お題 ネズミたちの通路マッドラットの小さな足が落ち葉をシャクリ、と踏みしめる。ボクらはチーズの幻覚を見ているであろうノラのネズミ達を追いかけていたものの、途中で見失ってしまい、立ち止まっていた。
「……しっかし、この場所は葉がやたら落ちてるな。歩きづらいったらないぜ」
「これだけたくさんの木が植わってるからねえ」
「ネズミ達も見つからねえし、うまくいかねえな……。クソっ!」
苦々しく顔をしかめるマッドラットの横顔は焦燥に満ちていて、まだ時間はあるよ、というボクの台詞は体に引っ込んだ。
自分の見てきた世界が胡散臭い神さまを名乗るヤツによる幻覚、ニセモノだと知って、ショックを受けていたのはつい先ほどの話だ。
あの時はクロネコから逃げるのに手一杯で気づかなかっただけで、ボクが思っている以上にマッドラットは事態を深刻に捉えていたのかも知れない、なんて考えていると、
「それに、急がねえとあいつらもきっと危ねえ。なんとしても見つけて、チーズを追うなって伝えねえと!」
ボクが想像もしていなかった言葉がマッドラットの口から飛び出した。
ーーキミは自分のためだけじゃなく、ノラのネズミ達を案じて必死になってあんな顔をしていたの?
ケージを出たばかりのマッドラットは、同族のネズミを殺してしまった。今、外を駆けるマッドラットは反対に、ネズミを助けようとしている。少しずつ確実に変わっていく彼の内面に、ボクは戸惑いを隠せなない。けれど、同じくらい誇らしさと嬉しさを感じる。
ボクが思わず綻びそうになる顔を今はいけない、と抑えている間に、マッドラットは伸びをして拳を握り、気合を入れ直していた。
「よし!もっと走って探すぞハート!速くなれそうな音楽を頼む!」
「っ、まかせてよ!」
体の主人がやる気満々なのに、心臓のボクがサボる訳にはいかない。慌ててお腹の穴に戻ると、音楽を奏でる。この辺りはマッドラットの苦手な水場が多い。速すぎると危ないから、少し変則的な音楽を流して、急ぐ彼の背を音の力で押し続ける。
ボクの音楽に乗せて乱暴な足取りで落ち葉を散らしながら、時に水に飛び上がりながらマッドラットは進んでいく。するとついに、ボクらの目的の彼らが目先に現れた。
「いた!あいつらだ!」
僕らが見かけた一匹だけじゃなく、他のネズミも何匹もわらわらと集まっているからか、うす汚ない毛玉の山に見える。
当たり前のように全員が何もない空間に向かって、手を必死に伸ばして楽しそうな声を上げていた。異様な光景にボクの体はぶるり、と震えたけど、マッドラットは全く動じない。真っ直ぐ狂喜するノラのネズミ達に近づいていくと、一定の距離を開けて止まり、背中に声を投げる。
「わーい!チーズだ!」
「ボクにもちょうだい!」
「こっちにもチーズをくれー!」
「おい!おまえら…!」
彼の呼びかけがネズミ達の耳に届くより先に、ビッ!と布を裂いたような音がした。ネズミの声が鳴り止んで、真っ黒の毛皮が横切る。銀に光る鋭い爪に、フラッシュのように飛び散った暖かい赤が跳ねる。
ボクらは、間に合わなかった。