フルーツタルトは甘くない 三という数字を神秘的なものだと考えるのは、国が変わっても変わらない。
モスティマと共にテラの大地を旅する中で、フィアメッタはそう思った。三賢人、三女神という表現は、違う文化圏でも使われる表現だった。物体は二つではなく三つの点を持つことでようやく安定するし、社会性が生まれるのも人間が二から三に増えたときだ。三というのは、非常に安定して、神秘的な数字なのである。
だから。
「フィアメッタ、そんなに急いで食べなくてもいいのよ」
「別に急いでないわ」
フィアメッタは眉間にシワを寄せながらフルーツタルトを食べていた。レミュアンが作ったものだ。お見舞いに訪れたフィアメッタとモスティマのために、彼女自身が作ってくれたのだという。ラテラーノ人は総じてデザートが好きであり、自分でもよく作る。ナパージュされたフルーツはさながら宝石のように綺麗であり、サクサクしたタルトの歯触りと、上品な味わいのカスタードクリームのバランスも丁度よい。
久しぶりだから味の保証はできないけれど、とはにかむようにレミュアンは言ったけれど、同じ隊にいた時に、彼女が時折振る舞ってくれたものと変わらない味わいだった。そうして彼女はタルトを取り分けてくれたのだ。四等分にして。
「先に食べたら、残ったのをもらってもいい?」
やれやれ、というモスティマとレミュアンは視線を交わし、それがフィアメッタの精神を逆撫でる。大皿の上に残されたタルト、それが誰かの不在を象徴しているようで、無性に腹立たしかった。勿論レミュアンに他意はないのだろう。ケーキを三等分するよりも四等分するほうが遥かに楽だ。フィアメッタよりも二人のほうが甘いものが好きなのだから、残った一切れは二人で分けて食べる方がずっといい。
だから。残された一切れ、その空白を許せないのと思うのも、それを許している二人が残されたものを受け入れてしまうことも――信じられないと思ってしまうことも。きっと自分の我儘なのだ。
フィアメッタがフォークをラズベリーに突き立てる。赤い果汁が銀の食器を濡らした。それを口に入れると、甘酸っぱい爽やかさが広がるのだけれど。それを十全に楽しめているかと言われたら、それは疑わしい。
あと三口で食べ終わる。フィアメッタが次の一口に手を付けようとした、その時に。
「姉ちゃん、元気にしてるー?」
勢い良く開け放たれた病室の扉からやって来たのは、赤い髪の天使だった。
「……って、あれ、なんで二人もいるの?!」
「レミュエル、ちょっと遅刻ね。先に食べてたわ」
くすくすと笑いながら、レミュアンが大皿の上に残っていた残り一つを取り分ける。知らなかったのはまた私だけかと横を見たが、笑顔のまま凍りついているモスティマを見る限りは、どうもそうではないらしい。
「トランスポーターの業務で遊びに来るって聞いたから。皆の分を用意していたの」
成程。――つまりは全て、彼女の手のひらの上だった、ということらしい。レミュエルがモスティマの隣に腰掛ける。
「タルト以外にも、焼き菓子も作ったのよ。――せっかく、こうして揃ったんだもの。楽しいお茶会にしましょう」
「……紅茶もたっぷりあるようだしね?」
モスティマが自分の前に置かれたティーポッドを指先で弾く。あたしの分は淹れてくれないの、とせがむレミュエルに、モスティマはマグカップを取りに立ち上がった。
フィアメッタの舌先に、ようやく果物の甘みが戻る。
バターと砂糖、それに紅茶の香りに包まれた、天使たちのお茶会はどうやらこれからが本番のようだった。