Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    はるち

    好きなものを好きなように

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🐉 🍵 🎩 📚
    POIPOI 171

    はるち

    ☆quiet follow

    ツェルニー×博士

    Intro. 神経質で生真面目な音楽家。
     それが彼への第一印象だった。
     ごきげんよう、と雲を忘れた青空のように澄んだ瞳が私を見下ろす。言葉の割に友好的な響きはなく、この挨拶は社交辞令であると言うことが伝わってくる。
    「私はツェルニー、この身の魅力と情緒は、全て私の音楽の中に注ぎ込んでいます。私本人はただのしがない演奏者に過ぎませんから、語るほどのことはありませんよ」
    「よろしく、ツェルニー。私のことはドクターと呼んでくれ。ここロドスの指揮官をしている」
     手を差し出すと、彼が目を見開いた。感染者にはよくある反応だ。感染者に触れても、鉱石病は移らない。それはひどく当たり前のことなのに、感染者が差別されることも、ひどく当たり前のことだった。
     彼もまた同様に手を伸ばし、私たちは握手をする。白い手袋越しでも、彼のがっしりとした手の感触は伝わってきた。彼は重装オペレーターだったか。しかし彼の手は、戦場で盾を持つオペレーター達とはまた違う質感をしていた。もっとしなやかで、繊細だ。それも当然か、と彼の手を離した後で私は思う。彼は音楽家だ。彼の手は楽器を奏でるためにあるのであり、戦場で盾を持つためにあるのではない。
    「……ええ、よろしくお願いします」
     彼の答えは礼儀正しく、堅く義務的で、やっぱり必要以上に馴れ合うつもりはないと。言外にそう告げている様だった。

     そう思っていたのだが。
    「楽器を覚えたいのですか?」
     ピアノの鍵盤に触れようとした時に、背後からそう声を掛けられた。思わず身がすくむ。驚かせてしまってすみませんと謝りながら、けれども彼は瞳を輝かせながらこちらに近づいてくる。
     ロドス本艦に着任してから、彼の希望で作られた音楽室。彼に楽器を習いたいという若いオペレーター達が多く訪れるその場所からはいつも音楽が聞こえてきて、興味を惹かれなかったと言えば嘘になる。
     まだ朝も早い時間、静寂だけが聞こえてくるその場所を私は訪れ、そうして彼に出会った。
    「え、ええと。覚えたいというか……少し興味があって」
     初めて対面した時の、他人行儀な距離と笑顔ではない。彼は心の底から嬉しそうに笑いながら、私の隣に立っていた。
    「ピアノに触れるのは初めてですか?譜は読めますか?」
    「初めてだよ。楽譜は……、まあ、一般教養程度なら」
    「出来るのであればで構いません。でしたら、一からお教えする必要がありませんので」
     どうぞ、と彼が優雅に椅子を引く。座るように言われているのだと気づいたのは一拍置いてからだった。私は戸惑いながら、彼に従いピアノの前へと腰掛ける。
    「それでは、まずは腕の力を抜いて、肩をすくめないように気をつけて。そうしなければ、演奏が終わった後に肩や首に痛みが残ってしまいますから」
     両手を伸ばして、鍵盤の上に置いてみるように、と。私は言われた通りに、なるべく余計な力を入れないように、白と黒の鍵盤の上へと十本の指を置いた。初めてのことだから、きっとひどく不恰好に見えることだろう。けれど彼は、優秀な生徒を褒める様に私へと微笑みかける。
    「よく出来ました、今度はこのキーに触れてみましょう」
     彼が差し示した黒鍵へと指を伸ばし、音楽室に私の奏でた音が響く。おや、と彼が片眉を上げたので、肩がびくりと震えた。
    「手が堅いですね。緊張していますか?」
     いや、当然するだろう、と。何せ彼は一度学び始めたら、軽々しく途中で止めることは許さないとも、教え方が厳しいとも公言しているのだから。それを抜きにしても自分は素人で、彼は一流の音楽家だ。緊張しない方がおかしい。
     しかし私が答える前に、彼は私の隣に真っ直ぐと座り、鍵盤に手を伸ばし、いくつかの音を奏でた。私が出した音よりもずっと軽やかで伸びやかで、美しい音だった。一流の音楽家は奏でる音階すらも美しい、と聞いたことがあったが、それは誤りだった。一音でさえも美しい。
     すごい、と声もなく呟く私を見て、彼は微笑む。あの日の他人行儀な社交辞令の笑顔とはまるで違う、心からの笑顔だった。
    「緊張する必要はありません、お約束しましょう、この経験は素晴らしいものになると。楽しんでいきましょう」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺❤😂💞💞💞👏👍👍☺🍰👏👏❤😭😭🙏🙏🙏💞💞💞☺☺💕💖💖💖💖🙏🙏🙏🙏🙏❤🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    はるち

    DONEドクターの死後、旧人類調技術でで蘇った「ドクター」を連れて逃げ出すリー先生のお話

    ある者は星を盗み、ある者は星しか知らず、またある者は大地のどこかに星があるのだと信じていた。
    あいは方舟の中 星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いているからだね
     ――引用:星の王子さま/サン・テグジュペリ
     
    「あんまり遠くへ行かないでくださいよ」
     返事の代わりに片手を大きく振り返して、あの人は雪原の中へと駆けていった。雪を見るのは初めてではないが、新しい土地にはしゃいでいるのだろう。好奇心旺盛なのは相変わらずだ、とリーは息を吐いた。この身体になってからというもの、寒さには滅法弱くなった。北風に身を震わせることはないけれど、停滞した血液は体の動きを鈍らせる。とてもではないが、あの人と同じようにはしゃぐ気にはなれない。
    「随分と楽しそうね」
     背後から声をかけられる。その主には気づいていた。鉄道がイェラグに入ってから、絶えず感じていた眼差しの主だ。この土地で、彼女の視線から逃れることなど出来ず、だからこそここへやってきた。彼女であれば、今の自分達を無碍にはしないだろう。しかし、自分とは違って、この人には休息が必要だった。温かな食事と柔らかな寝床が。彼女ならばきっと、自分たちにそれを許してくれるだろう。目を瞑ってくれるだろう。運命から逃げ回る旅人が、しばし足を止めることを。
    8274

    recommended works