どこにもいかないで吾の元へ 帰りますよう 祈りつつ おまじないにと 蛙を託す
詠み人知らず
くい、と呼び止めるように上衣の裾を背後から引っ張られた。サカキの気を引こうと幼い頃、シルバーもそうしていたなと思い出し、振り返るとそこにはレッドが居た。
「ん」
メッソン柄のマスキングテープが、斜めに貼られた包み紙を、彼はサカキの胸元に突き出した。ぐいぐいと押し付けてくる様子から察するに、サカキに渡す物らしい。相変わらず、肝心な時には言葉数の少ない男だと、サカキはそれを受け取った。サカキが受け取ったので、レッドの顔つきがようやく柔らぐ。
「何なんだ、これは」
マスキングテープをゆっくりと剥がしながら、サカキは彼に訊いた。包み紙を筒状にして中身を確かめると、ポリゴンフォン用の根付けらしい。蓮の葉にメッソンがちょこんと腰掛けているチャームがあしらわれていた。
レッドがこちらをまっすぐに見据えながら、切り出す。
「どこにも行かないでって言っても、きっとサカキは聞かないから」
図星を突かれた為にサカキは押し黙る。が、同時にそれはお互い様だと思った。各地方から強豪トレーナーと彼等に育てられたポケモン達が集うこのパシオ地方が、今は偶々二人を足留めさせているだけだ。実りある別の話が持ち上がれば、二人の道のりはまた逸れる。これは、ただそういう話だ。
「カスミ達が噂してるの聴いたんだ。流行ってるんだって。無事に帰って来てほしい大切な人に、蛙のポケモンのグッズを渡すの」
それで、ポリゴンフォンの根付け。と、どうやらそういうことらしい。
「それはまあいいとして」
包み紙から件の根付けを摘まみ上げ、サカキは尋ねた。それならどうして、半べそ顔のメッソンなのか。
「何故私に贈るのに、ジメレオンやインテレオンではなくメッソンなんだ」
「サカキは案外寂しがり屋だから(皆まで言わせず、自身のズボンのポケットから取り出した小箱をレッドの頭に、小突くような形で置いた。入れ違いに、受け取った包み紙を手の内に収める)、あいたっ」
もーー、何と頭に載せられた小箱をレッドは手探りで探し出した。小箱の蓋にあしらわれた、赤い大輪の花に目を見張る。見慣れた花だ。相棒のフシギバナの背で、赤く色づく。蓋を開ける。小箱からは、フシギバナのピンバッジが現れ、こちらを見上げていた。
サカキとレッドの脳裏に、二人の初めてのポケモンバトルが鮮やかに浮かび上がった。ロケット団のアジト。サカキのイワークと対峙する、レッドのフシギソウーー。
「流行っているんだろう。帰って来てほしい人間に、蛙ポケモンのグッズを贈るのが。これは貰っておくぞ」
レッドと目を合わせまいと、サカキが背を向け歩き出した。お礼を、と口を開きかけたレッドは、まあいいかと彼の背を見送った。貰ったフシギバナのピンバッジは帽子につけよう。きっとなんでもない調子で、サカキのポリゴンフォンにもメッソンの根付けが踊るのだ。ポリゴンフォンを手にするサカキに会うのが次の楽しみになった。
(了)