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    kurageneneko

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    kurageneneko

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    お題「靴下」「紅茶」「ガラスの割れた時計」

    カランコロンカラン―-
    それは少し不思議な夢をだった。
    鬱蒼とした木々の奥にあるレトロな硝子張りの扉。どうしてそこに辿り着いたのか、所詮は夢の話である。その辺の細かい設定はなかった。
    カランコロンカラン―-
    まるで当然のようにその扉を押す。頭の上の方で更に軽快な鐘の音が出迎えてくれて、オレは躊躇することなくその中に入っていった。
    「おや」
    どうやらそこは喫茶店のみたいだった。
    「これは、これは」
    カウンター越しに胡散臭い店主がミュージカル俳優みたいな大袈裟なジェスチャーをしている。
    「これは意外なお客様だ。いらっしゃいませ」
    まるでオレのことを知っているみたいな口ぶりの店主は口髭を一撫でしてから、にっこりと微笑んだ。
    「どうぞ、こちらのお席に」
    指揮者のような優雅な指先で店主はカウンター席の一つに杉元を案内した。
    「ご注文は?」
    ぐいっと顔突き出すように前のめりに訊かれて、反射的に身を引く。
    「…えっと…メニュー」
    「私のお勧めはいかがかな?」
    「…じゃあ…それで」
    食い気味に勧められた紅茶を若干不本意ながらも注文して、改めてぼんやりと店の中を見渡した。
    「…あれ?」
    いつの間に近づいたのか、それはすぐ傍の足元に静かに座っていた。
    「お前…」
    黒に少しだけ灰が掛かったような毛玉。枕より一回り小さいくらいの全身のほとんどがその色で覆われているのに四肢の先だけが五センチほどだけが真っ白い。
    いわゆる『靴下猫』が艶々の黒い瞳でじっと杉元を見上げていた。
    「お待たせいたしました」
    手を差し伸べようとした瞬間に重なった声に、猫はスタっと風を切って離れてしまった。
    「あっ…」
    「当店自慢のホットティーでございます」
    振り向いたカウンターの上に置かれた華奢な造りのカップ。その中に注がれてたのは、透き通った濃い琥珀色。
    「紅茶?」
    それを確認したところで目が覚めた。


    「杉元さん、お加減はいかがですか?」
    「めちゃめちゃ絶好調です!」
    オレ、杉元佐一はただいま絶賛入院中である。
    オレ自身に記憶はないんだけど、どうやら何かの事故で頭を打って、暫く意識が戻らなかったらしい。
    一月ほど前に意識を取り戻してから、体調は頗るいいんだけど、まだ経過観察が必要ってことで現在入院継続中なのである。
    「なぁ白石ぃ」
    「あ~?」
    「オレって紅茶好きだったりした?」
    白石は長い付き合い友達。意識を取り戻したときも真っ先に来てくれたし、今もフリーターの強みを活かしてほとんど毎日来てくれている。
    「えぇ?知らねぇ。どっちかつうとコーラとかそういう感じの飲んでたんじゃね?それも覚えてねぇ?」
    自分の名前、年齢、職業。白石だけじゃなく、同僚の谷垣に鯉登。直属の上司の月島さん。行きつけの食堂。そこの看板娘の明日子さん…そんなことは全部覚えていた。
    「いや…ちょっとそうだったかなぁと思っただけ」
    「…ふぅん…。」
    事故が起きたときの記憶と他にも所々の記憶が途切れ途切れになったみたいで繋がらない思い出?がいくつかある。
    ――「…部分的な記憶障害…」――
    担当医がそう言ったとき、オレはそんなドラマみたいなことが本当にあるんだと他人事みたいに感心した。
    「何?紅茶が飲みたくなったりでもした?」
    「いや、そうじゃねぇんだけど…」
    忘れた記憶の一部に紅茶が関係してんじゃねぇかった訊いてみたんだけど、どうやらハズレみたいだ。
    「そうなの?あ、時間だわ」
    ほぼ毎日来る白石はオレの少し覚束ない記憶を確定するのに、ここの所随分役に立つ。
    「あ、うん。バイトか。頑張ってな」
    「じゃあな、また明日」
    だいたい決まった時間にシフトを入れているのか、白石はほぼ同じ時間に帰っては、次の日も同じ時間に来てくれた。
    本当にありがてぇと思う。たぶん家族のいない今のオレに白石は頼みの綱だった。


    「どうだね?私のスペシャルブレンドは」
    あの夢だった。正確にはあの夢の続き。
    「あ、美味しいです」
    店主は嘘くさい感じで「よろしい」と人差し指を立てた。
    「時に杉元佐一。紅茶は何からできているかご存知かな?」
    何故か呼び捨て、何故かウィンクで店主が言った。
    「…これ?紅茶?」
    店主がふふんと鼻で笑った。なんか馬鹿にしたぁ?ちょっとムカつくなぁ。
    「…正解は茶だ」
    「あ?」
    ちょっと、これオレの夢だよな。誰?この感じ悪いオッサン…。
    「摘み取った茶の葉と芽を乾燥させてから、完全酸化発酵させたものが紅茶だ」
    「…はぁ…」
    「紅茶のもとは植物だ。故に花言葉も存在する」
    やだぁ花言葉。ちょっと可愛い。そういう話はいいな。俄然興味が湧いて、オレはオッサンの蘊蓄の続きを期待した。
    「茶の花言葉の一つは『追憶』」
    「追憶?」
    オッサンは胡散臭い口髭を満足そうに長い指で一撫でしてから、その指で部屋の隅を差した。
    「?」
    オッサンの指先にはあの靴下猫いた。猫は警戒心丸出しで距離を取って、何かを窺うようにじっとこっちを見つめていた。
    「…ニャ―」
    思ったより低くて、そして頼りなげな鳴き声。
    「お前…」――
    そこで目が覚めた。


    「なぁ…白石ぃ」
    「あ~?」
    「オレ、猫飼ってたりしたぁ?」
    何気なく訊いた言葉に白石が想定外に複雑な顔をした。
    「何、それ?また夢?」
    あの夢からほとんど毎朝、その靴下猫はオレの目が覚める瞬間に現れるようになった。
    オレがそのことを話すと、白石はいったいどういう感情なのか怒ってるみたいな、泣いているみたいな、まぁとにかく不細工な顔をした。
    「?」
    「知らねぇ…その猫ちゃんに直接訊いてみろよ」
    ちょっとだけ鼻が詰まったみたいな声で白石はいつも通り適当な感じにへらりと笑っていた。


    「う~…」
    薄っすらと浮上した視界に白い『靴下』の曖昧な輪郭が見えた。
    「…なぁに?猫ちゃん」
    物凄く近いところで、艶々の黒がじぃっと物言いたげにオレの顔を見ていた。
    「…こっち…おいで」
    触れる瞬間に引かれた靴下足を半分寝惚けて掴んでしまった。
    「!」
    「ん?」
    エラくリアルな感触。あと思ったより太い…つぅかゴツイ。
    「あ?」
    「!」
    猫が思い切り足を引く。ぐっ、スゴい力だ。無意識で力比べになっちまって、勢いで目もパッチリ開いた。
    「あ?」
    「あ…」
    見開かれた。艶々のデカい黒目。両側の頬にある髭…みたいな傷痕。猫?いや違う。これって
    「え?え?え?人間?」
    「ちっ!」
    混乱してるオレに猫だった人間が苦々しく、いやかなり失礼な感じで舌打ちをした。
    「えっ?誰?」
    訳もわからず力を緩めてしまった手がブンっと振り払われる。
    「!」
    空を切るオレの手ともう一本の手。スローモーションみたいに見えた黒いスーツの袖口から伸びた手はぎょっとするくらいに白くて、そのコントラストはあの靴下を履いた猫ちゃんそのものだった。
    「お前…えっ?あっちょっと!」
    勢い余ってバランスを崩す。やべぇ!落ちる。
    「杉っ!」
    バフンっとういう間抜けは音で体が沈んで、天井が見えた。
    押し倒されたのか引っ張られたのか、イマイチよくわかんねぇけど、とにかく床へのダイブは免れたみたいで、オレはベッドの上で変な体勢で仰向けになっていた。
    「あぶねぇ~」
    何気に振り返ったすぐ横で、同じ感じで寝転がった真っ黒い目とかち合った。
    「…お前」
    デカくて真っ黒い目。猫の髭みたいな傷痕。特徴的な眉毛と整えられた髭。そしてカーテンから差し込むの薄い光でもわかる青白い顔。
    「お前…」
    「…」
    こいつ見たことある。しかもこれくらいの距離で何回も。こいつは…
    「誰…だっけ?」
    心の声がうっかり口から零れた。一瞬、黒が揺れる。しまったと本能的に思った瞬間に腹に衝撃を受けた。
    「ぐふっ!」
    バタバタっと忙しない音がする。たぶんオレのみぞおちに膝蹴りをいい感じに入れて、起き上がったそいつが部屋から出て行こうとしていた。
    「待…」
    スライドドアが閉まる音と同時にベッド上で何かが光を拾っているのに気付いた。
    「…?」
    中途半端に布団に埋もれていたそれを引き寄せて、確認してみた。
    「?腕時計?」
    それは男物の腕時計だった。綺麗な青色の文字盤に金色の針。そしてそれらを守るためにガラスは細かくひび割れ、光を小さく反射していた。
    「えっ?オレ?壊した」
    慌てて体を起こした時計の針は四時三十一分。違う。今、壊れたんじゃない。壊れてたんだ。――「杉元…オレは…」
    低く甘い声が耳の奥から聞こえたきがした。
    「…お前…誰だ…」
    時計を握って独り言ちた。
    「…」
    心臓が大きく脈打って、こめかみまで響いた。手の中のひんやりとした感触にあいつを感じる。オレは暫くそのままベッドの上でただ呆然とあいつが消えたドアを見つめていた。
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