ガンガディアと白いモフモフ ガンガディアは早足で地底魔城の通路を急いでいた。ハドラーは凍れる時間の秘法から復活したが、それは同時に勇者の復活も意味する。いつ勇者が攻めてきてもおかしくなかった。
ガンガディアはハドラーに、凍れる時間の秘法に封印されていた期間の出来事、人間に押し返された地域、つまり現状の報告だけでも多大な時間を要した。魔王軍の立て直しが急務であり、勇者の動向も探らねばならない。ガンガディアは各方面からの連絡をまとめて行い、逐一ハドラーに報告していた。
そんなガンガディアに僅かに休憩する時間が与えられた。ガンガディアはその時間を自己鍛錬に当てようと闘技場へと向かっていた。
するとひと気のない通路に一匹のももんじゃを見つけた。そのももんじゃは薄暗い通路の奥へと向かって歩いている。なぜももんじゃがこんな場所にいるのかとガンガディアは足を止めた。
「君」
ガンガディアは呼びかけながら追いかける。するとももんじゃはビクリと体を震わせて振り向いた。丸い目玉がこちらを見る。どうやら驚かせてしまったらしい。ガンガディアはそんな反応には慣れていた。
「その先は武器庫だ。君は新入りかね」
魔王軍の立て直しのために新しく魔物を多く地底魔城へと入れていた。まだこの城に慣れない魔物も多い。
ももんじゃはこくりと頷いてこちらへと来た。通路をキョロキョロと見ている。その姿が何故だが可愛らしく見えた。
「どこの部隊だ? 道がわからないのなら送ってあげよう」
ガンガディアはそのももんじゃを掴むと抱き上げた。ももんじゃは驚いたらしく硬直している。やはりこの姿は同じ魔物にも恐怖を与えるらしい。ガンガディアはちょっと傷ついた。
「すまない。怖がらせるつもりではなかったのだが」
ガンガディアはなるたけ優しい手つきでももんじゃの頭の先を撫でた。バルトスがヒュンケルにそうしているのを見たことがある。こうすれば敵意がないことを表せるのではないかと思ったのだ。
ももんじゃは表情のわからない顔でガンガディアを見ていたが、先ほどよりは緊張がとれたようだった。
「さて、君の行き先を教えてくれ」
ももんじゃは少し考えるようにして大きな通路を指差した。ガンガディアはそちらへと足を向ける。
「君たち新人には期待している。これから戦う勇者たちは手強い相手だからね」
ガンガディアは通路の先にある魔物たちの住処の方へと向かって歩いた。新人たちに与えられた部屋ならそこだろう。
「特に大魔道士は手強い。あれほど多くの呪文を操る人間は見たことがない。そしてその呪文を使いこなす知恵と豪胆さが素晴らしい。敵でありながらあれほど尊敬できる相手と出会えるとは、嬉しい限りだ」
ガンガディアはつい熱を入れて語ってしまった。ももんじゃはぽかんとガンガディアを見上げている。
「すまない。初めて会う者に語りすぎてしまった」
ガンガディアは気まずさを紛らわすように咳払いをする。ももんじゃは変に緊張した様子で頷いた。
「ああ、もうすぐだ」
ガンガディアは通路の先を指差す。魔物たちの生活スペースが見えてきた。
ももんじゃはガンガディアの腕の中でちょこんと座っている。その姿がどうしてか愛らしく思えた。ガンガディアは自分のよくわからない感情に眉間に皺を寄せる。これまでももんじゃにそんな感情を持ったことは無かったからだ。白くてふわふわの毛並みが肌をくすぐる。温かな体温を抱きしめていると心が温かくなるようだった。
ガンガディアはここ数日のストレスがふっと消えていくのを感じた。このももんじゃが癒してくれたのだと理解する。
ガンガディアは足を止めた。ももんじゃが不思議そうに見上げてくる。
「君の名前は?」
ももんじゃはふるふると首を振った。
「名前はまだ無い、か。もし良かったら私直属の部下にならないかね」
ガンガディアの部下は妖術士やトロールが多い。だが、ももんじゃが一匹いてもいいではないか。
ガンガディアはそんな淡い未来を夢想していたが、その胸に抱かれたももんじゃは、いや、ももんじゃにモシャスしてこの地底魔城へと潜入していたマトリフは、どう答えるべきか頭を悩ませた。