穏やかで、長い日々を。 今日は穏やかで、暖かい陽が差している。
絶好の晴れ日和というのはまさにこのことだろうと、本に書かれていたことを思い出す。
「今日は気持ちの良い晴れですね~」
「ああ」
隣にいる妻――朝火は、私の肩もとい腕によりかかりながら、眠たそうな目をしていた。人ならば、この暖かい陽に当たれば眠気というものが発生するのだろう。
「そのまま眠るか?」
上着を彼女にかぶせると、それを掴んでにやにやと笑っていた。
「んー…もうちょっとしたら」
「私はここにいる。寝るなら寝ていい」
眠たげな声で朝火は「はい」と返事をした。本当に私の横で寝そうだ。
こんなことは幾度もあったので、慣れてしまったが。
穏やかな日が続くのも悪くはない、と思う一方。彼女と歩む未来について、最近深く考え込むようになってしまった。
彼女といる日々は、私の知らないものを見せてくれる。そして本でしか知らなかったものも、だ。人形という身でありながらも、それが幸せなことだと知ってしまったのも事実。
だがしかし、彼女は人だ。私より生きることはなく、長生きはする者がいるといえどそこまで長くはない。
私は時計人形だ。己の心臓ともいえる時計本体に致命的な破損がなければ、基本長く生きていく。人形に「生きる」というのもおかしな話ではあるが。
――彼女が死んだ後、私はどう思いそして生きていくのか。
こんなにも幸せな日々は、あっという間に終わるのだろうと思っている。彼女にとっては長い年月かもしれないが、私の中では一瞬の出来事。長く生きるということはこういうことなのか、としみじみと感じてしまう。
「朝火」
「はい~?」
今にも寝てしまいそうな朝火に、私は質問をする。
「朝火は、私を選んで良かったと思っているのか?」
「……へ?」
その質問内容に驚いたのか、さっきまで微睡んでいた彼女は勢いよく起き上がった。
「私は人より長く生きる。……後悔はないのだろうか、と」
「ああ~、なるほどそういう。……というよりか、九楼さん」
なんだ、と返事をすると、朝火は私の手を握りしめた。
「私が死んだ後、寂しい思いするかもって思いましたね?」
「……そういう、わけでは」
「そっぽ向いて返事をしても無駄ですよ」
彼女はにっこりと笑う。その笑みはまるで、優しい陽のような微笑みだ。
「まだ私達の生活は始まったばかりなのに、何故終わりの事考えるんですか!私とっても悲しいんですけれど!?」
「……それはすまなかった」
私と朝火と共に暮らす日々はつい先月始まったばかりだった。互いに夫婦を誓い合ったことも、記憶に新しい。
「私が例え死んだとしても、九楼さんは私との思い出を抱えてずっと生きてくれたらそれでいいんです。忘れたら化けて出ます」
「それは止めてもらえないか?」
「そういうんだったら、悲しい事は考えないでください。私も考えたくないから」
ふと、彼女の顔が真面目な顔に切り替わった。その瞳から、真剣に考えて言っているということがひしひしと伝わってくる。
「だから、今を楽しみましょう。これから歩む日々を大切に楽しみましょう?私はそうしたいんですから」
「……ああ。そうだな」
私が抱いた感情。それは彼女との日々が終わった時の不安というものだったのだろう。私からみれば、この日々は一瞬の出来事に近い。だが彼女から見れば、この日々は長いもの。互いに感覚が違う。
ならば、私は彼女のいう「長い日々」と捉えようではないか。そう、これは彼女と歩む長い長い日常だということを。
「それに毎日、玉子焼きが食べられるという幸せをつかんでいるのですから、そんな事もう考えないでくださいね?」
「そうだったな」
今日は非常に穏やかで、暖かい。
そんな日がこの「長い」日々の中で多くあることを、祈る。
END