Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    pa_rasite

    @pa_rasite

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 47

    pa_rasite

    ☆quiet follow

    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #dbd

    過去ログ6見て、と目配せをするのは一人の女だ。
    無害な兎の面を被った、筋骨隆々な背の高い女が振りかぶる手に握るのはハチェット。
    茂みに隠れた獲物に狙いを定める。兎の面の下の瞳が鋭く光った。
    一瞬で狙いを定め、低いうめき声を発しながら投げつけたソレはまっすぐ飛び、刃は獣の脊椎を砕いて突き刺さった。今日の彼女の獲物はシベリアオオカミだ。銀色に輝く毛並みは血と骨髄で真っ赤に染まっていく。新鮮な血の香りは彼女にとって何よりも褒美だった。
    どうだった?と声を発さず目配せを送るのは一人の小さな少女。涙に濡れた睫毛が月明かりで悲しげに震えた。一歩、素足が少女へと近づけば怯えた悲鳴が森の中に響き渡った。ハチェットを振りかぶったばかりの太い腕が、色素の薄いブロンドの頭に落ちる。ごくごく優しく、愛情に満ちた手つきで少女の頭を撫でた。細い髪の毛の感触を慈しむように。

    「……いいこ」

    ハントレスはこの少女を愛していた。それこそ娘のように彼女を愛し、大切にしていた。だが彼女には母親がいた。父親もいたし、こんな恐ろしい森に住居を構えるような生活を送ってはいなかった。
    そんな彼女の平穏が保証された生活を壊したのは、母性に満ちた森の怪物。ハントレスだった。寝静まった村に突然現れた彼女はまず、父親を斧で殺した。一切の無駄はなく、一撃で脳天を叩き割ったのだ。次に彼女が凶刃を向けたのは母親だった。娘だけでも守り抜こうと娘に覆いかぶさった母親の首を一撃で切り落としたのだ。勿論、母親の胸の下に抱かれていた少女は全てを見ていた。
    母親の首が床に転がり落ちる瞬間を。母と一緒に織った絨毯に血の染みが広がっていくのも。
    その瞬間はほんの一瞬のことだったが、少女の青い瞳に焼き付いて剥がれることはない。記憶が薄れることもない。少なくとも、両親を殺した怪物と共に生活をしている内は。
    恐怖で震える少女を優しく抱きしめると、ハントレスは少女に背を向けて遠ざかった。死んで間もない、体温が残るシベリアオオカミの死体を肩に担ぎ上げた
    左腕で狼を掴み上げ、空いている右手は少女の細い手と繋いだ。小さな少女の手は温かい。命が燃える温もりにハントレスの動きが一度止まった。視線は少女の顔に向く。
    その視線の意図が分からず、少女は表情を強張らせた。

    「……」

    ハントレスは少女を傷つけるような真似はしなかった。それどころか少女を泣きやませようとコレクションのおもちゃを持ち寄り、彼女の気を恐怖からそむけようと努力していた。だが、彼女は何の躊躇いもなく人を殺すことができる怪物だ。何の拍子で気が変わって、血に濡れた刃を少女の頭に打ち込む可能性も大いにある。ひっひっと引き攣った呼吸を零す少女はその場に崩れ込んだ。圧倒的な死への恐怖に支配され、体は萎縮していた。筋肉は強張り、関節はぎしぎしと油ぎれのように軋んで動けない。足はまるで底なし沼に囚われたように感覚もなかった。
    手を繋いだまま倒れ込んだ少女の手をそっと優しく離すと、膝をかがめてしゃがみこんだ。地面を抱きしめるように伏せた少女の頭をまた優しく撫で始めた。半開きになった唇から囁くように歌が溢れる。
    彼女の恐怖を和らげるようにその声は優しく、少女を羽毛のように包み込んだ。母性に溢れた声音はとても、斧を握りしめた彼女から聞こえるものとは思えないだろう。血に濡れた指先がサビに差し掛かる頃、優しく彼女の脇腹を掴むように抱き上げた。その力の強さに、ぐっと少女はうめき声を漏らした。

    「いいこ。いいこ……」

    ハントレスは少女へこの言葉ばかりを繰り返した。慰めるときも抱きしめるときも、少女を寝かしつけるときも。そして今日、少女が自分と同じように生きていけるように狩りを教えるときもだった。
    だがハントレスは無理に泣きじゃくる少女の腕に斧を持たせるようなことはしなかった。彼女の母親がしたように、まずは見て狩りの方法を学ぶところからだと。今日は首に繋いだ縄を外して、小屋の外へと出た。
    久しぶりの屋外の新鮮な空気を吸ったおかげで少女の顔色は多少は良くなったように感じられた。それが嬉しかったのは勿論、ハントレスだった。
    きっと彼女なら自分と一緒にこの森で生きていってくれると確信していた。そしてこの森で暮らすのだ。母と娘のように、幸せに、仲良く支え合って。
    そんな日が来ることを期待して、口元が優しく緩んだ。上機嫌な鼻歌が高々と森の中へと響いていく。森の捕食者がここにいると獣たちへと牽制を図りながら。ヒエラルキーの頂点に立つ鼻歌が止んだのは、すぐのことだった。

    「……」

    ハントレスの脇腹に何かが刺さってた。灰色の毛並みの死体を地面へと落とせば、脇腹から突き出たそれを見た。そして触れた。しなりのある太い白樺の枝。ハントレスの脇腹を貫いた枝の先は鋭く尖っているのだろう。内臓を掻き分けて鋭い痛みを発していた。ドクンドクンと心臓が脇腹に移動したかのように脈を打ち、その脈拍に合わせて突き出た枝も震える。その隙を少女は逃さなかった。細い膝はハントレスの首を蹴り上げ、捕縛から逃れた。地面への着地は失敗し腹ばいに叩きつけられたが、少女は俊敏だった。体制を整えハントレスから走り去る。
    邪悪な闇が満ちる森の奥へと。

    「……っ!」

    どうして?という疑問は抱いている暇ではなかった。しかし振り切っても湧き出てくる疑問に胸が締め付けられた。貫かれた脇腹よりもずっと胸が痛む。息を吐き出せば傷も痛むが、胸は押しつぶされてしまいそうなほど苦しかった。
    何よりもハントレスの胸を痛ませたのは、恐怖だった。無力で小さな少女が獣が跋扈する森の中でどう生きていけるというのだろうか。少女が向かった先は、飢えた獣の胃袋だ。
    恐怖に射抜かれ、現実味もないままに脇腹に刺さった枝を引き抜いた。溢れた血はニットに吸われ、吹き出すことはない。だがその出血はとても危険なものであることはハントレスにも理解できた。しかし狩りしか知らぬ彼女に止血の方法など分かるはずもなかった。誰の牙にも掛からぬ強者。それがハントレスだった。
    強者であり続ける以上、できることは一つしかない。
    ハントレスにできることは失血が少ないうちに少女を連れ戻すことだけ。その必要性だけに思考は支配され、走り出していた。
    ハントレスの歩みは獣のように的確に少女の足跡を辿っていく。しかし一向に少女の姿は見えなかった。それどころか行けば行くほどに、森が支配する闇は濃くなっていく。湿った土の香り。濡れた草木の露。深くなっていくミルク色の霧に、ハントレスの直感は鋭い警報を放っていた。これ以上は危険だと。
    深い傷を負い、さらに出血が続いている中で森の奥へ進み続けるのはあまりにも命知らずであると本能が警鐘を鳴らしていた。
    しかしハントレスは本能を振り切って走っていた。柄が長い斧を構え、襲いかかる獣があればすぐに切り裂かんと殺意を撒き散らしながら。

    やがて、ハントレスは少女を見つけた。
    朝日が昇る前に見つけられたのは幸運なことだろう。少女の肉体の大半を残されていたのだから。
    弱肉強食の森に響いたのは一匹の獣の咆哮だ。娘を亡くした母親の叫びばかりが森を戦慄かせた。
    少女は首をまず食い破られたのだろう。骨が見える噛み跡に、内臓が溢れる腹部。食い漁られた少女を前にハントレスはその場に崩れ落ちた。
    その脇に転がるのは熊だ。首を斧によって振り抜かれ、次に背骨へ何度も何度も刃が振り下ろされたそれはもう死んでいる。
    もう二度と味わいたくはない喪失感を前にハントレスは茫然自失といった様子で少女へと這いずりよった。

    「……いい……こ」

    喪失感に震える声は慈愛に満ちている。その声の主に、小さな手が触れた。

    「……」

    奇跡的と言うべきか、少女はまだ意識があった。喉と腹を食い破られてもまだ。うっすらと膜が張り始めたその瞳はハントレスの瞳を見つめていた。命を貪られる間際に察したのだ。ハントレスが少女を家から出そうとしなかった理由が。
    狩りの方法を教えようとする理由が。たとえ、少女が死ぬことになったそもそもの理由がハントレスにあったとしても、少女はハントレスが自分を愛してくれていたことに気が付いた。

    「……歌って。ママ……」

    死を控えた瞳は濁り出していた。幼いその瞳がハントレスを捉えたのか、天国へ一足先に向かった母へと向けられたものかは定かではない。
    だがせめてもの餞に、ハントレスは子守唄を口ずさんだ。少女の魂がどうか安らかに天国へと向かえるように、ボロボロの少女の体を優しく抱きしめながら。
    血濡れた優しい子守唄は、夜が明けるまで続いていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
    3154

    related works