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    karanoito

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    karanoito

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    仁×新

    消し去りたい夏の一日

     消し去りたいと願う日があるとしたらそれは今日だ。暑い日中、仁は汗を拭いながら青い空を仰ぎ見る。存在した過去が罪とは思わないけど、何もかも消して遠い何処かへ行けたら素敵だなと思う。ここじゃない違う世界へ誰か連れて行ってくれないかなって。
     たとえばこの道を曲がったら、向こうに胡散臭いピエロか何かが立っていて、サーカスならぬ異世界に案内してくれるとか。そんな馬鹿げた空想に笑いを噛み殺し、道を曲がる。
    「仁?」
     向こうにはピエロじゃなくて新がいた。買い物袋を両手に近づいてくる。買い物帰りらしい。
     傑作だ、笑い声が漏れそうになる口元を手で押さえる。何だ、お前が連れて行ってくれるのか。それとも俺が? 一人じゃないならこんなにうれしい事はないよ。
    「何だ、急に笑い出したりして」
    「だってさあ」
     こんなの出来過ぎてて笑うに決まってんだろ、今日は俺の誕生日なんだから。どうやって時間を潰そうかそれしか頭になかったのに、街でお前に会うとかどんな偶然だっての。おかしくて腹が捩れる。
     体をくの字に曲げた視線には地面しか映らない。アスファルトで新のスニーカーと俺のローファーから伸びた影がゆらゆらと揺らいだ。頭上から降り注ぐ蝉の鳴き声。気だるい夏の日差しは毎年過ごす夏と何ら変わらない日常そのもの。
     異世界に案内してくれる親切な奴はいなくて、代わりに現れた新は、ひとりぼっちで寂しい俺へのプレゼントみたいに映った。コイツ貰っちゃってもいいのかな。
     一緒に連れて行っても、いいのかな。
     顔を上げるといつもの無表情と視線がぶつかる。ちょうどよかったと彼は少しだけ目を細めて微笑うと、袋の中から紙の箱を取り出した。
    「連絡しても通じないから、直に家まで行こうかどうか迷ってた所だ」
    「何か用事あったっけ?」
    「取りあえずこれだけ渡しておく。甘い物なら好きだろうと思って」
    「……嘘だろ?」
     彼が突き出したのは紛れもなくケーキの箱で、それはつまり。
     この不意打ちは何だよ。俺、言ってなかったよな、誕生日だって教えてなかったのにどうして。祝ってくれる人もいないから、携帯の通知を切って街をぶらつくのが定石だった。知り合いの一人や二人と適当に馬鹿騒ぎして、暇を潰せたらそれでよかった。仁にとって誕生日は祝うものじゃなくて過ぎるまで待つ日でしかなかったから。
     だからこんなの反則だ。
     友達がケーキを持って祝ってくれる、そんな幸せな誕生日一生訪れないと思ってた。
    「何だよケーキだけ? プレゼントは?」
     咄嗟に作った笑顔は引きつってないか? 何でもない素振りで誤魔化さないと平静を保てない。動揺が上回ったら恥ずかしさが絶対顔に出る。
    「今日が君の誕生日だと人伝に耳にしたが、本当らしいな。てっきり触れられたくないのかと……」
     あーもう、誰だよ、新に誕生日洩らした奴。忘れて静かに過ごせると思ったのに最悪。
    「……祝ってもらえるなんて思わないし」
    「何故だ? 橋本辺りは全力で祝ってくれそうだが」
    「ありそう。アイツお祭り騒ぎ好きだもんなー。でも俺そういうの苦手なんだ、騒がしくされるの慣れてないから」
     アスファルトに汗の跡が一つ増える。拭っても拭っても絶えない夏の暑さに気がまいってしまいそうだ。あまりの気だるさに本音の一つも言いたくなる。
    「……騒がしいのは苦手、か。大勢に囲まれるのも大変なんだな」
     顎に手を添えて新はフムと頷いた。
    「そーそー、モテる男は辛いんだよ。だからみんなには内緒な?」
    「事情は分かった。ところでこれは要るのか要らないのか?」
     あれ、何か墓穴掘ったっぽい? この場合何て答えたら――もういい、ごちゃごちゃ考えるのはやめだ。
    「…………いる」
    「そうか。誕生日おめでとう、仁」
     静かに微笑む新の額から汗が滑り落ちてアスファルトに溶ける。俺は一体どんな顔をしてケーキの箱を受け取ったんだろう。
     消し去りたいのは今日、俺が生まれた夏の一日。誰にも望まれない子どもは願って止まない、ただ消えることを。でも、お前はおめでとうと言ってあっさりと引き上げていく。大したことじゃないように手を掴んで引っ張り上げる。
     誕生日もまだまだ捨てたもんじゃないらしいと初めて思えた。

    2015.7
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