たまには本能に委ねて「はわわ……」
ファイツは目を潤ませながら、膝から崩れ落ちた。
「かっ、かわいい……」
目の前に立つのは小さくなったラクツ。服はダボダボなのだが、それが余計に可愛く見える。目の前のファイツに向けるラクツの目は少しどこか冷ややかだが。
「なに、見知らぬおねえちゃん。気持ち悪い」
「ぬなっ!」
辛辣な言葉に刺され、ファイツはむぅっと頬をふくらませた。
「そんな事を言う子には〜……」
じりじりとファイツは小さいラクツににじり寄る。ラクツは後ろに下がるが、壁にぶつかった。
「うわっ!?」
ラクツの悲鳴が響く。ファイツはラクツのいろんな箇所をくすぐった。
「どう?どう?」
ファイツはラクツをくすぐる。だが、笑いはしない。ラクツの顔を見て、ファイツは手を止める。
「何してるの……」
絶句するような声で聞いていた。ラクツは自分の顔を手で強く捻っていた。
「ボクは今笑わない訓練をしているんだ。だから、今は笑わないようにしなきゃいけないんだ」
国際警察のエリートの彼。この頃から訓練を受けていたのだとファイツは知る。いたたまれない気持ちになって、やさしく抱き込んだ。
「……今くらい笑っていいよ。ここにいるのはあたしだけだから。だから、笑って」
小さく慈しむ声でファイツは囁いた。それでも、ラクツはやめなかった。それを見て、ファイツは悲しみにくれた。ラクツの過去は自分が思った以上に重いもの。
(いつかは話してね……)
ファイツはそう願う。ギュッと抱きしめたまま、彼をそのまま抱き上げた。ファイツの中で母性のような何かが目覚めていて、ポンポンと背中を優しく叩く。
(なんだか……言い出せなくなった)
心の中でラクツはぽつりと呟いた。ファイツの反応を楽しもうとしたら、まさか抱きあげられるとは思わなかった。優しい声をかけられて、こんなふうに抱きしめられたことなど、過去になかった。どことなく、このままでいたい。
(……あと、体に当たってるのがすっごく柔らかい……)
そんなことを思いながら、ラクツの顔はファイツの胸の中に沈んだ。
「ん?甘えてるの?」
ファイツは少し驚きながらもラクツに声をかける。ラクツはラクツで自分の行動にやや驚いている。
(なんでボクはこんなことを……?でも、このままこれでいたい……)
ふくよかな弾力がやたらと自分を何か引き込んでくる。ファイツが背中を優しく叩いてることもあって、このまま眠ってしまいそうでもある。というか、もう既に眠気に委ねたい。
ラクツはそのまま目を閉じて、眠りに落ちた。規則正しい呼吸音が聞こえて、ファイツもラクツが寝たことに気づく。
(お疲れだったのかな……)
そんなことを思っていた矢先、急に抱き上げているラクツが重くなる。それに耐えられず、ファイツはよろけてしまい、ラクツを怪我させない方向、つまり後ろへ倒れ込む。背中は痛いが、眠るラクツには怪我はない……が、腕を中に折りたたんでいたラクツの手がしっかりとファイツの胸を掴んでいる。
「はわわわ!?」
ファイツは思わずラクツを跳ね除けるようにして、抜け出した。ラクツの体はそのまま地面にゴツっ!と鈍い音を立てて突っ伏した。
「いった」
ラクツは額を擦りながら、起き上がる。
「あれ、ファイツちゃん。何かあったの?」
起き抜けのラクツの様子に、ファイツは何か言おうと思ったが、さっきのことを覚えていないラクツに言うのはどことなく気が引けて、口を閉じる。
「……なんでもない」
「そう?」
ラクツはそれ以上問わなかった。だが、彼の手に残る感触。視線を向けたりしそうになるが、耐えた。
(柔らかかった……)
どことなくお互いに気恥しさを隠せない雰囲気がその場を覆った。