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    はるち

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    はるち

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    ドクターとリー先生が自分たちが手をかけたサンクタを看取る話。
    今際の際、聞きたい言葉はありますか。

    #鯉博
    leiBo

    主よ、人の望みの喜びよ 鉱石病に罹患したサンクタは、もう聖地に戻ることを許されない。
    「最後に何か、言い残すことは?」
     だから男もそうやって、楽園を追われた天使の一人なのだろう。頭上に輝く光輪とは対象的に、光を全て吸い込むような黒の結晶が男の肌に析出していた。
     アンブリエルの狙撃で高所から転落した男は、それでも自身の守護銃、長距離狙撃用のライフルを手放さなかった。折れた肋骨が肺に刺さったのだろうか、血の泡と共に咳き込む男は、無感情に自身を見下ろすドクターを、敵意と諦念が混ざった瞳で見上げる。震える指が、引き金にかかることはない。落下の衝撃で腕が折れたのだろう。子どもが好き勝手に振り回した人形のように、腕があらぬ方を向いていた。サンクタ特有の光輪と翼は、血と土埃に濡れてもまだその輝きを失わず、それが地に落ちてもなお、男がまだ天使であることを証明していた。
     この防衛戦を任されていたのはリーだった。地上の敵であれば自分ひとりで事足りる。問題となるのは、例えばドローンのように空を飛ぶ敵と――自身の攻撃範囲外から仕掛けてくる、狙撃手や術師だ。嗚呼全く鬱陶しいなあ、と遠距離から狙撃していたスナイパーは味方からの一撃で無力化され、それがこの作戦の最後となったようだ。
     地面にはとろとろと、赤色が広がっていく。それは男の命そのものだ。もう何をしても無駄だということを悟ったのか、男の眼から敵意が消える。残ったのは、諦念と恐怖。
     男は、まだ動く方の腕を動かす。リーは一瞬身構えたが、すぐに力を抜いた。あれはラテラーノ教に特有の、祈りを捧げる時の動作だ。ごぽりと嫌な音を立てながら、震える唇が何事かを言葉にしようとする。
     ドクターが動いたのはその時だった。男の傍らに膝をつく。ちょっと、と、おそらくはこの作戦中で一番焦りを含んだ声でリーが制したけれど、それを気に留める様子はまるでなかった。
    「――恵みと光の与え主である永遠の神よ、わたしたちは、自分の無知と弱さのゆえに、また自ら知りながら、あなたと隣りびとに対して、思いと、言葉と、行いによって、罪を犯しました」
     男の動きが止まる。瞳がこぼれ落ちるのではと錯覚するほどに、男は目を見開いてドクターを、自分のために祈りの言葉を紡ぐ人間を見つめる。まなじりを滑り落ちる涙は、透明で、汗と血で汚れた頬を滑り落ちていく。
    「わたしたちはあなたの愛を傷つけ、わたしたちのうちに与えられているあなたの似姿をゆがめてしまったことをまことに恥じ、罪を懺悔します」
     それは最後の祈りであり、懺悔だった。死にゆく男が、その罪を許されて、望む場所へと行けるように、と。
    「これまでの罪を赦し、暗闇から引き出し、光の子として歩ませてください」
     アーメン、という言葉は、男に届いただろうか。気づけば、その瞳からはもう光が失せていた。もう、ここに魂はなく。あるのは抜け殻だけだ。
    「……ドクター」
    「終わった。彼の遺体は、医療部が回収するだろう」
     鉱石病患者の遺体は結晶化し、それが新たな感染源となる。放置するわけにもいかず、可能な限り遺体を回収して適切な処理を行うのも作戦の一環だ。
     だから男の身体が、故郷に帰ることはない。
    「詳しいんですか、ラテラーノ教」
    「少しはね。ロドスにはラテラーノ出身のオペレーターも多いから」
     だからといってすぐに祈りの言葉が出てくるわけではないだろう。ドクターは黒の上着を脱ぎ、男の遺体の上へとかける。黒に血の赤が滲み、人の形の輪郭を描く。
    「ねえ、リー」
     ドクターが振り返る。硝煙と血液と蛋白の焼ける匂い、死の香りを過分にはらんだそれが、ドクターの白衣をはためかせる。
    「私がいつか、戦場で死ぬ日が来ても。君はそばにいなくていい」
    「……何故です」
    「だって、君、囚われてしまうだろう」
     それは何に、とリーは問う。死か、それともあなたにか。ドクターは答えない。
    「私は信じるべき神を持たず、魂の存在も信用していない。祈りは不要だ。死体は物体に過ぎない。……でも君にとっては、そうではないんだろう」
     死にゆくサンクタのために祈り、遺体に布をかけて晒すことを拒んだ人間は、男のために祈った口で、そんなことを言う。
     誰かに祈りと救いをもたらしたはずのその人は、そんなものは自分には不要だという。
    「だから――」
    「――嫌ですよ」
     腕を引くと、ドクターは容易くこちらへと倒れ込んだ。機械仕掛けの神たらんとし、死後は物体に過ぎないというこの人は、それでも抱きしめると、生命の温度がした。
     この人が、祈りと救いを拒むのだとしても。
    「あなたの死に水を取るのは、おれの役回りだ」
    「……」
     ばかだなあ、きみは。呟かれた言葉ごと、この人を腕の中に閉じ込めてしまえれば、どんなに良かっただろう。
     罪人は、頭を垂れながら荒野を進む。いつか、楽園へと至ることを信じて。
     終末を告げる喇叭は、未だ、聞こえない。
     
     引用:詩篇51 旧約聖書
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    はるち

    DONEドクターの死後、旧人類調技術でで蘇った「ドクター」を連れて逃げ出すリー先生のお話

    ある者は星を盗み、ある者は星しか知らず、またある者は大地のどこかに星があるのだと信じていた。
    あいは方舟の中 星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いているからだね
     ――引用:星の王子さま/サン・テグジュペリ
     
    「あんまり遠くへ行かないでくださいよ」
     返事の代わりに片手を大きく振り返して、あの人は雪原の中へと駆けていった。雪を見るのは初めてではないが、新しい土地にはしゃいでいるのだろう。好奇心旺盛なのは相変わらずだ、とリーは息を吐いた。この身体になってからというもの、寒さには滅法弱くなった。北風に身を震わせることはないけれど、停滞した血液は体の動きを鈍らせる。とてもではないが、あの人と同じようにはしゃぐ気にはなれない。
    「随分と楽しそうね」
     背後から声をかけられる。その主には気づいていた。鉄道がイェラグに入ってから、絶えず感じていた眼差しの主だ。この土地で、彼女の視線から逃れることなど出来ず、だからこそここへやってきた。彼女であれば、今の自分達を無碍にはしないだろう。しかし、自分とは違って、この人には休息が必要だった。温かな食事と柔らかな寝床が。彼女ならばきっと、自分たちにそれを許してくれるだろう。目を瞑ってくれるだろう。運命から逃げ回る旅人が、しばし足を止めることを。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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