警備帽と狐面
甚平に警備員の帽子というミスマッチな格好で歩いている小柄な少年の影に見覚えがある気がして立ち止まって凝視する。その視線に気が付いた少年の方から鬼の怪異に近づいてきた。手に持ったりんご飴を機嫌よく揺らしながら、君も食べるかと左手から別のりんご飴を差し出す。会わなかったら一人で二本食べる気だったのかコレ。
何故か胸焼けしたようにモヤモヤする。
「…………あ、もしかして狐?」
「ああ。この出で立ちじゃ判らないか」
「その帽子なに、イメチェン? いつもの狐面は?」
言いながら首に回った紐に目を止める。頭ではなく首の後ろに下げられた狐面は寂しそうに影を負って見えた。失くした訳じゃなくて安心すると同時に改めて頭の先から爪先までを一瞥して、やっぱり甚平に警備帽はないなと再確認。しかし彼は気に入ったように頭から外そうとしない。
「その格好だと狐じゃなくて警備帽の怪異だな」
祭りの人混みの中に混じって並んで歩く。茶化しながら受け取ったりんご飴にかじりついた。同じように彼の口が動いて頬張っている。
新鮮だった。狐面に隠された素顔は想像したより幼く、狭い肩幅が余計に華奢に映る。彼はりんご飴を平らげるとペロリと唇を舐めた。
「それもいいかもしれないな」
「……似合ってないからそれ。止めたら」
気にするものは周りにはいない。他のものがどんな格好をしているか見えている怪異がどれだけいるか。俺だってきっと見えてない。
でも、彼が警備帽を被って歩くのは見るに耐えない。警備帽の縁の下でうれしそうに口を弾ませる、そんなのは狐の怪異じゃない。
何か言いたそうに彼が見上げる、帽子の奥から見えない瞳がじっと覗き込む。さっきからモヤモヤした胸が晴れない。口から離したりんご飴はもう食べられそうになかった。
人混みの流れに足を取られて、祭りを外れて廊下に押し出される。後ろ向きに下げられた白い狐面と目が合って、やっぱりお前も頭がいいよなと肩を竦めた。
振り向いた彼は、腰に手を当て呆れたように口をへの字に曲げた。
「本気な訳ないだろう。思ったより馬鹿っぽいな君は」
「……本気に見えたんだよ」
その警備帽が納まる主はきっとここにはいない。二度と逢魔ヶ時の世界には来ないし思い出さない。それを知らない彼の手に渡ったのは何の因果か、異界に取り残された帽子だけが無念を嘆いている。
大事な者と離れたくないと。それはまるで呪いのように、いつか狐を連れ去ってしまうかもしれない。
背けた頭にポンと軽い感触がして視界が暗くなる。
「そう簡単に変わったりしない。だから、そんな情けない顔をするな。俺は狐以外の何物でもないから」
斜めに被せられた警備帽を押し上げるといつもの白い狐面と目が合った。そうだな、やっぱりお前は孤だよ。
用無しの警備帽が鬼の手からスルリと抜け落ち、床に落ちた。
2015.6