ヒマワリを咲かせる「美咲ちゃん、さっきの子って知り合い?」
「さっきの子?」
初めてのハコでライブを終えて、その打ち上げ。ライブの話で盛り上がるこころちゃん達を落ち着かせながらメニューを注文して一息ついた頃、隣に座る美咲ちゃんに声を掛けた。
彼女は不思議そうな顔をしたけれど、先程ライブハウスを出る時に声を掛けてきたスタッフの子だと説明すれば、納得いったように頷いた。
「ライブ前にちょっとだけ話をしたんです。ミッシェルに興味があったみたいで」
「そうなんだ」
美咲ちゃんはそう説明したけれど。あの時私が見たあの子の顔と視線は、ただの好意や興味じゃないように感じた。
テーブルの下にある美咲ちゃんの右手を見つけると、きゅっと手を握る。少しだけ顔を赤らめた彼女が、驚いたように此方を見て小声で私を呼ぶ。
「か、花音さん?」
「三人からは見えないから大丈夫だよ。ちょっとだけ。ね?」
小首を傾げれば、照れたように美咲ちゃんがはにかんで、手を控えめに握り返してくれた。
◆
そのライブ以来、あのライブハウスのスタッフの子をライブの度によく見かけた。あのライブハウスじゃない場所でも。
気のせいじゃない。ステージの一番後ろで、ステージ上も客席も全て見渡してるからよく分かる。ミッシェルに向けられる、同じ視線。熱の籠った視線に、私が気付かないはずがなかった。だってそれは、私が美咲ちゃんに向けるものと同じ色をしていたから。
「お疲れ様、美咲ちゃん。今日はすごく動いたから、疲れたよね」
ライブが終わり、控え室へ。ドアを閉めてからミッシェルの頭を取ってあげれば、真っ赤な顔をした美咲ちゃんが汗だくでお礼を言った。ミッシェルを脱ぐのを手伝って、事前に用意していた凍らせたスポーツ飲料のペットボトルを渡す。程よく溶けきっていたそれを美咲ちゃんが一気に飲み干せば、ドアがノックされる音。
ペットボトルを机に置いて、美咲ちゃんがドアを開けに行く。
「あっ、お疲れ様です。今日はありがとうございました」
黒服さんがミッシェルを引き取りに来たのかなと思ったけれど、どうやら口振りからしてそうではなかったらしい。ちらりと入り口に視線をやれば、スタッフのあの子がペットボトル片手に訪ねてきていた。
「いえ、私もありがとうございました。またここ使ってくれて嬉しいです。あのこれ、良かったら」
———まただ。また、あの視線だ。その視線が美咲ちゃんへ向けられていることに、堪らなく嫌悪感を感じてしまう。同族嫌悪なんかじゃない。
だって、私はあの子と同じ立場なんかじゃないから。だからこそ———あの視線を向けるのは、私だけで十分なの。
「美咲ちゃん、ほら。汗ちゃんと拭かなきゃ」
割って入るみたいに声を掛ければ、あの子はびっくりしたみたいな顔をした。どうやら私が居るなんて思ってもみなかったみたい。
自分で拭けると言い張る美咲ちゃんを制して首元に流れる汗をタオルで拭えば、あの子の視線が此方へ向いた。面白くなさそうな、敵意を剥き出しにした目だ。
だから私も、ドアが閉まる直前に同じような視線を返した。あの子が目を丸くして怯む。あなたも同じような目をしていたこと、気付いてなかったのかな。それとも、まさか同じ視線で返されるなんて思わなかった?
「花音さん?」
閉まった扉を見つめていたら、美咲ちゃんが首を傾げた。私はそれになんでもないよって首を振って、また汗を拭ってあげる。
「それより、さ。ライブも終わったし、明日もし空いてたら二人でお出掛けしない?」
連れて行きたいカフェがあるんだ。そう切り出せば、美咲ちゃんの表情が華やぐ。
「ほんとですか? 花音さんと出掛けるの久しぶりだ」
ごめんね、名前も知らないスタッフのあなた。
あなたが熱い視線を向ける美咲ちゃんはもうとっくに私のもので、私のことしか見えないようにしているから。私だけを見ることしか、許していないから。
こんなに独占欲で塗れた汚い感情は、美咲ちゃんは知らなくていい。だからあの子の想いが咲ききってしまう前に、あの子にはしっかり教えてあげないと。
叶わない想いを抱き続けるのは、きっと辛いと思うから。だからその想いに名前が付いてしまう前に、私は彼女の中に咲いた想いを踏み潰すの。