【ごくパ展示】甘噛み アバンは出来上がったシチューを器に入れた。日も傾き、一番星が空に輝いている。
皆は楽しそうに食事を楽しんでいた。平和になってからというもの、皆で定期的に集まっては食事会を開いている。
しかし今回は趣向を変えてキャンプをすることになった。ポップは野宿と何が違うのかと不満を言っていたが、今は楽しそうにダイたちと出来上がったシチューを食べている。他の者たちも会話に花を咲かせていた。
アバンは器に入れたシチューを二つ持ち、あたりを見渡した。先ほどからマトリフとガンガディアの姿が見えない。二人は近くの川に魚を釣りに行っていたはずだ。
アバンは器を持ったまま小川の方へと向かう。小さな森をこえた先にその小川はあった。
「マトリフ?」
アバンは木々の影から見えた光景に息を飲んだ。青いドラゴンがマトリフの肩に噛みついていたのだ。
「何をしているんですか!?」
アバンが驚いて声を上げると、マトリフは振り返った。ドラゴンもマトリフから口を離してこちらを見る。
「お、晩飯か?」
呑気なマトリフの声にアバンは持っていたシチューを落としそうになった。噛まれていた肩には血も滲んでいない。するとガンガディアは呪文を解いて元のトロルの姿に戻った。
「驚かせてすまない。戯れていただけだ」
言ってガンガディアはマトリフの首筋に口付けている。マトリフはくすぐったそうに身を捩った。
「よせって」
マトリフは手でガンガディアを押し返すが、声の調子からも本気ではないとわかる。どうやら先ほど噛みついていたのは甘噛みだったらしい。わざわざドラゴラムをして噛み付くとは尖った趣味だ。だが口出しすることではあるまい。そもそもガンガディアはマトリフにベタ惚れなのだから本気で噛み付くなんてことはあり得ないことだ。
「心臓に悪いから二人だけの時にやってください」
と言ってからさっきは二人っきりであったと思い出す。いやしかしいつ誰が来るともわからない状況で紛らわしいイチャイチャは避けるべきではなかろうか。見たのが私で良かったものの、まだ拗らせた性癖を持っていなさそうな若者たちが見て新たな扉を開けたらどうするのだ。ここは友人としてビシッと言うべきだとアバンは決意する。
「おい、アバンが見てるじゃねえか」
「もう見られたのだから構わないだろう」
アバンが長考している間に二人はまた身を寄せ合っていた。本気で拒絶する気はないマトリフに、ガンガディアは口付けを繰り返す。アバンは眼前で繰り広げられる乳繰り合いに思わず持っていたシチューをぶん投げたくなった。
しかし食べ物を粗末にしてはいけないと思い止まり、二人にシチューを差し出しながら「ごゆっくりー」と棒読みで言った。
平和は素晴らしい。愛する者とのスキンシップも素晴らしい。だが何故だろう。見せつけられると対処に困る。
翌朝。アバンは眠い目を擦り、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながらテントから出た。するとちょうどマトリフもテントから出てきたところだった。
マトリフは大欠伸をしながらアバンにおはようさんと言った。アバンも挨拶を返しながら、ふとマトリフの首が赤くなっていることに気付いた。
「虫にでも刺されましたか?」
そこ、とマトリフの首を指差してから、その赤みが虫刺されの類ではないとアバンは気付いた。マトリフの頸には等間隔に並ぶ跡が曲線を描いている。それは歯形だった。しかも人間の口の大きさではない。もっと大きい者。そう例えば、トロルの口のような大きさだった。
「ああ、まいったな」
マトリフは苦笑しながら頸を撫でる。その手はまるでその歯形を残したものを愛しむようだった。
昨夜のお楽しみは激しかったんですね。甘噛みどころかガッツリ跡が残ってますよ。
アバンは込み上げた言葉を飲み込んだ。イチャイチャを見せつけられているならスルーしよう。
「大魔道士、朝は冷える」
マトリフが出てきた同じテントからガンガディアが出てくる。手にはマントがあった。ガンガディアはマトリフの頸を隠すようにマトリフにマントをかけている。
「あんがとよ」
「身体は大丈夫かね」
「何のために回復呪文があるんだよ」
少なくとも大人数でキャンプした夜に皆にバレないように激しいセックスをした身体を回復させるためではないですね。ええ、間違いなく。
アバンはいくつもの言葉を飲み込んで二人から離れた。焚き火のあとの、白く残った灰の上に新しい薪を置く。それに呪文で火をつけた。
今朝は霧が立ち込めている。きっといい天気になるだろう。