2022.03.30
「あなたも器をきれいにしてくれるんだよね」
スーツのまま降り立った少年は、初出撃を終えたばかりというのに息ひとつ乱れていなかった。モニター越しに眺めた踊るような活躍は彼にとっては苦でもないものだったらしい。
じっとこちらを見つめる瞳は透明だった。まばたきひとつなく注がれる視線は痛い。ただ声を掛けられただけだ。彼は私達の敵じゃあない。理解はしているが、少し身震いがした。勘付かれないよう、震え続ける手のひらを押さえ付ける。
「ほとんど、雑務ですけどね。実際関わっているのは向こうのお三方です」
目ざとく見つけられたけれど、私の担当はブルクの片隅だ。中枢を担う方々を煩わせるまでもないような細々した業務を巻き取ったり、まとめ直して報告に上げたりという、ファフナーに関わっていると名乗りを上げるのがおこがましいほどの接点だ。
だから詳しく話したいならばあちらへどうぞ、とデータの山を眺める背中を手のひらで指し示してみても、少年は動かない。どころかそばへしゃがみこんで、ますます透明な瞳が近付く。
ヒュ、と喉が鳴る。体が怯えている。思考の伝達が追い付かない。にこやかにかわいらしく見せようと彼は間違いなくフェストゥムだ。たまたま、私と似た姿を取るだけの、いつ、袂を分かつとも知れない存在。
「末端とか、核とか、差なんかないと思うんだよね」
「……はい?」
その、恐ろしいはずの少年があっけらかんと言う。
「僕たちが無事に帰れるように、みんなで器の怪我を治してくれるんでしょう。君たち人間は誰かが欠けたら成果が違っちゃう。どのくらい器に触れてるか、なんて、そんなに気にしなくってもいいと思うよ」
好きに明かしてにこりと微笑む。あんぐりと口を開けて呆れても、全く気にしたふうもない。
言葉が通じたとしても、これまで襲い来たフェストゥムはこんな事を言わないだろう。大きな力を持つが故の余裕だろうか。島を襲ったフェストゥムたちも、少年のように人間を理解しようとしただろうか。この少年も、たまたま好奇心を向けてくれているだけかもしれない。
「だから、ありがとう。できるだけ大事に使ったけど、どこかが壊れちゃってたらごめんね」
同じ言葉を扱う。適切な言葉を言い添える。私と似た心を持つ。存在そのものが異なるだけで、彼は彼で、敵じゃあない。
「そういえば、あなた、名前は? 僕は来主操」
話すつもりなどなかったから、自己紹介さえ済ませていなかった。手の震えはいつの間にか収まっている。
今日、気を向けてみただけで、明日には忘れているかも知れない。彼の命に私と話した言葉は重要じゃないだろう。けれどそんな後ろ向きは、少年を邪険に扱う理由にはならない。
来主操。島をたすけてくれた少年。緑を含んだうつくしい瞳を持つおとこのこ。私たちの、代わりに戦ってくれるやさしい、やさしい、少年。
すう、と息を吸う。こわばりの残る頬を叱咤して、ぎこちなく微笑み返す。
「私は――」