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    shirosaba

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    shirosaba

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    里の中だけの存在ではなくなった愛弟子とそんな愛弟子にぐるぐるしながらある決心をする教官の話(ウツハン♂小話後半)

    里一番のモテ男(ウツハン♂) 2***

    とぼとぼ、という音が聴こえてきそうな程、足取りは重かった。思わず「……はぁ、」なんて溜息が出るくらいには。
    空は少し暗くなり始めている。里は何事もなく、平和なまま夜を迎えようとしていた。

    つい先日まで、里は災禍の只中にあった。
    竜の夜を切り開き、嵐と稲妻を断ち、双刃の煌きで里に夜明けをもたらしたのは手塩を掛けて鍛え上げた愛し子だ。
    真面目で優しく、才能に満ち溢れた若者。
    まだ言葉も話せないような小さな命を抱き上げ、我が人生をかけて支えてやるのだと誓ったあの日から、まだそんなに経っていないのだと―そう、思っていたのだが。

    「(立派に、なったもんなあ)」

    昼間、差し入れをくれた里人に話した事は全て本心である。
    愛しくて堪らない大事な己の愛弟子は、優しくて真面目で実力もあり、最近“英雄”になったばかりの未来溢れる青年だ。
    それまで里の中でしか知られていなかったその存在は、彼が狩人となり数多の依頼をこなし、古龍討伐という偉業を成し遂げた事で里の外に知れ渡る事となった。
    ギルドからも注目されているというし、観光客の中には「“英雄”をひと目見たい」という者も少なからず居るのは事実。
    現に昼間の見回りの時だって、「里のハンターさんというのは貴方ですか?」なんて尋ねられたのだし。

    もし、あの時の観光客と愛弟子が出会っていたら。
    観光客の女性は目を輝かせ、白く柔らかな頬を紅く染めながら、かの“英雄”がこんなにも美しく、可愛らしく、優しくて押しに弱いのだと知り……

    「〜〜〜ッッッ!!!!」
    想像したら涙が出てきた。
    既に夜も近い時間、幸いな事に里の中を歩いているのは己のみである。思わずその場に屈み込み、顔の両側から掌でむにむにと頬を揉み込む。
    そも、可愛い可愛い愛弟子は「ド」がつくほどの真面目である。
    そして里の人間にも公表していない事だが(しかし里の全員に知られているのだが)、愛弟子は既にこの手を取っている。
    つまり己と愛弟子は師弟であり恋人なのである。
    ド真面目な愛弟子は恋人がいながら美人の観光客にうつつを抜かすような事はしない。天地がひっくり返っても有り得ない。
    しかし、しかしである。
    愛弟子が手を出さずとも、相手から仕込まれたとしたら?
    例えば興奮剤を仕込まれたりだとか、夜這いだとか、最悪里の外に連れ去られたりだって……

    ぐるぐる、くうくう。

    悪い考えはどんどん渦を巻いて、妙な音を立て始め、……音?

    「(…………あぁ、お腹空いたなあ……)」

    腹の上から手を当てれば、悩み知らぬ腹の虫は「くぅ」と小さく鳴いている。ふと、柔い風に鼻を鳴らしてみると、どこからともなく夕餉の匂いが漂ってくる。
    有りもしない事に頭を悩ませていないで、早く家に帰ろう。
    そう思いながら立ち上がり、顔を上げれば……

    「………………」

    目の前には、水車小屋があった。
    愛弟子の事を考えていたせいで、無意識のまま彼の自宅まで来てしまうとは。思わず苦笑し、そこから離れようとする。

    「……、」

    水車小屋には明かりが灯っていた。
    格子の隙間からはほかほかとした湯気が昇っており、そこから夕餉の良い匂いがしている。
    中にはきっと愛弟子が居て、今まさに夕餉を頂こうとしているのだろう。

    「(……顔が見たいなあ)」

    師であり恋人なのだから、顔が見たければ遠慮せずに戸を叩き、挨拶だけして帰れば良い筈だった。
    それでも少しだけ浮かした腕を下げ、その場に佇んでしまう。
    今まさに夕餉を頂こうとしているあの子に声を掛けようものなら、気を利かせて夕餉を一旦下げてしまうかもしれない。
    あの子だって今日も狩人の依頼をこなしていた筈で、やっとの時間を邪魔するような事……、

    「……教官?」

    戸も叩けずその場も離れることができず、ぼうっと佇んでいると水車小屋の戸がカラカラと音を立て、中からひょっこりと愛弟子が顔を覗かせた。あまりのタイミングで咄嗟に反応出来ず、ぱちりと瞬きをしているうちに、愛弟子がぱたぱたと外に出てきてしまう。
    「こんばんは、今からお帰りですか?」
    愛弟子は心なしか嬉しそうに目を細め、戸の前で佇んでいた不審者を労ってくれる。あぁ、なんて良い子なんだろう。俺の愛弟子が今日も変わらず可愛くて元気で怪我もなくて教官は幸せです。
    「……うん、こんばんは愛弟子。今から帰るところなんだけど、丁度愛弟子の家に灯りが点いていたから、」
    本当は無意識のままふらふらと愛弟子の家まで来てしまったのだが、そんな事は言えない。きっと心配されてしまう。愛弟子優しいからね。
    「そうですか、遅くまでお勤めご苦労様でした」
    そう言ってそっと頭を下げる愛弟子を見て、堪らない気持ちになる。あぁ、俺の愛弟子は本当に優しくて良い子なんだから!
    “英雄”になったって、愛弟子は変わらず驕らず師や里の住人を敬い、優しい気持ちで接してくれる。
    愛弟子の鬼灯のような瞳がこちらを見つめ、首を傾げるのと己の腹の虫が堪らないとくうくう鳴いたのはほぼ同時。
    音もなく一歩踏み出し、部屋着なのか軽装の愛弟子の身体に腕を伸ばし、ぎゅうと抱き締める。
    びくりと震え、もぞもぞと動く愛弟子の肩口に鼻先を埋めれば、ほんわかとした味噌の匂いと焼き魚の匂いが掠めた。
    「き、教官、」
    なんとか抜け出そうと動いていた愛弟子は、師の丸太のような腕がびくともしない事に諦めをつけ、それでも自由に動く顔だけできょろきょろと辺りを見回している。
    「教官、その……、一旦離していただけませんか、誰か、……誰かに見られたら、」
    視界の隅で白い愛弟子の頬が紅く染まっているのが見える。自分と師の関係が“師弟”だけではない事を、初心で真面目な愛弟子は里の住人に「知られていない」と思い込んでいた。故にこうしてどちらかの自宅内以外の場所で恋人らしい事をしたり、それらしく触れたりする事を避けている。実際には里の全員が二人の関係に気付いており、「早く表立って言ってしまえば楽になるのに」「早めに言ってもらわないと宴の準備とか婚礼の手続きとか色々あるのに」ともどかしく思いながら見守っているのだが。
    あまり愛弟子が嫌がる事を続けると、如何にいつも師を敬う可愛い愛弟子とて機嫌を損ね、自宅内でも触れさせてもらえないかもしれない。それでも先程まで「会いたい」「顔が見たい」と願っていた存在をこうして腕の中に収めてしまえば、中々手放せるものでもない。誰もいないよ、と鼻先を埋めたまま囁くと、そういう事では……ともごもごした声が返ってきた。
    「会いたかった。顔が見たかったんだ」
    「………、」
    素直にそう告げると、腕の中の身体が力を抜いた。水車が回る音に隠れて、微かに己の名を呼ぶ声が届く。
    「……教官、家に寄っていきませんか。丁度夕餉の支度をしていて。カジカさんから依頼の礼にと魚をもらったんです、量が多いから、……食べていってください」
    背中をぽんぽんと叩かれ、やっと少しだけ離れた師にはにかんだように笑いかけながら、愛弟子は優しい声でそう言った。ぱちりと瞬く金の目に、少し慌てながら「教官のご都合がよろしければ」と付け加える。

    いつだって、自分達の関係が師弟の枠を越えたって、真面目な愛弟子は自分の気持ちや欲求よりも師の都合や気持ちを優先しようとする。そんな様子はいじらしくももどかしい。
    もっと甘えてほしい、遠慮なんてしないでほしい。自分はこの子に求められれば何だって出来るのだ。
    けれどそんな風に伝えても、真面目なこの子は困るだけだ。だから、
    「今日はいつ戻るか分からなかったから、ルームサービスさんとオトモ達には休んでもらってるんだ。だから俺の家に行っても何もないし、喜んでご相伴にあずからせてもらうよ」
    そう伝えると、愛弟子の表情はぱあっと明るくなる。あぁ、可愛いなあ。一緒に居られて嬉しいなんて、そんな気持ちが言葉にしなくても伝わってくる。俺もキミと一緒に居られて嬉しいよ。

    ようやっと腕の中から解放してやれば、もうすぐ食事が出来ますからと手を引かれる。食事のお礼に何か手伝わせてくれないかと申し出ると、少しだけ悩んだ顔をして、「……じゃあ、鍋を見ていてもらえませんか」と返された。
    お安い御用だよ、と笑いながら愛弟子の家に足を踏み入れ、ふと振り返る。不思議そうにこちらを見上げる顔にそっと手を這わせ、「なんだか夫婦みたいだね」と冗談めかして言えば、可哀想になるほど真っ赤な茹で蛸になってしまった。
    「な、な……何を言うんですか!!食事の準備なら、修行時代にいつも一緒にしていたじゃないですか……!」
    「ふふ、そうかなあ。ハンターになる前は“弟子が準備するものだから”って、俺はずっと座らされてて……」
    「教官……!」
    そんなやりとりをしながら、二人で家の中に入る。愛弟子の家は暖かくて、夕餉の匂いが外にいたときより強く香ってくる。
    思わぬ言葉の恥ずかしさから若干頬を膨らませ、あまり目を合わせてくれなくなった愛弟子を横目で見ながら、幸せな気持ちの中で腹の虫とは違うなにかが音を鳴らし始める。

    俺の大事な愛弟子。
    誰もその素晴らしさに気付いていない時から、ずうっと大切に護り育んできた、俺の至宝。
    親兄弟の代わりとして慕っていた存在に思わぬ懸想をしてしまい、困惑のあまり隠れ泣いていたところにすかさず手を伸ばして絡め取るような、そんな悪い大人に責めの言葉すら投げかけず、深い愛情を向けてくれる健気な子。
    この子はこんなにも素晴らしいのだと、世界に向かって大声で叫んでやりたい気持ちと、この素晴らしさは己だけが知っていれば良いのだと、腕だけでなく全身で囲い込んで隠したくなる気持ちが、頭の中で交互に叫んでいる。

    けれど、この子の自由を奪う事は例え己でも許せない。何より、大事なこの子が悲しみ悩む様子など、一時たりとて見たくはない。
    里の外に愛弟子の存在が知れ渡ることは止められない。
    真面目なこの子は、例え天地がひっくり返っても己以外の誰かに惑わされたりはしない。

    ―ならば、するべき事は唯一つ。
    俺自身がこの子の“番”であると。この可愛い子には既に“番”がいるのだと、もしそれを知って尚、手を出すつもりならば相応の覚悟が必要であると、知らしめていくしかない。

    厨に立つ愛弟子は、己の番がどろどろとした決意に胸を熱くさせている事など微塵も気付いておらず、腹をすかせた師をもてなすために夕餉の付け合せを増やしている。
    その背中を見つめながら、囲炉裏の火でゆらゆらと揺らめく金の目を細め、腹をすかせた狼は
    「(まずは、匂い付けなんか始めてみようかな)」
    などと不埒な考えを浮かべ、そうっと唇の端を舐めるのであった。
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