては長すぎる。眠ることのできないおれは、夜の間をひたすら家事に掃除にと費やし、お陰で家の中だけはこの期間中だけでぴかぴかになった。それを喜んでくれる人間は、残念ながら今はいない。


    ⭐︎


     リビングに入ると小僧がひとり、ソファに腰掛けていた。ここのところろくに食事もしていなかったからか、その背はいっそう老け込んで小さく見えた。窓から差し込む冬の白んだ鈍い日差しが、部屋全体をより物悲しくしている。
     普段は見慣れていたせいで気にしていなかったが、こうして後ろから見るとやつはすっかりじいさんだ。いつの間にかおれが思っていたよりはるかに老いていたことに気付かされる。

     マグカップに入れたスープとパンの簡易的な食事を乗せたトレーを片手に、おれはそっと小僧の隣に腰掛ける。ソファが二人分の重みでぎしりときしんだ。このソファももうずいぶん年季の入ったものだ。

    「少しは食った方がいい」

     おれはやつの肩を軽く叩いて言った。    
     ようやくこちらを向いた小僧の青白い顔。白い日差しのせいなのか、差し込んでくる光の割に部屋が薄暗いからなのか、いつにも増して血の気がなく見える。空虚で、涙の跡もないその表情からはなにも読み取れない。悲嘆に暮れているというには冷めた印象で、たしかに傍目から見ると長年連れ添った妻を亡くしてすぐの夫には見えない。それでもおれの目には、やつが普段とは違うのがよくわかったし、実際の年齢よりも十歳は老けて見えた(常時ならば年齢より十歳は若く見える方だから年相応に見えたとも言える)

    「ああ、すまない、バーミティアス」

     いつもと同じ声色。むしろ少し明るい印象すらある。でも小僧は食事に手をつけようとはしなかった。正確には、一度はパンを手に取りはしたが、思い直したようにすぐに元に位置に戻してしまった。食欲がないんだろう。エマが死んでからはずっとそんな調子だった。
     「……固形物を食べられそうにないなら、スープだけでも飲んでおけ」おれの言葉に小僧は曖昧に頷いた。頷きながらも、やはりその手は、パンにもスープにも伸ばされることはなかった。おれはやつに気取られないように肩を落とす。
     だからと言って、ああそうか、と皿を下げるわけにもいかない。人間の身体は食わなくても生きていけるようにはなってない。医者が必要になる前にどうにかしたいのが本心だ。
     おれはやつにならって、あまり暗くなりすぎない、やや場違いに明るい口調を努めた。

    「スープはキティが送ってきたやつだぞ。葬式のあと、おまえのことを心配して山ほどの食糧を送ってきた。きっと食わずに過ごすだろうからってな」

    「キティが? そうなんだ、なにかお返ししないとだな」

     「エマに相談しておこう」そう続けてすぐ、「……ああ、いや、彼女が死んだのか」と小僧はかぶりを振った。あきれたような、ひどく疲れた顔だった。ナサニエルの視線はおれの座ってる方とは逆の方向へ向く。
     その視線の先には、ひとりぶんの空席。エマがよく座っていた、彼女の特等席だった。今は誰もいないそこをぼんやりと眺めている様は、まだどこか覚めない夢の中にいるようだ。
     小僧の肩に腕を回して、そっと抱き寄せた。

    「時間が経ったって傷は癒えるもんでもないが、それでも痛みにはいずれ慣れる」

     小僧はじっと誰もいない空間を見つめ続ける。なにも答えない。おれは続けた。はからずも声に懇願の念がこもる。

    「頼むから少しだけでも食ってくれ。おれだって立て続けに家族を二人も失いたくない」

     その言葉にぴくりと反応してから、小僧はわずかに身じろぎした。振り向いた小僧と目が合い、うつろげな瞳と視線が交わる。その目はまだぼんやりしていたが、わずかに光が戻っていて、以前までのやつを思わせた。
     小僧の口角が上がる。無理して笑っているのがわかるぎこちない笑み。

    「そうだな……少しくらい食べないと」

     ようやくのろのろとマグカップを手に取り、まだ温かいスープを一口、二口、ゆっくり飲んでいく。よかった。嚥下する小僧の喉の動きに安堵しながら、おれはやつの額にかかった乱れた髪をさりげなくよけてやった。
     食事の邪魔にならない程度に、指の背でやつの頬に触れる。やつの頬は乾燥していて、いくらかかさついていた。

    「エマだって、おまえがあんまり早くに来たらきっと怒るぞ。あの娘はおれと同じくらい、おまえの健康を気にしてた」

     「すぐすぐ後を追わせたんじゃ、おれが怒られちまう」そう付け足して、抱いていたやつの骨ばった肩を何度もなでた。おれの言葉が効いたのか、小僧は、ふ、と小さく笑ったような息を吐いて、時間をかけてスープを半分ほど飲み切った。おれの願望がそう見せたのかもしれないが、さっきまでよりも血色が戻ってきている気もした。

     そうして少しは満たされたせいだろう。

     ふいに、小僧の目から涙が一粒、ぽたりとこぼれ落ちた。鋭利な刃物で切られてもすぐには血が出ないように、時間が経ってからようやく気付く痛みもある。
     次第に現実が悲しみとして追いついてきたのか、今まで寸でのところで保ち続けていた堤防が決壊していく。一度こぼれたものは止まらない。最初の一粒を皮切りに、小僧の目から次から次へと涙が溢れてくる。小僧は慌てて自身の目元に手をやったが、それじゃとても間に合わない。
     おれにはよくわかっていた。エマの死をナサニエルが誰よりも深く悲しんでいることを。あまりにも冷たく寂しい現実を、とても受け止めきれていなかったことを。冷たい夫だなんてとんだ見当違いだ、やつらはなにもわかっちゃいなかった。
     落とさないようやつの手からマグカップを取り上げると、いよいよ本格的に小僧は嗚咽し始めた。震える小僧を、おれは両の手で力強く抱きしめる。
     慰めにしかならなくても、今のおれと小僧にはこの温もりが必要だった。骨ばった感触だ。ただでさえ肉付きのいい方じゃなかったのに、ここ数日で余計に痩せてしまっているのがわかり、たまらない気持ちになる。
     ナサニエルの匂いと体温を感じながら、おれは自身の体温を分け与えようとした。

    「おれたちがエマのことを覚えていてやろう。それが遺された側のできる一番の弔いだ。おれもおまえも生きなくちゃならない」

     終いに小僧はおれの胸に顔を埋めて、幼い子どもみたいに声を上げて泣き出した。エマの死を聞いてから、抑えていた感情の波が一気に押し寄せてきているんだろう。体温を通して深い悲しみがひしひしと伝わってくる。こんな風に泣くやつを見たのはガキの頃以来だ。
     四十一年――ほとんど四十二年か。おれには一瞬でも人間にはそうじゃない。長すぎる歳月だ。いつの間に小僧にとって、エマと出会ってからの人生の方が、それまでの人生より長くなっていた。小僧より三つ下で快活なエマ、そんなエマの方がずっと先にいなくなるだなんて、考えていなかったに違いない。この悲しみは、半身を失った痛みと喪失感にほかならない。エマのいた日常は今や遠い過去になってしまった。
     おれはあやすように何度もやつの背や肩をなで、額や髪に唇を寄せた。

     おれはこのとき心から思っていた。
     死んだのがこいつじゃなくてよかったと。

     小僧の身体越しにかつてエマのいた空席を見つめる。今は誰もいないその席。
     もちろんエマが死んで悲しい気持ちはおれだって変わらない。小僧がそうであったから、エマも同じようにおれに対して恐れず接してくれていたし、おれのことを家族の一員として扱ってくれていた。感謝もしているし、大切に思っていた。だからもし、あの事故をなかったことにできるんだったら迷わずそうするだろう。

     それでも、ナサニエルが死ぬことに比べれば、ずっと諦めがつくのも事実だ。もしあの日死んだのがこいつだったら、と思うと今とは比べものにならないくらいの恐ろしさに襲われる。思わずおれは小僧を抱きしめる腕をいっそう強くした。
     泣き疲れてなおも涙が止まらず、汗までかき始めた小僧の額に頬を寄せながら、何度もそう思う。すっかり老人になった細く小さな身体はあまりにも心許ない。

     人間は遅かれ早かれおれより先に死ぬ。ナサニエルも例外じゃない。いずれどちらかが先に死ぬ運命だったのが、たまたま先に死んだのはエマだった。それだけのこと。
     けれどもたしかにおれは、そのことによってエマから順番を譲ってもらった。ナサニエルが先に死んでいたら、一生回って来なかったかもしれない順番をだ。
     二人が三人になって、また二人に戻った。エマと出会う前とおんなじだ。おれたち二人だけに戻った。戻ってきた。
     小僧がエマを選んだ四十二年前のあのときにおれが諦めたものを、運よく返してもらえた。おれは目を細めた。
     真っ白になった小僧の髪を指ですく。四十二年、四十二年だぞ! やつの頬に刻まれたしわを、張りのなくなった肌を、骨が浮き出てきたこの身体を――時間はあまりにも過ぎ去ってしまった。おれには短い時間だとしても小僧の人生においては長すぎたその時間。

    「まだおれを置いていかないでくれ」

     そうささやき、慰めるように、励ますように、やつの頬を挟んで額やまぶたにキスをする。こんな風にしてやったのは今までで初めてだった。小僧は少し意外そうな顔をして、それでも薄く目を閉じて受け入れる。
     深い悲しみの中にいるのは変わらないだろうし、そこからいつナサニエルが日常に這い上がれるかなんておれにもわからない。それでも、エマの死によって閉ざされてしまっていたやつの心は、おれもいることをちゃんと思い出してくれた。
     どれほど悲しみが深くても、おまえは孤独じゃないはずだ。小僧の手がおれの手に重ねられる。若い頃よりもしわのよった手、おれからしてみたら冷たい手のひらの体温。

    「……ありがとう、バーティミアス。おまえがいてくれて本当によかった。昔から助けられてばかりだな、ぼくは」

    「なに、今更のことだ」

     「気の長い娘だった、おまえさんが来るまでゆっくり待っててくれるさ」もう一度力強く抱きしめ直して、細っこい身体を揺らしてやる。小僧は鼻をすすりながらおれの背に腕を回してぐずり続けた。

     まもなく陽が沈もうと薄暗くなった頃になってようやく、涙も枯れ果てたらしい。泣くだけ泣いてすっきりしたのか、長らく張り詰めていた緊張の系も解けたようだった。泣き腫らした目元は赤く、どこかぼんやりした様子は抜けきっていないものの、小僧の雰囲気はいくぶんも和らいでいた。
     それでもおれは、変わらずにやつの肩を抱いてさすってやり、涙で散々濡れ尽くした頬を拭いてやった。そうしたかったからってのもあるし、小僧もそっちの方が落ち着くと思ったからだ。
     泣きくたびれた様子で、エマのいた席へ再び視線を向ける小僧。

    「……いつか彼女がいないことにも慣れていくのかな」

    「生きてる限りは慣れていくもんだ」

    「寂しいな……寂しい話だ」

     小僧がおれを見る。「おまえはこれまで何度もこんな思いをしてきたんだろう。ぼくにはとても想像できない」赤くうるんだその瞳にはある種の敬意と憐憫が混じっていた。おれはもう一度やつの目元をぬぐってやる。
     小僧の言うとおり、おれは数えきれないほど多くの別れを経験してきた。出会ったぶんだけ別れがあり、痛みの伴う別れも数多にあった。そしてこれから生きていく限り、それは変わらない。

    「――でも失うばかりじゃないさ。おまえだってエマと出会って得たものの方がずっと多いはずだ。それを忘れちゃならない」

     小僧は目を見開いたあとに頷き、微笑もうとしたんだろう。出てきたのはやはりぎこちない笑みだった。「……そうだね、そのとおりだ」いつもより低い声だ、散々泣いたせいでかすれている。おれたちはそれからもまたしばらく、二人しかいない三人掛けソファの上で寄り添って過ごした。おれはやつの肩を抱きながら、ナサニエルが子どもだったときのことをずっと思い出していた。

     とっぷりと陽も暮れた後で、おれは重い腰を上げて夕食の支度をし、その間に小僧は風呂に入った。夕食のときも、やはりまだ食欲がある風ではなかったが、それでも小僧は健気にも食べられるぶんは食べたし、なんとか生きようとしているのが見てとれた。
     おれは心底ほっとしていた。


    ⭐︎


     やつに連れ添って夫婦の寝室に入る。かつての二人の部屋であり、掃除のとき以外はおれがあまり入らないようにしていた部屋でもある。結婚記念日の旅行にしてもそうだったが、おれは夫婦としての二人にはあまり介入しなかった。

    「おまえが眠れるまではそばにいてやる」

     やつがベッドに潜り込んだあとに、おれはベッドの脇に腰掛けてやつの髪をなでた。風呂に入ったおかげで、さらさらとした触り心地になっている。
     心地よさそうに目を細めるナサニエル。最近見た中で一番穏やかな顔だった。エマが死んで以降、二度とこんな顔を見られなくなるんじゃないかとさえ思っていたが、そうはならなくてよかった。
     小僧が口を開く。

    「おまえさえよければ、眠ったあともそばにいてほしい。目覚めたときに一人なのはまだ耐えられそうにない」

    「ああ、わかった」

    「ありがとう、バーティミアス」

    「よせ。言い合いっこはなしだ」

     小僧の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。吐息だけの笑い声。おれを見上げる小僧と視線が交わる。

    「……ぼくが死んだとき、今のぼくみたいにおまえは悲しんだりするのかな」

     おれは肩をすくめた。胸元で組まれたやつの骨ばった手が視界に入り、おれはそこに自分の手を重ねた。
     「そう思うんなら、なるべく先にしてくれ」死ぬのは避けられなくても、なるべく先であってくれるんなら、それに越したことはない。

    「それでも、やがてはぼくがいないことにも慣れていくんだろう」

    「そうだろうな」

     「だけど忘れたりはしない」そうおれが続けると、小僧は今度こそちゃんと微笑んで、ゆっくりと目を閉じた。
     今夜も小僧は寝付けないんじゃないかと思っていたが、ここ数日ずっとそんな調子で疲れが出たせいか、それとも少しは気持ちが落ち着いたためか、やつの呼吸はすぐに規則正しいものに変わった。心配が杞憂に終わり、またしてもおれは人心地をつく。食事を摂らず生きていける人間がいないように、眠らずに生きていける人間もまたいない。

     ふと、ベッドの脇のチェストの上にエマの部屋に飾られていることに気が付いた。入ってきたときには気付かなかった。エマの部屋に置かれていたものと同じものだ。おれが食事の準備をしてるときにでも小僧がエマの部屋から持ってきていたんだろう。
     睦まじい夫婦二人の写真。
     写真の中のエマは変わらず微笑みを浮かべ続けている。あの人懐こい、子犬のような笑み。もしあの事故をなかったことにできるんなら、おれは迷わずにそうするだろうか? 触れたままいたナサニエルの手を指でなぞる。
     ――ああ、もちろん。当然だろ?
     おれはその写真の中のエマに一度笑い返したあとで、そっと写真立てを伏せた。


    end
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏👏👏💓💓🙏💖💓🙏🙏👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works