アフターエピソード「僕と蒼のこれからと幸せ」 試し読み版 緑都の家に寄った後、ようやく僕の家へと着く。蒼さんは車内でそわそわとしながら、僕の家がどんなものかと楽しみにしていた。
「あんまり期待するものはないからね?」
「そうかしら?私は自分の家以外のところに行ったこともなければ、泊まったこともないから」
昔から病弱なのと、そして両親からの扱いがぞんざいだったせいか蒼さんは家族とどこかへ行ったあるいは旅行にでかけた、ということがほぼないという。だから僕の家に来て、そして泊まることは蒼さんにとって初外泊ということになる。
「多分、蒼さんが期待するようなものないから。それは言っておく」
「隠すべき秘密の一つや二つあるんじゃないの?」
「どういう期待しているの!?」
車内ではこんな会話で盛り上がっていた。蒼さんは僕のことどういう目で見ているのやら。未だに彼女についてわからない部分はあるけれど、それは追々知っていく形でいいかと思う。
ようやくマンションに着き、僕は駐車場に車を止める。先に降りて、トランクを開けて蒼さんの荷物を持つ。今回僕の家に泊まりに行くついでに、蒼さんの私物も少しずつ持っていこうということもあって、荷物も多めだ。僕はその荷物を抱えて、マンションの中へ入る。蒼さんには鍵を渡して、オートロックを解除してもらう。
「開いたわ」
「うん、ありがとうー」
オートロックの自動ドアが開き、中へ入る。エレベーターを使って僕の部屋がある5階へ。ここでも蒼さんにドアを開けてもらった。
「ごめんなさい。私の荷物を運ばせてしまって」
「いいよ。それにまた、蒼さんの荷物は順次持っていく話でもあるし」
僕の部屋へ入ると、蒼さんは靴を脱いで律儀にそれを揃えた。そして彼女は一足先にリビングがある部屋へと向かう。
「まあ……普通ね」
「だから期待しないでいいって言ったでしょうが」
そういってはいるものの、彼女は笑顔で僕の家の中を見回っている。やはり適度に外に出るのは大事なのかもしれないと、その様子を見て思った。
「荷物はこっちに置いておくから中身確認してね。あとはどこに何の部屋を教えるから」
「ええ」
台所や洗面所、それと使っていない部屋等を一緒に見回る。使っていない部屋に関しては、今後は蒼さんの部屋にしようという相談もした。
「いいの?ここを私が使って……」
「秋から蒼さんが来るんだし、それに勉強する時に必要になるでしょ?ここに机と椅子、それからベッドを――」
「え?一緒に寝るんじゃないの?」
その発言に僕は慌てた。いやいや、婚約者といえどそういうのはまだ、と僕はしどろもどろに答えた。すると蒼さんはにやりとした顔でこう言った。
「私、紅也さんと一緒に寝たいんだけど?」
「だっ、だからそういうのは!」
確かに僕のベッドはダブルベッドに近いサイズではあるのだけれど、正直二人一緒は狭いと思うしそれに一緒に寝るという心構えができていない。その前に17歳の少女と一緒に寝るというのはなんとも犯罪臭のするものを感じる。
「ダメなの?」
蒼さんはとっておきといわんばかりに、上目遣いで僕を見てくる。そうか、これがあざとい可愛さというやつかと身をもって知った。
「……。わかった、わかりました。一緒に寝てもいいけど、僕は絶対に手を出すことはしません」
「そんなのとっくのとおにわかっているわよ。紅也さんは手出ししないって」
にこにこと笑って蒼さんはしてやったりという顔をしていた。僕はどうにもこうにも蒼さんに弱い、らしい。緑都にも「将来的には嫁の尻に敷かれるよな」と先ほど言われたばかりであった。僕がいくら年上とはいえ、蒼さんは僕の弱点を的確に突いてくる。
「でも、ベッドはそのうち買い替えよう。あれだとちょっと窮屈になる」
「じゃあ今度家具でも見に行きましょう。私の部屋の家具も必要になるわけだし」
ふと、そんな会話をしているとこれは新婚夫婦の会話なのでは?と互いに我に返る。そして気づけば、彼女の顔がほんのりと赤くなっていた。
「……蒼さん、顔赤いけど」
「そ、そっちも赤いわよ!?」
慌てて言う蒼さんがとっても可愛らしくて、正直抱きしめたいくらいだ。でも僕はそうしないように、必死に気持ちを落ち着けていた。
「でもね蒼さん」
「何?」
すうっと一息入れて、僕は蒼さんの顔に近づいてささやく。
「結婚したら手出ししない、っていう保証はないから。それだけは覚えておいて」
「……は、はい……」
突然の出来事に蒼さんはさらに顔を真っ赤にしてその場でへなへなとしゃがみこんだ。たまにはこういう言葉もないと、主導権握られたままはたまったもんじゃない。
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続きは10月頒布予定の文庫版にて!