2023.05.21
食卓を囲んでいる。二人しか座る予定のない小さなテーブル。相席者へまっすぐに伸ばせばすこし腕の余る距離。何度も迎えた朝の記憶。
「今日は焼きすぎちゃった。でも、そっちのは僕のよりやわらかいよ」
今朝の当番は来主だった。泊まらせる対価に、調理に慣れるまで、人の口にできるものかテストする為──手料理をねだる言い訳を並べて、振る舞ってもらった朝食が並べられている。
俺の好きな半熟の目玉焼きに、変に焦げたウインナー。おすそ分けに頂いたきゅうりで作った浅漬けと、俺のだけ山盛りにされた白ご飯。来主の定番メニューだった。もう火の扱いには慣れたくせ、どうしてだか毎回ウインナーを焦がす。半熟にする反動だ、とか言ってたっけ。
「甲洋? 冷めちゃうよ。熱がなくなるとおいしくないんでしょう?」
ああ、食べるよ。今。そう応えたいのに喉は震えない。頷いて、口調のわりに楽しげな顔を眺めて、それから。山盛りのご飯茶碗を拾うと、向かいの来主も食事を始めた。
「うーん、マヨネーズたまごはご飯向きじゃないね。味つけに使うとおいしいのになあ?」
調味料を試すのも毎回だった。砂糖やはちみつはさすがに止めたけど、チャレンジャーのおかげでいい組み合わせを覚えられた。些細な喜びのかけがえなさを噛みしめる時間でもあった。
「もう、おいしいからって泣かないでよ。また作ってあげるから」
へらりと笑ってごまかして、食事を続けるふりをする。いくら口に運んでも、何度噛んでみても、塩の振られた目玉焼きも、焦げたウインナーも、多めに刻んだ唐辛子の味もしない。
当然だった。俺のいるのは夢だ。目の前の来主も。
昔から夢見のいい方ではなかった。理解している。夢は記憶の整理で、昔見たよくない夢は、心に強く残ってしまった嫌な記憶を組み合わせていただけだと。
今見ているのは幸せな思い出だ。それでも、このあたたかな記憶は、今の俺にはよくないものだ。与えてもらった幸せは、一人で振り返るには重すぎる。