「――ノイ、起きてくれノイ」
ゆさゆさと揺すられている。何事かとゆっくりと目を開ければ、そこには僕がいた。
(なんだ夢か)
TPAの仕事はとにかくハードだ。昨日も真夜中までタイムジャッカーを追っていたのだから、非番の日くらいゆっくり寝ても問題はないだろう。
「ノイ!!」
気持ち良く二度寝に入ろうとしたところで、勢いよく布団を剥がされてしまった。
「ちょっと、なんなの……ん?」
まず最初に違和感を覚えたのは声だった。なんだか普段よりも低く聞こえる。
次は手だ。常日頃目にしている自分のものよりも大きな手。
最後にさらさらとした長い髪。見覚えのあるこの髪色は……。
僕は洗面台へ駆け込んだ。
「なんで!?」
鏡に映っているのは、僕ではなく愕然とした表情の理人さんだった。
数分後。
簡単には朝食をとりながら僕たちは状況を確認することにした。
「昨日のタイムジャッカーの仕業だろう。ヤツが逃走時に投げた液体、あれが原因だ」
僕の姿でも理人さんは何事もなかったかのようにいつも通りだった。
「そんなことあるんですか?」
「相手が未来人だとたまにある。効果はもって一日。それが過ぎれば元に戻る」
未来のテクノロジーはどこに向かっているのだろうか?
「まぁ、僕も理人さんも非番で良かったですね」
「…………」
理人さんが静かに目をそらした。
なんだか嫌な予感がする。
「理人さん?」
「暁さんへの報告がまだだ」
「あっ」
そうだ。犯人の確保が真夜中だったから、暁さんへの報告は明日おこなう。そういう話だった。
「じゃあ、僕が行きますね」
報告は基本的には先輩である理人さんがおこなっている。ここは僕が行った方が自然だろう。何度か同行したことがあるからやり方は分かっている。
それに、僕は理人さんになりきれるけれどもその逆は厳しいだろうから。
「……すまない。くれぐれも暁さんに失礼のないように頼む」
「分かってますって」
身支度を整えて(髪は理人さんにやってもらった)僕は部屋をあとにした。
道中、何人かの隊員と話しても僕だとバレることはなかった。
一応自信はある。今一番理人さんの近くにいて彼を見ているのは僕なのだから。
(あとはここを乗りきれるかだよね)
僕は暁さんがいる執務室の扉をノックした。
「入りなさい」
扉の向こうから聞こえてくるのは低くて冷ややかな声。
「失礼します」
深呼吸を一つして扉を開ける。
広々とした室内。デスクに座る暁さんは資料に目を通していた。
険しい表情が管理官の多忙さを雄弁に物語っている。
新しいアプリの発表も控えているんだったっけ。
「暁さん。少しよろしいでしょうか、昨晩追っていたタイムジャッカーの件です」
そう声をかけると暁さんの表情が僅かに緩んだ。
「聞かせてくれ」
かくかくしかじか。要点をまとめて簡潔に。
「――報告は以上です」
「そうか。遅くまで大変だったな」
「いえ、これぐらいはなんでもありません」
「今日は非番だっただろう。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。では、これで失礼します」
乗りきった。心のなかで小さくガッッポーズをして、僕は執務室から出ようとした。
だが、ドアノブに手をかけようとしたその時、
「待ちなさい」
暁さんが席を立つ音がした。
「なんでしょうか?」
行く手を遮るように立ち塞がった暁さんにじっと目を覗き込まれる。
普段よりもずっと近い距離で見る桔梗色の瞳。 胸の奥底まで見透かされているようでなんとも居心地が悪い。
「引き留めてしまってすまない。伝え忘れてしまった。理人にもよろしく頼むよ」
暁さんは、にやりと笑いながらそう言った。
ぞわぞわとした悪寒が背筋を駆け巡る。
「何を言ってるんですか、自分は――」
「真白隊員だろう?未来人から入れ替わり薬を被せられた……そんなところじゃないか?」
「…………」
全部お見通し、というわけだ。
「どうして分かったんですか?」
「君は理人の事をよく見ているようだが、少し足りていなかった。それだけだ」
「そうですか……騙すような事をしてしまったことは謝ります」
「気にしなくていい。貴重な休みなんだ、元に戻ったらあらためて報告に来なさい」
「承知しました」
さあさあと、暁さんに急かされるようにして僕は執務室を後にした。
(なんで分かるわけ!?怖っ)
まだ少し背筋がぞわそわしている。
それに最初からバレていたことも、足りないと言われた事もなんだか腹立たしい。
(理人さんにいったら「さすが暁さん」とか言うんだろうな)
きらきらと瞳を輝かせている様子が鮮明に浮かぶ。
(僕が理人さんのバディなのに)
面白くない。
結局、僕はちょっぴり不機嫌になりながら一日を過ごすのだった。
END