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    karanoito

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    子狐と鬼の怪異 吉田ルートネタバレ

     またあいつらか。慌てて廊下を駆けていく男子生徒とすれ違いながら、怪異の少年は着流した肩を竦める。駆けてきた方に目を遣るといがみ合う眼鏡の青年と子狐。廊下で見かける諍いに鬼の怪異は覚えがあった。
     支離滅裂な責めを吐く口と、それを諌めるように唸り続ける光景を何度目撃しただろう。異界に焦がれる暗い眼窩は空っぽ、対面していても常軌を逸した目は狐を見ていない。人間なのはもはや外身だけ。危険な怪異から人を逃そうとする狐より、こっちの方がよほど怪異に近い。
    「祭りのむこうにある窓を開けて、真理が手を振ってる。両手を広げて僕を呼ぶんだ、ほら、✕✕✕って声が聞こえるだろ? あれは○▽っていう単語の欠片なんだ、だから邪魔しないでくれよ。邪魔? 僕は邪魔なんかじゃない、異界にお前なんかいらない……未知の謎だけで……」
     意味を成さない言葉の羅列は呪いしか生まない、男を渦巻く呪いに負けじと吠え続ける鳴き声。こんなことはもう止めてください、と彼の必死な説得は男には聞こえない。現世を閉ざした耳には決して届かない。
     語り疲れると青年は肩を落とし、やがて廊下を引き返していく。フラフラと校舎から立ち去る人影と共に狐は黙り込む。健気なことだ。
    「毎回毎回、大変だな」
     しゃがみ込んで拝聴料にかき氷のスプーンを差し出すと、やっと気が付いたように目が合う。冷たく細められる獣の目は怪異を快く思ってないらしい。怪異は意に介さず、
    「お疲れさん。あれだけ吠えると喉渇くだろ? それともジュースの方がいいか?」
    「…………」
     甘くて冷たいけどいらない? と赤く照らう氷を鼻先に近づけて数分。瞼を伏せてから、渋々いちごのかき氷を舐め始めた。何なんだ君は、と呆れた様子で。鬼の方は覚えてないけど、毎回こうしてちょっかいを出しているんだろう。
    「あれだけ擦り切れてるんだから、とっとと行かせてやればいいのに」
    「くぅ」
    「それは出来ないって? ある程度で見切りをつけるのも大事だと思うけどな。真綿で首を絞め続けても苦しいだけだろ?」
    「わんっ!」
    「何も違わないよ。強すぎる興味は毒なんだ。あんな風に毒の沼を這いずってる相手には、清水で毒を洗い流すんじゃ駄目なんだよ」
     グシャグシャと頭の毛を撫でる。説得は相手を改心させるための祈りだ。腐海を浄化するには狐一匹では到底足りない。そもそも怪異は呪側だから毒が薄まるどころか泥沼になる一方だ。
     祈りと呪いは正反対、彼が堕ちた呪いには届かない。
    「…………」
    「沼に落ちたらこうして引っ張り上げないと」
     な? ザクザクと氷をかき混ぜて、掬って寄越す。鬼が傾けたスプーンを右足の爪が弾いた。ぱらぱらと散らばる氷の向こうで、狐は口を開く。
     ──それでも俺はやめないから。どれだけかかってもあの人を止める、絶対に。
     そう、と振られたスプーンを咥える。この冷たい目も、きっと同じやり取りを繰り返しているからこそ。
     だから鬼はお疲れ、と労うのをやめられない。対峙を直接邪魔するよりきっと効果的だろうから。
    「じゃ、行くか」
     毛玉が姿を消す前に首根っこを抓んで、肩に乗せる。
    「わぅ?」
    「祭りだよ祭り。普段はそこにいるんだろ、行く所ないもんな……って尻尾でペチペチすんな、おい」
     君はどうしていつも……とジト目になりながらも鬼の肩から降りようとはしなかった。

    2024.5.8
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