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    ys1347

    @ys1347
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    ys1347

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    大丁 バレンタイン
    口紅チョコレートでいちゃつく二人

    テーマは一応"真剣な告白"
    まったく経験はないけれど、異性とのやりとりにどこか"慣れ"のある大蔵さんが好きです。(職業柄)
    お付き合い始まってもお互いほんのちょっとずつ駆け引きして焦らしたり焦らされたり絶妙の距離感を楽しんで欲しい。大丁は興奮を高め合うのが上手なイメージがあります。

    ショコラリップ ここで良いわと目配せをした客は顔馴染みのホステスだった。
     顔馴染みとはいえアパートの前まで送り届けたことはこれまで一度もなく、決まって少し離れた街灯の下を指定する。夜道は危ない、といった気遣いかつ下心のある言葉は聞き慣れているらしい。大蔵も口にするつもりはなかった。その距離感が心地良いからか、彼女はよく大蔵を指名した。
     駅から少し離れた小さな交差点を曲がり、見通しの良いところでタクシーを停める。後ろ手で料金を受け取り、ドアを開けると後部座席からシートが擦れる音がした。高そうなコートを羽織っているとはいえ、身に付けているのは薄いドレス。外へ出る瞬間に張りのある太ももがスカートからこぼれ、目のやり場に困った。
    「いつにも増してえっろい格好してんね」
     本心を包み隠さず言えば、それセクハラよと呆れられた。
    「会社に訴えたらあんたの首飛ぶけど」
     とはいえ訴える気はさらさらなさそうだった。人の懐に入るのはうまいのに、自分の手の内は明かさない。媚を売るでもなく色気を使うでもない。彼女からはなんともいえない聡明さを感じて、わりと好感が持てた。
     ドアを開けっ放しにしていると冷気が入り込んできて、思わず首をすくめる。雲一つないすっきりとした空には煌々と月が浮かんでいた。僅かに欠けた月はあと数日もすれば満月になるだろう。
    「…ほんと、今夜は冷えるわね」
     彼女が後ずさったのを確認し、まいどありと礼を言った。客を乗せたときの癖で、なんとなく後部座席を見回すと、手のひらに収まるほどの白くて長細い箱がぽつんと床に落ちている。
    「――あ、忘れ物!」
     声を張り上げると女性が振り向き、車内を覗き込むように少しだけ屈んだ。白い箱を一瞥し、ああ、と短く呟く。
    「これお店の子やお客さんに配ったんだけど余っちゃって。良かったら貰って。面白い形してるのよ」
     甘い香りに包まれたそれは、まさしくバレンタインチョコレート。運転席に設置されたデジタル時計を指差し、日付は変わっちゃったけど、と続ける。
    「俺本命以外からは受け取らないようにしてんだけど」
    「…タクシー中に甘い匂いさせといてよく言うわね」
     冷ややかな笑みを貼りつけたまま、助手席をちらりと見る。あちらこちらで頂戴したチョコレートが乱雑に積み重ねてあるので言い訳が出来ない。
    「義理の義理の義理以下だから安心して」
    「…そんな念押さなくても良いじゃん」
    「あんたが困った顔するからでしょ」
     別に困っているわけではないが、そんなに困った顔をしていただろうか。チョコレートは嫌いじゃないから、嬉しいことに間違いはないけど。
     ありがとうと素直に受け取ると、なんか押し付けちゃったみたい、と彼女の方が困っていた。
    「…う~さむ。風邪引いて心配掛けないようにね。じゃあまたよろしく、ドライバーさん。あっ、モテたいなら本命には嘘を吐かないことね」
     格言めいたことを言い残して去っていく、その細い背中を唖然としながら見つめる。
     大蔵のことを甲斐甲斐しく心配する相手が、大蔵のいわゆる本命が、丁呂介であることを彼女は知らない。知らないけれど、まわりまわって二人の関係を祝福されたような、認められたような気がした。それは思いがけない歓びで。
     手のひらのチョコレートに視線を落とす。甘い匂いを纏う冷え切った白い箱はなぜか丁呂介を彷彿とさせた。
     会いたいと思った、猛烈に。
     世間体やなにもかもをかなぐり捨てたって良い。こんな夜更けに会いたくて会いたくてどうしようもなく胸が軋むほどに好きな男が、大蔵にはいる。
     それは逆も真なり。

     そのあと数組の客を運ぶと東の空が白みはじめた。もうじき朝が来る。暫くすれば陽光が村中を包むだろう。
     退勤までまだまだ時間はあったが気付いたときには緑土邸へとタクシーを走らせていた。不良ドライバーと窘めるかもしれない。でもきっと大蔵を受け入れてしまうのだから、丁呂介だって共犯だった。
     屋敷からほど近いいつもの空き地にタクシーを駐車させ、人気のない通りを歩く。東の方角から朝が近付いているが、空の半分以上は夜の色をしている。
     屋敷はしんと静まり返っていて、家主が寝ているだろうということは容易に想像できた。
    「…丁呂介さーん」
     早朝なので一応気遣って声量は控えめにした。声を掛けながら中指の背で引き戸を何度かノックする。戸に近寄り耳を欹ててみると、奥の方から布団のめくれる音や足音が聞こえてきた。それがどんどんと近付いてくる。
     どすどすどす。さながら怪獣の行進。
     怒っていることが足音だけで分かったので、なぜか笑いが込み上げてきた。
     喉奥から零れる笑いをこらえていると、から、と戸が開いた。
    「――なに、笑ってるんですか」
     僅かに開いた戸の隙間から、訝しそうに眉を寄せる丁呂介が見える。はだけた寝間着の胸元を整えつつ、何時だと思ってるんですかなどとぶつくさ文句を言っている。
    「なにって、丁呂介さん怒ってんなって思って」
     足音だけで分かるよぉ、と続けると、丁呂介が呆れた。
    「…正直に言う人がありますか」
     匙を投げたような顔つきをしながらも、そのあとに続く声は優しかった。玄関に入るよう大蔵に手招きをして、上着を羽織り直す。
    「あなたお仕事は?」
    「まだ勤務中だよ」
    「…そんなことだろうと思いました。タクシーを必要としている人がいるかもしれないのに」
     丁呂介は心配するが、大蔵が入社してからこっち、早朝から大繁盛大忙しだなんてありがたい状況に遭遇したことは一度もなかった。
     じゃあ朝食休憩ってのはどう、と提案してみると、悪事の片棒を担がせるつもりですか、とつれない返事を寄越す。ああ言えばこう言う。丁呂介の足が台所に向かっていることに気付いてはいるが、朝食は頂きたいのであえて口にはしない。
    「…もうすぐ日の出だね」
     ぴんと背筋の張った細い背中に話し掛ける。そうですね、と振り返りもせずに丁呂介が相槌を打つ。しなやかな腰つきを眺めていると体が疼いた。落ち着かせるようにポケットに手を突っ込むと、指先が何かに触れた。
    「――あ、チョコレート」
    「――え?」
     弾かれたように丁呂介が大蔵を見る。白い箱を胸元あたりに掲げ、少し左右に揺らすとかたかたと音がした。
    「チョコレート、さっき貰ったんだった」
    「…あらそうですか、おモテになられるんですね」
    「もしかして妬いてる?」
    「まさか。ただのお世辞ですよ」
     それに私だってたくさん頂きましたよ。勝ち誇ったように笑って、居間の戸の前で立ち止まった。壁にもたれつつ、大蔵が近付いてくるのを待っている。
    「…本命には貰えた?」
     そばに寄り、手を取って尋ねると、丁呂介が首を振った。髪の毛が壁と擦れてぱさぱさと色っぽい音を立てる。
    「…いえ、まだです。あなたは?」
    「…俺もまだだよ。貰えるかな」
     抱き寄せてこめかみに唇を付けながら囁く。丁呂介の腰を愛撫するように撫でている間に日が昇った。窓から射し込む陽光が朝を伝えている。
    「…どうでしょうか。これからのあなたの振る舞いに掛かってるんじゃないでしょうか」
    「え~、どういうことだよ」
    「ご自分で考えてみたら?」
     伸びてきた手が大蔵の頬を包み、そのまま引き寄せられる。鼻先を擦りつけて、触れるだけのキス。至近距離で見つめ合ったまま、今度は噛みつくようなキス。舌を吸われて食まれて何度も重ねられる唇に脳が痺れていく。丁呂介が足の親指で大蔵の足の甲をなぞる。足袋は履いておらず、素足だった。拍子に手から白い箱がこぼれて床に落ちた。
    「…あ、落ちた。…んっ、大蔵さん、箱、落ちちゃいましたけど、あっ…もう…」
     丁呂介の声なんてお構いなしにあちらこちらでたらめにキスの雨を降らしていると、しょうがない人と言って膨らみを撫でられた。上下左右に動く繊細な指先にじんわりと色香が帯びていくその焦れったい時間が堪らなく興奮する。二人分の荒い息遣いが冬の廊下に響いている。
    「…はぁっ、私からもチョコレート、いりますか?」
    「いる。いるけど、同じ甘いものならまずはこっちが良い」
    「…我儘」
    「本音だもん」
     あむ、と丁呂介の唇を唇で塞いだ。くらくらするほど甘くて、これしかいらないと心底思った。

     壁にぶつかりながら、布団が敷かれている部屋になだれこんだ。
     つい先ほどまで丁呂介が寝ていただろうと思しき布団は少しだけ皺が寄っていた。とんと押し倒し、キスをしながら寝間着を脱がしにかかる。
    「…ふぅ、あっ…んっ 朝から、元気ですね…あっあっ」
     丁呂介の首筋に噛みついたり吸ったり愛撫を繰り返す。体質なのかすぐに痕がつくが、セックスを終えた頃にはきれいに消えている。残そうと思ってつけない限り、キスマークの期限は有限だった。
    「ゴム、ある?」
    「…あそこ」
     丁呂介が恥ずかしそうに指を指した先には救急箱のような木箱が置かれている。潤滑剤になりそうなものなど体を繋げるために必要なあれやこれやが収納されていて、開けた瞬間は面食らった。生活のなかに平然と存在する情事を彷彿とさせるそれが、あまりにもやらしい。
    「…良かったぁ、玩具まであったらどうしようかと思った」
    「…心の声が出てますよ」
    「へへ」
     だっていたってノーマルなセックスしかしたことないから。あんなことやこんなことまで、丁呂介に迫られたら、うっかり受け入れてしまうかもしれない。
     布団の上で抱き合って、互いを解す。凍えぬように体温を分け与えるように、緊張が解けるように、繋がるために受け入れる準備を整える。二人で。
     手のひらにローションを落とし、開いたり閉じたりを繰り返して指に馴染ませる。四つん這いになるようお願いをすると、丁呂介が控えめに頷いた。寒いから丁呂介には寝間着を肩に掛けていてもらい、大蔵はスラックスだけを脱いだ。ネクタイは、居間のあたりで盛り上がっているときに丁呂介に外された。
    「…いくよ」
    「は、い…んっ」
     傷ひとつない綺麗な腰に片手を添えて、丁呂介のなかに侵入する。人差し指を押し込むと、ローションが擦れてくぱくぱと音がした。視覚的にも聴覚的にも刺激が強すぎる光景に、大蔵の中心が大きく跳ねる。
    「…痛くない?」
    「…痛くはないです…んっ」
     そろそろ指を増やしても良いだろうか。丁呂介が気持ち良さそうに嬌声を漏らしている。僅かに揺れ始めた腰が誘っているようにしか見えなかった。
    「…腰、揺れてるよ」
    「んっ、勝手に、揺れちゃう…」
    「…揺れちゃうのか」
     その言葉にも声にも興奮した。たまらず指を一本追加し、人差し指と中指で抜き差しを繰り返す。内壁の浅いところと深いところをでたらめに撹拌する。快感に耐え切れなくなった丁呂介の膝が震えはじめた。
    「あっ、あっ…」
    「丁呂介さん、顔、枕つけた方が楽かも」
    「んっ…あんっ…奥、きちゃう…」
     よりいっそうおしりを突き出した体勢に、きちゃうとどいちゃう、とうわ言のように呟く。大蔵に言われた通りに枕に突っ伏しているから、少し声が掠れて、それが情欲を掻き立てた。大蔵の言葉ひとつでこうも官能的になられると、複雑な気持ちもあった。ねだったり甘えたり誘ったりをほとんど無意識のうちにやっているのだから、人を惑わす天賦の才があるのかもしれない。
     丁呂介といると主導権を握りたいと獰猛に願う瞬間もあれば、なんもかんもをひっくるめて身を委ねたくなる瞬間がある。
     もっと直接的に刺激したくなり、迷わずに舌先をねじ込むと、丁呂介が跳ねた。
    「あっ、なに、…やっ、そんなとこぉ…舐めるなんて…んっ」
     舌のざらついた部分で尻孔をなぞる。咥内に唾液を溜め、舌を使って押し込む。白い気泡がそこから溢れ出した。じゅる、とわざと音を立て、丁呂介の鼓膜に刺激を与える。
    「…やらかいけど、した?」
     この場合は、一人で、の意。
    「…んっ、だって、…ここでいつもしちゃうもの」
     はくはくと必死に酸素を吸い込もうとしながら、大蔵さんがいつ来ても良いように、なんて泣けるくらいに健気なことを言う。
    「…馬鹿なの?」
    「…すぐに、したいじゃないですか」
    「…正直に言えばしたいときもあるけど、そんな都合の良い人、みたいなこと言うなよ」
     ナカを攻めながら言うことじゃない。自分が一番自覚してるけど。
    「…んっ、あっ、あなたのためだけじゃない、私がしたいの」
     驚いて指の動きを止める。僅かに振り返った丁呂介が子どもを叱るような口調で、したいのはあなた一人じゃない、と顔をゆがめる。
    「なんでもかんでもあなた一人のせいにしないで。私の意思で、選んでいるのだから」
     暴かれることも、受け入れることも、休息を与えることもぜんぶぜんぶ。
    「――とっくの昔に共犯ですよ。それくらいの気概はある」
     それはもうほとんどプロポーズで、大蔵の目の前が涙で揺れる。 
     不意にぼっと音を立てて石油ストーブが切れた。燃焼しきったその音に二人揃って驚き、ほどこしほどこされながらはっと動きを止める。僅かに漂う灯油の匂いに、どうしましょう、と丁呂介が呟いた。
    「…寒い?」
    「…すこしだけ」
    「じゃあ、ぎゅってするよ」
     寒くないように抱き締めてあげるよ。ナカを解すのを止めて、丁呂介の隣に横たわり、羽織りの上から肩を抱いた。丁呂介を胸の中に閉じ込め、くんと匂いを嗅ぐ。髪の毛をかき撫ぜていると、視界の端に白い箱が見えた。
    「――持ってきたの?」
     落ちたのに、との言葉は飲み込む。
    「なに? …って、ああ、チョコレートですか」
     あんなところに落としたままにしておけないから。そう言って丁呂介が大蔵の顎に口づけをする。その仕草が可愛かったので、すでに施しきった丁呂介のそこを人差し指で弄った。
    「…あっ、んっ」
    「いいこえ…」
    「…ばか」
     上擦った丁呂介の吐息に気を良くし、腕の力を強めた。ぎゅっとこれでもかと強く強く胸に抱いて、床で寝転がっている白い箱に手を伸ばす。
    「…ん、食べるんですか?」
    「今は食べないけど。なんか、面白い形してるって言ってたの思い出して。――いっしょに見てみない?」
     布団に横たわったまま、丁呂介の目の前で箱を揺らし、山折りになっている部分を爪先でかりかりとひっかいた。封が開いたことを確認してからさかさまにすると、ころんと中身が転がり落ちた。
     手のひらに零れたのは、万年筆のような光沢のあるロケット型のフォルム、どうやら口紅らしい。
    「…なにこれ?」
    「…口紅? リップクリームでしょうか?」
     チョコレートって言ってなかった、と丁呂介が片目を細める。不審がられている。チョコレートだよ、と反論して、半ば願う気持ちも込めて蓋を開けると、まさしく口紅だった。
    「…やっぱり口紅じゃないですか?」
    「…でも、すっごい甘い匂いするよ、ほら」
     口紅の先端を鼻先に近寄せると、ほんとだ、と丁呂介が呟いた。スクリュータイプなので胴体をねじると中から芳醇な香りの赤いチョコレートが顔を出した。
    「…あ、やっぱチョコレートだ」
     と呟いたのも束の間、目測を誤って、丁呂介の鼻先にチョコレートを付けてしまう。
    「あっ」
    「…なにしてるんです」
    「ごめん」
     これで許して、とチョコレートを舌で舐め取る。腕の中で丁呂介が抵抗するので、耳にもキスを落とすといくぶん大人しくなった。まず舌先に届いたのは苦みの強いビターチョコレート、それから酸味のあるラズベリーが口中に広がっていく。
    「…うまい」
    「…チョコレートが?」
    「どっちも。でも丁呂介さんのほうがおいしい。…あっ、つけてみる?」
     何を、と聞かれたタイミングで丁呂介の唇に口紅もといチョコレートを押し付けた。薄い唇の端にチョコレートの先端をつけて、上唇の山へ向かってゆっくりと移動させる。つんと尖らせ山なりになる唇が可愛い。
    「ちょっと口開けてた方が塗りやすいかも」
    「…こうですか」
    「ん、そう。…あ、はみ出ちゃった」
    「不器用…」
    「丁呂介さんに言われたくないんだけど」
     じゃ、もっかいね。唇からはみ出てしまったチョコレートをぺろと一息で舐め取って、振り出しに戻る。丁呂介の瞳がとろんとしてきたので、間髪入れずにおしりを揉みしだくと、また良い声で喘いだ。
    「…んっ、わざと失敗してます?」
    「まさか、超真剣だわ。ひとに口紅なんて塗ったことないからさ、力加減がわかんないんだよね」
    「…ご自分ではあるんですか」
    「あるわけねえだろ」
     口紅を引くように努めて丁寧に手を動かす。チョコレートの先端が触れたところから丁呂介の皮膚が赤く染まっていく。二回目ともなれば指先の感覚も掴めてきたので、いくぶんきれいに塗れた。だまになっている部分を指でつまみ、躊躇なく頬張る。丁呂介がなんとも言えない顔をした。
    「唇、んーぱってやったら馴染むんじゃない?」
    「…なんですか、それ」
    「なんかよくやってんじゃん、ドラマとかで、んーぱって」
     納得いかないような顔つきで、丁呂介が上下の唇を合わせる。合わさった唇が離れる瞬間、鼓膜に響くようなリップ音がして、けっこうぐっときた。
    「…食べ物で遊ぶなんて…」
    「大丈夫だって。ちゃんとおいしく食べるよ」
    「何が大丈夫なんですか」
     全て残らず、おいしく頂く。誰にもやんない。独り占め。
     ほんのりと赤いチョコレートで色付いた上唇を見ていると、堪らなくなった。
    「…んっ、あんっ、もう、すぐ舐めるんだから」
    「だって、こんなの我慢出来ないよ」
    「………私もやります」
     手にしていたチョコレートを奪われ、形勢逆転。とはいえ、大蔵よりもはるかに不器用そうな右手はふるふると震えている。布団の上で肘をつきつつ、丁呂介の羽織りを肩に掛け直した。
    「丁呂介さん、出来るの?」
    「出来ます、あっ、じっとして」
    「じっとしてるよぉ」
     丁呂介が塗りやすいように唇を突き出してあげる。いつになく真剣な表情の丁呂介が愛しかった。あまりにも可愛くて、腰を撫でたり、尻孔をぐちゃぐちゃと弄ったりと悪戯すると、丁呂介が怒った。
    「…んっ、やぁ、だめぇっ…んっ、大人しくしてください…はぁっ、ん…」
    「してるつもりだけど」
    「…いま、触るなんて狡い…んっ…あっ」
    「このままじゃ塗れないよ?」
    「誰のせいだと…」
     大人しくして、と声を潜めて言い聞かすように囁き、親指で顎を固定された。負けん気が強く真剣な眼差しが大蔵をとらえる。つい先ほどまで解されては吐息を漏らしていたとは思えない真面目な顔付きにどきどきした。丁呂介はときおり妙に大人びた顔を見せることがある。
    「…なんですか、じっと見て」
     意思の強い瞳は清廉な朝のひかりのようだ。繊細なようでいて案外丈夫な丁呂介に大蔵の方が救われることが多い。
     好きだなって思って。心の中で呟き、頬を撫でた。
    「ぶきっちょだなぁって思って」
    「だまらっしゃい」
     笑っているとチョコレートが伸びてきた。そのタイミングで舌を出すとチョコレートの先端が舌の中央を滑っていった。ほろ苦いチョコレートがダイレクトに味覚を刺激する。目が合った。その瞬間コンマ一秒にも満たない。玄関から時計の音がする。ごく、と丁呂介の喉が鳴る。チョコレートごと丁呂介の手首を掴み、口をおおきく開けて、口角を上げる。誘うつもりで片目を細める。
    「…おいしぃよ?」
     丁呂介の瞳が揺れた瞬間、あっという間に噛みつかれた。迎え舌で丁呂介を受け入れ、チョコレートと一緒に丁呂介の唾液を飲み込む。薄い丁呂介の舌を吸い取ったり舌先を刺激したりしながら布団に押し倒した。
     覆いかぶさって抱きしめると素肌が吸い付くから好きだ。唇を貪ったり、まさぐったりしたおかげで、互いの頬にチョコレートのあとが伸びている。
    「…もう、子どもじゃないんだから」
     ふっと笑った丁呂介が、猫の毛づくろいのように大蔵の頬をぺろぺろと控えめに舐める。それからゆっくりと全身の力を抜いて、いっぱい気持ち良くして、と堪らないことを言う。指を絡ませてシーツに縫い付けると、羽織っていた寝間着がはだけた。
    「…子どもはこんなことしないよ」
    「…じゃあ大人になって良かったですね」
     前髪を指で梳き、綺麗な鎖骨に端から順に口付けていった。触れてないところはないじゃないか。全身をくまなく愛撫していく。膝を折り曲げて丁呂介の股間に当てると、明らかに熱を持っていた。ぐりぐり押し込むようにして膨らみを刺激していく。
    「…あんっ、あっ…」
    「しーっ。声もうちょっと抑えられる?」
    「…んっ、んっ、っ…」
     必死に声を声を我慢する、その姿に不意に泣きそうになった。この関係を誰にそしる権利があろうか。こんなにも懸命に愛を育んでいるのに。
     挿入しようとしたら丁呂介が待ってと頭を振った。息も絶え絶えな姿でとんと押し返され、舐めたい、とストレートな言葉が飛んでくる。
    「…んっ、はぁっ…」
     大蔵の返事も待たずにパンツの上に丁呂介の細い指が掛かる。すでに濡れた兆しをかりかりとひっかき、半ば茫然と半ば期待を込めて眺めていると、瞬きを終えた瞬間にはくわえられていた。喉奥まで飲み込んだかと思うとゆっくりと引き抜き、舌や頬の内壁を使ってそこを刺激する。口淫をしている間中、丁呂介の腰は揺れていたし、苦悩に耐えている様子だった。
     丁呂介の髪の毛をかき撫ぜるように引き寄せ、快楽を全身で受ける。
    「…んっ…なんか、またうまくなった?」
    「…自分では分からないけど…良いですか?」
    「…きもちよすぎて、イっちゃいそう」
    「いいですよ、イって」
    「やだ、丁呂介さんのナカでイキたい」
     馬鹿な人、と呟く顔は満更でもない。深くまで含まれて喉の奥で擦られる。唾液を吸い上げる音に交じって丁呂介の息遣いと大蔵の心音が響き、窓の外からは鳥のさえずりが聞こえた。
     そのあとも手のひらや指先をくまなく使って昂ぶりを扱かれた。唾液や先走りで滑りをよくし、指の間に挟んだり先端の窪みをなぞったりする手つきが大蔵の形を確かめているようだった。
     裏筋に張った血管に舌先を沿わしては呻く。
    「…こんなにおっきいのがナカに入っちゃうなんて不思議」
     自分の薄い腹を撫でながら含みのある笑みを浮かべる。
    「…そろそろその不思議を確かめても良い?」
     丁呂介の指がシーツを握る。白い生地に皺が寄るのを眺めている間に丁呂介が仰向けに寝転がった。脚を拡げて穿ちやすいように少し腰を浮かせる。溢れた先走りによりパンツの色が変わっていた。
     無我夢中でパンツを脱がして、片脚に引っ掛けたまま根本まで押し込む。
    「…あっ」
     と大きな声。すぐに両手で口を覆い吐息を閉じ込めている。眉が切なげに寄る。冬なのに溢れてくる額の汗とともに舐め取る。舌が痺れるほど甘い。チョコレートのせい?
    「…んっ、っ、…はっ…あっ」
    「…すっげぇ、良い…」
    「…もっと動いていいですよ?」
    「…ふふ、うん、動いちゃう」
     丁呂介のなかは窮屈ででもやわらかくて熱くて、抜き差しを繰り返すたびに皮膚の細かいおうとつが絡みついて離れない。ぴったりなんだ、なにもかも。
     大蔵の中心で欲望が燃え続けている。何度も突いて腰を揺らして嬌声ごとキスで塞いでごちゃまぜになって。バレンタインにふさわしい濃密で甘い朝。くらくらしちゃうな。
     円を描くような腰つきのままに丁呂介の背中を抱いた。体位を変えるために一度体を離し、軽くあぐらをかいた上に腰を落とすようにお願いをする。
    「…座ったままっていいよね」
    「…んっ、どうして」
    「奥まで届くから」
     大蔵の太ももに跨った丁呂介が首元に抱きついてきた。べとべとに濡れたそこを先端にぴとりと押し付け、誘うように腰を揺らす。
    「…挿入れないの?」
     肩甲骨をなぞり胸に吸い付くと丁呂介が飛び跳ねた。拍子に落ちた腰により半分まで飲み込んでしまう。腰をくねらせ小刻みに震える。
    「…あっあっあっ」
    「…腰、落としたら奥まで届くけど?」
    「んん、だって、もったいない…」
    「…なんだよそれ」
     普通に照れた。恥ずかしかった。丁呂介から伝わってくる愛情に、好きという気持ちに。月光のように降り注がれる柔く優しく眩い想い。胸が苦しい。惜しむことなんてないのに。いつだって寄り添ってやるのに。
     腰を突き上げると丁呂介の背中が戦慄いた。体重を支えきれずに大蔵の方に寄りかかってくる。騎乗位のかっこうで丁呂介を抱き、欲望のままに腰を打ちつけた。目の前にある胸に吸い付き、口のなかでころころと転がした。瞬きすらももどかしいのに、おざなりにすると瞳はすぐに乾く。瞬きをする間は丁呂介の耳たぶを食んだ。くんと匂いを嗅ぐと安心した。
     閉鎖的なこの村で生きていくには、しがらみや妙な噂もどうしたって付きまとって、辟易する場面に遭遇することだってある。でも、もうどうしたって、離したくないんだよなあ。愛情だけに内包しきれない感情を注いだり注がれたり、そのたびに心はすり減っていくし、些細な喧嘩だってしょっちゅう。それでも。
     あなたとのことで嘘を吐きたくないと丁呂介はことあるごとに言う。
     本命には嘘を吐かないことねと馴染みの客に釘を刺された。
     嘘を吐いた覚えなんてないのに。たとえそうだとしても、それはすべてうまく生きていくための術でもあるのに。
    「――あっ、…や、あっ、んっ」
     唾を飲み込んだ拍子に丁呂介の声が耳に届いた。あなたが好きだと、心底いっとう好きだと叫ぶように腰を動かす。
    「…や…いっちゃう、いっちゃう…あっ」
    「俺もやばい…」
     腰を抱いて、胸元に噛みつく。芳醇なビターはまるで残り香のように鼻先をくすぐるけど、舌先にあるのは丁呂介の匂いだけ。
    「…んっ、大蔵さん、あっ、んっあ…――」
     ひときわ高い声を上げて丁呂介が果て、続くように大蔵も熱を吐き出した。

    「――もうそろそろ行かなきゃ」
     セックスのあとのまどろみもそこそこに、玄関先の時計が二度ほど音を響かせたタイミングで呟くと、丁呂介があからさまに拗ねた。
    「…そんな顔しないでよ。もうちょっとで退勤だから、また来て良い?」
     汗ばんだ丁呂介の額を撫で、前髪をかき上げる。むき出しになった額はキスしてくださいと言わんばかりに誇らしげだった。
    「…良いですけど。仮眠は?」
    「…丁呂介さんちでして良い?」
    「…ええ。でも、おうちの方が寝られるじゃないですか?」
    「ん~、ここの方が良い」
     そうなの? そうなの、あなたの隣が良いの。音や匂いを感じられる距離、声を掛けたらほんの数秒で触れられる距離、それが良いの。
     おでこにキスをして、無防備な裸を抱き寄せて、セックスをしている間に蹴飛ばしてしまった布団を足指で救い上げて適当に肩に掛ける。そうこうしていると、また時計が鳴った。
    「…仕事戻りたくないなあ」
    「…私も戻って欲しくありません」
     大蔵の腕を取り、にやりと子どもみたいに笑う。
     いつになく素直ね、と言うと、バレンタインだから、と返ってきた。バレンタインさまさまである。
     取られた腕をひねって逃れて掴み返す。あんなに寒かった冬のおしまいを感じるあたたかな光が障子の隙間から零れてくる。
    「――好きだよ、丁呂介さん」
     脈略のない愛の言葉に、丁呂介は面食らっていた。けらけらと笑って、もう一回は無理よ、と瞼を閉じる。そうじゃないんだけど。
    「…好きって言ってくれたのは、バレンタインだから?」
     抱き締めて顔を埋めて耳元で聞かれた。ううんとすぐに頭を振った。
    「…関係ないよ。好きだから。伝えたかっただけ」
     ふいに香る甘酸っぱい匂い。チョコレートよりも芳醇で癖になる、甘い匂い。胸が軋むほど、愛しい香り。
     好きだよ、ともう一度、喉が掠れるくらいに全身全霊で伝えると、私も困るくらい好き、と頭をかき撫ぜられた。
     それから、チョコレートも愛想を尽かすくらいの濃厚なキスをする。
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